第368話「はぐれオーガが出た」

 その日、朝食を食べながらギルドに顔を出すべきか悩んでいた。無論顔を出せばそれなりの依頼を受けられるのだろう、しかし最近ロクな依頼に当っていないような気がする。この前は迷子犬の散策だったり他にも野菜を息子のところへ届けてくれだの、実力も何も関係ない、その辺の人に任せればいいじゃないかと言う依頼ばかり当ってしまった。そういうのは食い詰めているヤツへ福祉として受注させてやって欲しいものだ。


 しかし流石はこの町と言うべきだろうか、金の方はたんまりともらっている。迷い犬を見つけただけで金貨を三百枚払う依頼者には驚いたものだ。この町は成金で成り立っていると強く思わせるできごとだった。もしくは犬が唯一の家族という人なのかも知れないが、なんにせよ報酬がよかったことには変わりない。


 カチャン


 ナイフとフォークをさっきまでオーク肉のあった皿の上に置き、結局ギルドに向かうことにした。選択肢などと言うものは存在しないのだ、行かなければなんとなく心地よくない、そんな理由で嫌々依頼を受けながら過ごすのは仕方のないことなのかも知れない。現にこの町に限らず多くの場所で皆そうやって生きている。


「美味しかったです」


 それだけ言って宿を出た。しかしギルドへの足取りはなんとも重いものだった。退屈は心を殺しにかかってくる。毎日ドラゴンと戦いたいとは思わないが、同じように毎日薬草を刈って過ごす気にもならない、矛盾しているようだが人間とはそういうものなのだろう。


 ギルドに行くことを決めるとなんとなくだが心が軽くなった。やるかやらないかで悩んでいる時間が一番の苦痛なのだろう。依頼をこなした時に飲むエールはかなり美味しいので気持ちよく酒を飲むためにがんばるとしよう。


 気持ちも決まったのでギルドへ足を向ける。その足取りは明らかに悩んでいた時より浮き足立っていた。やはり覚悟をしておくというのはいいものだ。


 気持ちよくギルドのドアを開けるとその日は妙にざわついていた。これはまた碌でもない依頼が出たのだろう。その依頼をチラリと見て見る。


『町の近辺に目撃情報があるオーガの討伐、報酬金貨百枚』


 なんだこれは……いくら何でも安いにも程があるだろう。もう少しマシな依頼を出すことは出来なかったのだろうか?


 しかし、その日の俺は珍しく戦いたい気分だった。このむしゃくしゃを魔物にぶつけてさっぱりしたい思いは否定できなかった。


 何しろ相手はオーガだ戦闘のやり甲斐があるというものだろう。オーガごとき軽くひねり潰せるが、生憎とここ数日はめぼしい相手がいなかったのでありがたい。


 堂々と依頼書を剥がしてネリネさんのところへ持っていくことにした。剥がす時に周囲から胡乱なものを見るような視線がグサグサ刺さったが、俺の気分とよく分からない評判ならば前者の方を優先するに決まっている。


 受付に持って行くとネリネさんは『これを受けるんですか?』とバカなヤツを見ている酒場のおっさんのような目をされた。


「なんですか? 俺がこの依頼を受けるのがおかしいですか?」


 ネリネさんは遠慮がちに言う。


「受けるのは構いませんがオーガがいるかどうかさえ分かっていませんよ?」


「は?」


 俺は思わずたじろいでしまった。オーガ討伐の依頼にオーガが出てこない? 名前に偽りありではないだろうか?


「いえ、実はその依頼は貼ってはあるんですが目撃者がほら吹きで有名な人でしてね……正直皆さん存在を疑っているんですよ。まあいると断言している以上ギルドとして治安維持を断るわけにはいかないので貼っているのですが……正直怪しいものですよ?」


 ほら吹きって……いや、確かに公的機関になっているギルドが理由も無く断るのは無理があるとは分かるのだが、それにしたって受けて欲しくなさそうな依頼なんだな。しかしほら吹きの話か……のるかそるかのギャンブルのような話だが、町の周囲を散策して怪しいオーガが本当にいたら駆除すればいいだけだ。


 そもそもオーガなんて初心者には手に余る敵だ、その依頼が初心者が受けるような報酬で貼られていた時点で受けさせるつもりは微塵も無いのだろう。だからこそ俺が持っていった時に驚かれたのだ。


