第367話「ゴブリンキングの討伐」

『急募! ゴブリンの討伐をしてください! 報酬金貨五百枚』


 その依頼は見向きもされずに放置されていた。この町にしては安い方なので無理もないことだろう。俺だって一目見てから視線をそらして他の良さげな依頼を探しているからな。


 正直受けたい依頼も無いのでメシでも食べて帰ろうかと思ったところで少女に声をかけられた。


「あの……サンドゴーレムを倒したクロノさんですよね?」


 俺はその時衝撃を受けてしまった。どこでその情報を得た? 一体どこから漏れたんだ? 


「その噂をどこで?」


 少女は申し訳なさそうに答えた。


「実は……お隣さんがお金持ちのサボテン農家でして……」


「あのクソ依頼者! 秘密の保全をガン無視してやがる!」


 依頼者は選ぶべきだったな……まさか平気で漏らすような情報だとは思っていなかった。普通の人はもう少し……こう……人にペラペラ喋ったりはしないだろう。大体ネリネさんも依頼者のことを知っていたのだろう、知っているなら受ける前に言えよ!


 ネリネさんの方を睨んだがプイッと顔をそらして無視された。どうやら知っていたが訊かれなかったから答えなかっただけらしい。確かに訊かなかった、訊かなかったがそういうことは常識として共有されるべきものではないのか? そんなあっさりと曝露するような依頼者をギルドも受け付けるなよ!


「ああいえ、その方が直接喋ったわけではないんですよ」


 少女がそう言うので話を聞くことにした。俺の変な噂が流布しているのを見過ごすわけにはいかない。それが自由な俺に害をなすよな噂だったら尚更だ。


「とりあえずテーブルに着こうか」


「はい!」


 俺はエールを頼み、少女はレモネードを頼んでいた。


「それで、何で俺に声をかけたかは大体分かるけど一応訊いておこうか」


 あのタイミングで声をかけるなら答えは一つなのだが思い違いという可能性もあるだろう。


「実は……ゴブリンが菜園に出てきまして……退治してくださる方を探しているんですよ。申し遅れました、私はペコと申します」


 どうでもいいので覚える気にもならなかったのだが、情報がこれ以上漏れた時に誰が漏らしたか記憶しておくためだけにペコと名乗った少女の名前と顔を覚えておいた。まえの依頼者の方はネリネさんにあとで締め上げてもらおう。情報流出は重大な問題だからな。


「で、菜園に出たゴブリンを倒して欲しいと?」


「はい、我が家の収入源で食べ物もそこから取っているのであまり高額な報酬は出せないんですよ」


 うわあ……いいところがないじゃん。さっさと断ってダッシュで逃げてしまいたいな。


 それが正直な感想だった。薬草を少し多めに取ってきただけでもこの依頼より多めの報酬は出るぞ。そんな依頼を選ぶ意味が特に無いと思うのだが……


「お願いします! クロノさんなら出来ると思うんです! このとーり!」


「はぁ……」


 俺はため息を一つついて交渉に入った。


「まずゴブリンの数は? 大量にいるんだったらあの金額では無理ですよ?」


 俺は努めて穏便にお引き取り願おうと情報開示を頼んだ。この手の依頼者は得てして肝心な情報を隠しているものだ。


「五匹くらいですかね……」


「五匹!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。ゴブリン五匹なら依頼など出さず自分たちで始末してしまった方がよほど早いではないか。何かそれが出来ない事情でもあるのだろう。深く訊くと断るのが難しくなるので黙っておくことにした。


「少ないですよね? 本当にこれだけしか出てこないんです! ですからどうかお願いします! ゴブリンを倒してください!」


 いやいや、まて……うまい話には罠があるものだ。実はゴブリンではなくオーガだったという可能性も……


「本当にゴブリンが五匹くらいなのか?」


 ペコは深く頷いた。嘘をついている様子は無い。ふむ……悪くないな、軽く吹っ飛ばして小銭になるというならそれもまたいいのではないだろうか? 大金狙いで危険な依頼を受けるのもいいが安全な依頼を受けて問題無く生活費を稼ぐというのも悪い生活ではない。


「はい! ゴブリンしか出てこないことは確認済みです!」


 ペコの言うことをどこまで信用していいのか分からないが、ゴブリンを倒して金貨五百枚は破格の報酬だ。悪くない、悪くないぞ!


