第369話「呪いのアイテムを買った」

 その日は買い物をしようと決めていた。おかげで朝ご飯を場末の酒場で食べることになっていたがそれはしょうがない。何しろ目立つところにいるとトラブルの方が向こうから飛び込んでくるのだ、関わり合いにならないにこしたことはないだろう。


「ごちそうさん」


 それだけ言って酒場を出る。酒を朝から飲むようなヤツが集まるような酒場なのでその言葉は誰も聞くことはなかった、それでもしっかり金貨の支払いは勘定していたのは抜け目ないなと思った。


 さて、今日はどこを見ることにするかな……食べ物関係はネリネさんが探しやすいのでやめておこう。まあギルドから離れた区画をぶらぶらするとしよう。散策していれば何か興味のある店くらい見つかるだろう。この町に来てからの経験的に、ここは経済活動に参加するものに冷たい態度は取らない、使うにせよ稼ぐにせよ金をやりとりしている限りはこの町では客の待遇を得られるみたいだ。


 そうしてギルドの反対側に来たのだが、めぼしい店はあまり無いな。そうそうあってたまるかという意見もごもっともなのだが、この町ならありそうだと思ったし、すぐに見つかるだろうと思っていたので少しだけ意外だった。


 病院から魔導具まで、様々なものを売っているのでいずれ他の町にいった時に売れば高値がつくのではないかと思ったのだが、値札を見るととても元が取れそうに無い値段がついていたのでそっと見えないふりをした。


 そうして歩いて行くと雑貨屋を見つけた。ここなら一種類くらい気に入るものがあるかもしれない。そう思って中に入ると、アクセサリから武器、防具、嗜好品、酒、子供のおもちゃ、本当に雑多なものが大量に置かれている店だった。


 店内を冷やかしがてら歩いてみると、妙に安いものが目に付いた。そこは籠に盛られて人形や腕輪、イヤリングなどが売られていた。店主が奥から出てきていたのでこれらについて尋ねてみた。


「なんかこの籠の商品は嫌に安いですけど不良品だったりするんですか?」


 店主はその商品について訊かれるのを嫌そうにしていたが、客が訊いている以上説明しないわけにも行かないようで重い口を開いた。


「そこにある商品はな……呪われているんだ」


 ほほぅ……呪いとな。


「呪いですか、どんな呪いがかけられているんですか?」


 俺の問いに店主はぶっきらぼうに答える。


「呪いといっても大したことのないヤツだよ、装備していると腹の調子が悪くなるものや、普段通っている道で迷うもの、あとは身につけていると疲れやすくなるものとかだな」


「聞いたところ大した呪いは無いんですね?」


「ああ、つけた瞬間に死ぬようなものは置いてない。だから安心して引き取っていってくれ」


 ふーむ……何か面白そうなものは無いだろうか? 安物のおもちゃみたいなものが多すぎる。しかし店主も出てきてしまったし冷やかしで帰ると言うのもまた少し気まずい。何故俺はここにある呪われたアイテムについて訊いてしまったのだろう? まるで興味があるような話になってしまった。


 雑貨を漁っていると一本のナイフを見つけた。刀身が細身になっているものだ、切りつけるのではなく、刺すタイプのものなのだろう。


「これにも何か呪いがかかっているんですか?」


 俺が店主に訊くとぞっとしたような顔をして答えが返ってきた。


「ああ、そいつはオリハルコンのナイフだな。買ってもいいが呪いのせいでまったく切れないし、見ての通り錆び付いているだろ? それでも買っていくかい?」


「切れないという呪いなんですか?」


「ああ、何人か溶かしてオリハルコンのインゴットにしようとした奴もいたが出来うる限りの高温にしても溶けることがなかったと文句をたらたら言いながら売りに来たよ」


 返品された品か。しかしオリハルコンが使われているのに値札には金貨百枚と書かれている。とんでもなく安い値段だがそれほど強い呪いなのだろうか?


「ではこれをください」


 俺がそう言うと天主は目を細めて俺に言った。


「返品はお断りだし、いい加減そいつとも縁を切りたいから売りに来るなよ? ウチで買い取ることはもうしないがそれでいいなら買ってくれ」


 俺は収納魔法から金貨を百枚取り出し店主の前に置いた。しばし計数をしている様子だったが過不足無く支払いがされていると確認が取れると店主は『もう戻ってくるなよ』とナイフに声をかけて俺を送り出してくれた。


 さて、宿に帰るか……


 そうして買い物が済んだので宿に帰ってきたのだが、ひとまず本当に呪われているのか確かめるため、そのナイフでストレージから出したドラゴンの鱗に思い切り振り下ろしてみた。


 きぃんと言う固いものに当たった音が反響し、俺の腕に衝撃が走る。どうやら本当にオリハルコン本来の切れ味は失われているらしい。


 次に食材を切れるかどうか試すため、比較的柔らかいトマトを取り出した。これが切れなければ何も切れないだろう。


 テーブルに置かれたトマトにサクッとナイフを突き立てた。驚いた事にナイフはトマトを潰すこともなく、固い固い感触が伝わってきた。どうやらこれでは石の棒より実用性は無いようだ。どんなに柔らかいものでも、まるで金属に打ち付けているような感触が伝わってくる。


「時間遡行をしてみるか……」


 このナイフだって作られた初期からこんな呪いがかけられていたわけではないだろう。そこまで時間を戻せば解呪は可能なはずだ。


『リバース』


 ナイフの時間がどんどんと遡っていく。しかし変わることなく錆びたままで、本来の輝きを取り戻すことは無かった。俺も向きになって延々と時間を戻していると、ついにナイフに変化が起きた。なんと形を変えていったのである。


 グニャグニャとナイフは曲がり、溶け、最終的にオリハルコンのインゴットにまで戻ってしまった。まさかここまで戻るとは……予想外だった。


 しかし流石にインゴットになるまで時間を戻してしまうと呪いはかかっておらず、どうやらあれはナイフとして作られた後に呪いをかけられたのではなく、始めから呪われたアイテムとして作られていたようだ。


 オリハルコンと金の値段差を考えるとほぼ等価交換をしたようなものだ。しつこい呪いだったがこれを売れば多少の金にはなる。損をしなかっただけマシだと考えよう。


 そうして俺は夕食を食べていつも通り寝たのだった。


 ――雑貨屋にて


「遅い……」


 いくら何でもあの客がナイフを買ってからかなり経つ。そろそろ使い物にならないのにあきれて泣きついてくる頃だと思っていた。あれは始めから返品ありきの品で購入分と売却分の差額で儲けるために呪術師に貴重なオリハルコンを使って作らせたものだ。それが返ってこないというのはおかしい。


「まさか……解呪に成功したのか?」


 そんなはずはないと思いながらも周囲の店も戸を閉めている中いつまでも開店しているわけにも行かず店を閉めた。


 こうして悪徳な商売をしている店がナイフの行方について悩む日が当分の間続くことになったのだった。

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