「まあ出たら駆除しておきますよ。だから気にせず受注処理を進めてください」


 ネリネさんは露骨に嫌そうな顔をしたが俺は退くことなく受注を進めてくれといったので、無事受注することが出来た。


「クロノさんには面倒な依頼が来た時のためのスタンバイ要員になって欲しいんですがねえ……」


「人に面倒なことを任せるのやめませんか?」


 俺のその心からの叫びは欠片もネリネさんには届いていないようだった。勘弁して欲しいよまったく……


「では適当に町の周囲をぶらついてきてくーださい。どーせ出ないでしょーしね」


 投げやりになってネリネさんに見送られて俺は出て行った。ネリネさんも成果の上がらない依頼に俺を割り当てたくはないのだろうが、だからといってそんなぶっきらぼうな対応をするのはどうだろうか。愚痴っていてもしょうがないので町を出るために門まで行くと『あんたも物好きだな』と門番に言われて送り出されてしまった。


「さて、索敵魔法を使うかな……」


 俺は魔力を周囲にばらまいて反射するものを確認する。周囲にはいないようだな。もう少し郊外のところまで移動するか……


 俺は荒野を歩いて行き、町からかなり離れたところで索敵魔法を広範囲に対して使用した。すると一つの大きな反応があった。かなり大型の魔物、それも魔力を持っている化け物のようだ。


 そちらに向けて俺はのんびり歩いて行った。ナイフを手でクルクル回しながら気ままに敵の元へと向かう。さっさと叩き潰すのは味気ない、今回は空間圧縮で押しつぶすような無粋な真似をするのはやめよう。


 すると目的の化け物が見えてきた。


「グオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


「あ、オーガじゃん」


 受けてみるもんだな、本当にオーガに出会うとは思わなかった。皆噂半分といった感じだったし、出来れば出会いたくもない相手だったのだろうが、こうして出会ってしまったからには叩き潰させてもらう。特に恨みのようなものはないが、強いて言うなら種族の違いを恨むんだな。


『クイック』


 加速してオーガにナイフを突き立てる。ぬるりと腹部の脂肪を切り裂いた感触が手に伝わる。


「ガアアアアアアアアアアアアアア」


 おっと、下手に傷つけたので怒らせてしまったか。知恵は無い癖に一撃で死なないし実力の差も分からないとは愚かな生き物だな。


 そういえばこのオーガ、武器の類いを一切持っていないな。石斧くらいは持っていても珍しくないのだが……まあ群れから追い出された個体のようだし調達できなかったのだろう。


『グラビティ』


 ズドンとオーガは自重に押しつぶされて倒れ込む。こうなってしまえばもはやただの肉塊でしかないのでサクッと片付けるか。


「じゃあな」


 その一言でオーガの喉を掻き切る。血は大地に染みこんでいきすぐにオーガは命の灯火を吹き消すように死んでいった。


「さて、素材くらいにはなってもらうぞ」


 俺はオーガをストレージに放り込んだ。ダメ元で受けた依頼を達成してしまったので価格破壊もいいところだ。せめて素材報酬くらいはそれなりにもらわないと納得が出来ない。


 そして全てが終わったところでギルドに帰ることにした。帰り道をのんびり歩きながら、この依頼を嫌々受注させざるを得なかったネリネさんの驚く顔を想像すると心が弾む。


 町の入り口について門番さんに話しかけると『どうだった? ほら吹き爺さんの与太話に付き合ったそうじゃないか』と訊かれたので『その爺さんもホラを吹かないことだってあるんですよ』と言ったところ『まさかな……』と言って門を開けてくれた。


 そして楽しみにしていたギルドでネリネさんに声をかけるイベントがやってきた。ネリネさんに俺は言う。


「ネリネさん、いい感じのオークがいたのでサクッと狩ってきましたよ」


「ふぁ!?!?!?」


「ほら吹きさんでもオーガはちゃんと見えていたようですね」


「え……あ! 査定場へどうぞ!」


 ちょっと混乱したようだが、オーガ討伐のあとの手順をすぐに思いだして査定場へ案内された。


 つつがなく案内された査定場でドスンと大人二人分ほどのサイズがあるオーガを取り出す。ネリネさんも先ほどの言葉で覚悟は出来ていたのだろう、出してみてもそれほど驚くことはなく査定用紙にさらさらと記入していった。


 そしてためつすがめつオーガの死体を調べてからネリネさんはこちらに向いて査定を教えてくれた。


「ざっと金貨七百枚ですかね」


「それほど高くはないんですね」


 別に文句があるわけではないのだが意外と安くて驚いてしまった。オーガの割には金にならないんだな。


「まあオーガは肉が固いので食用としては一段落ちますからね。まあ革は頑丈なので需要が有るのですが」


 そういうものか。悪くないから俺はその査定にサインをして、カウンターに戻りネリネさんに金貨の報酬をもらった。


 その時に『この依頼を受けたのがクロノさんでよかったですよ……危うく死人を出すところでした……』とぼそっと言っていたのがなんとなく印象に残ったのだった。

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