「分かりました、あの依頼を受注すればいいんですね?」


「はい!」


 ひまわりのような笑顔が眩しかった。俺のような日陰者には辛いものだ。どうにもこういう人間は得意になれないな……


「それで、その菜園というのはどこにあるんだ?」


 まさかはるか遠くとか言わないよな? 精々この町の近辺しか俺は対応していないぞ?


「菜園はこの町の北部にあります。そこでゴブリンが暴れ回っているんですよね」


「ゴブリンって暴れ回るほど強かったかな?」


 そんな疑問が浮かんだのだが、ゴブリン程度なら群れていても大したことがないだろう。はっきり言ってしまえばゴブリンなどチョロい。サクッと倒して報酬を頂こう。


 俺はクエストボードからその依頼を剥がして受付に持って行った。


 ネリネさんは何事も無かったかのように振る舞っている。どうやら情報流出については知っていたことらしい。


「クロノさんならこの依頼を受けると思っていましたよ」


「受注させるのがお仕事のギルドさんが何を言っているんですかねえ? まるで俺に押しつけようとしていたように聞こえるのですが……」


「クロノさんの気のせいでしょう。細かいことを気にしすぎですよ?」


「しょうがないですね……とにかくそれを受けるので受注させてください」


 ネリネさんはクスリと笑った。


「なんだかんだ文句を言いつつ受けてくれるクロノさんが好きですよ?」


 そのイタズラっぽい笑みに『敵わないなあ……』と思った。


「ではこれで受注は完了です、依頼者のペコさんと協力してくださいね?」


「ハイハイ、分かりましたよ」


 ひらひら手を振ってペコの元に戻った。


「で、ゴブリンは今も出ているんだな?」


「はい!」


「じゃあ……サクッとぶっ潰してくるよ。この町の北部だったな?」


 俺は確認を取ってゴブリン共を倒す準備を整える。


「お願いします! クロノさんが頼りなんです!」


「任せておけ」


 そう言って素早く出てきたのはいいのだが……


「どこからどう見てもゴブリンキングじゃねえか……」


 一匹の大きなゴブリンに付き従う四匹のゴブリン、どこからどう見ても通常の種ではなかった。なるほど誰もあの依頼を受けないわけだと思いながら時間停止を使用する。


『ストップ』


 ゴブリンたちと俺以外誰もいない空間の時間が止まる。こういうのは目立つから勘弁して欲しいのだが、ペコが本気でこれが普通のゴブリンだと思っている可能性はある。そう、無知を利用して言いように使おうとした奴がいたかもしれないということだ。


 そんなことを考えながら刈り取るゴブリンたちには哀れみすら覚えた。命の価値は平等では無いと言うことだな。ゴブリンもあの世で生まれを呪うがいいさ。


 そして全てのゴブリンの首を狩ってストレージにゴブリンキングの死体だけを収めて依頼を完了した。あとの交渉はどうなるだろうな?


 ――翌日


「さて、ペコ。依頼はこれで完了だな?」


「はい! ありがとうございます!」


 いい返事で帰っていくペコを見送って俺はネリネさんの方に詰め寄った。


「知ってましたよね? ゴブリンキングが出ること」


「さあ? 何の事でしょうね?」


 この人はどこまでもメンタルが強いようだ。俺は諦めて言った。


「せめてゴブリンキングの素材にはそれなりの値段をつけてもらいますよ?」


「もちろん!」


 それから本当にいい値段がついたのでネリネさんもペコをなんとかしてやりたかったのだろうといい方に取るようにした。人間そこまで悪意があるものじゃない、ただ少しやり方が強引だっただけだ。


 俺はその晩、命の値段について考えそうになって、難しいことを考えるのを放棄して寝た。

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