第366話「サンドゴーレムの駆除」

 今日も今日とてギルドに俺は通っていた。もはや習慣だから以外の理由は無いのだが、この町ではそれなりに稼げるので悪い習慣ではないなと思っている。


 その日は目に付くところに『高額報酬』と大きく書かれた依頼票が貼られていた。何故高額報酬の依頼が未だに残っているのか謎だったので、好奇心半分にその依頼票を覗いてみた。


『サンドゴーレムの討伐、報酬金貨二千枚』


 なんとなく残っている理由が察せてしまう。サンドゴーレムは体が砂で出来ているので倒しても砂になるだけなのだ、このため素材報酬は期待できない。素材としての報酬は期待できないうえ、砂で出来ているので物理攻撃が効きにくい。大剣で思い切り切り裂こうが、ナイフを突き立てようが、開いた穴を他所の砂から埋めてしまう。とにかく倒すのが面倒なのだ。


「クロノさん! その依頼にご興味が……」


 突然後ろから甘ったるい猫なで声をかけてきたのは当然だがネリネさんだ。


「興味は微塵も無いですね、むしろ関わりたくないです」


 ネリネさんは肩を落として『そうですか』と小さくつぶやいたあとで駄々をこね始めた。


「いいじゃないですか~クロノさんならよゆーでしょう? 強いんだったらどんどんお金を稼ぎましょうよ!」


 うるさい、こんなところでごねないで欲しい。


「この町ならギルドで貼り出しておけば受ける人の一人くらいはいるでしょう?」


 しかしネリネさんはゴネるのをやめない。


「皆さん報酬が渋いと受けてくれないんですよ……クロノさんならこの報酬でも軽く倒せるでしょう? ちゃちゃっと行って倒しちゃってくださいよ!」


 すがるように言ってくるネリネさんだが、報酬をケチっていることはすっかり無視されている。サンドゴーレムは砂だから素材として買い取ってもらえないし、砂が砂に還るだけなので依頼報酬が全てだ。その金額で受けろというのは無茶もいいところではないだろうか?


 しかしネリネさんに悪びれる様子は一切無く、正当な報酬だと思っているようだ。


 確かにそれなりの金額ではあるのだが……この町としてはあまりにも安い。倍は欲しいところだが、それはこの町基準であって、場所によっては金貨二十枚で受けてくれというところもある。しかし金があるのならケチらないで欲しいものだ。


「ネリネさん、受けてもいいのでもう少し報酬が出ませんかね?」


 しょうがないので報酬の交渉に入る。金額が大きくなればもう少しやる気も出るだろうというものだ。報酬が渋いならもっと出してもらえばいい、シンプルな話だ。


「それは……サンドゴーレムが出た場所は私有地ですので……報酬の交渉は……」


 ああサンドゴーレムが出たのって私有地か、それはお気の毒様。しかし俺の知ったこっちゃないね。精々がんばって駆除して欲しいものだ。俺は関わりたくないが、金額だけで見ればまともなので受けてくれる人もいるだろう。この町ではお金持ちが多いのだからこの額で受ける人だって探せばいるだろう。


「がんばってくださいね」


 俺が冷たくネリネさんにそう言うと、思い切り俺に文句を言ってきた。


「クロノさんならサンドゴーレムくらい討伐できるでしょう? 実力があるならそのくらいはやってくださいよ! 私有地に出た魔物の討伐にはギルド権限が使えないんですよ?」


 愚痴っぽくいうネリネさん。確かに個人のためにギルドが動くようなことは無いが……個人が金を出せばまた別だが、公金で個人の問題を解決するほど人々は慈悲深くはない。


「とにかく討伐依頼は気が進まないのでやめておきます。物好きな受注者が来るのを待つんですね」


 俺はスッパリ交渉を打ち切って帰ろうとした。そこでネリネさんから一声かかった。


「クロノさん、エールを一杯飲んでいきませんか? ギルドとしてサービスしますよ?」


「はぁ……物好きですねえ、条件が変わるようなら教えてください」


 それだけ言って俺はエールを一杯カウンターでもらってから席に着いた。ネリネさんは通信魔法を使って交渉をしているようだ。なかなか必死に交渉しているようで、冷や汗が浮かんでいる。よほど怖い相手なのかなんなのか、個人相手にギルドが遠慮することもないだろうにとは思うのだが、ギルドが必ず権力を持っているとは限らないし、ギルドの運営が町の人の税金で行われているのだからそう強く出ることも出来ないのだろう。


 のんびりとエールを飲んでいたら、それが温くなる頃になってネリネさんが笑顔で向かってきた。


「クロノさん! 依頼者が金貨三千枚までなら出すそうですがいかがですか?」


 俺は元からその金額を提示しろという苛立ちを隠して、深く頷いた。


「分かりました、その金額で受けましょう」


 ネリネさんは学校の先生に褒められた時のような笑顔になって依頼の概要を説明し始めた。


 目的はサボテン畑になっている南部砂漠だ。そこにサンドゴーレムが出現してサボテンの収穫に支障を来しているらしい。その条件を聞いて正直なところイライラした。サボテン畑に出たと言うことはサボテンを傷つけないように討伐する必要があると言うことだ。空間ごと消し飛ばして辺り一面を更地にするような倒し方はしてはならないと、面倒な条件をつけられたな……


「では、説明は以上ですのでがんばってください!」


 そう言って良い笑顔で送り出すネリネさん。俺は地雷案件を踏んだなと虫を思わず踏み潰してしまった時のような気分で送り出された。


 門番からは『がんばれよ』とねぎらいの言葉をもらい町の南部に向かった。


『クイック』


 さっさと片付けようと加速した。もはや丁寧に倒すつもりにはならなかった。サボテンが全滅しなければ合格と言うことで許してもらおう。


 あっという間に砂漠に着いた。そこにある整列して育てられたサボテンのあいだをサンドゴーレムが歩いていた。見ようによってはサボテンを守っているように見える光景だった。


 ゴーレムの討伐方法はコアを破壊するか、再生不可能なほどに形を崩すかだが、砂で出来ている以上後者の方法は採れない。まてよ? あの手があるのではないだろうか?


『マナドレイン』


 地面から魔力を大量に吸収した。流石に大陸全体の魔力を吸収したりは出来ないが、この程度の狭い地域なら完全に吸収できる。


 俺は石を一個手に取り『クイック』を使用して高速で投擲した。それはゴーレムを貫いて……本来はすぐに再生するはずのゴーレムが再生をしなかった。狙い通りだな。


 ゴーレムは魔力で動いている。大地から魔力を吸って動いているのであり、吸い取る魔力はもうすでに俺が根こそぎ吸い取っているのでゴーレムの取り分はない。


 こうして数個の礫をぶつければゴーレムは再生できずついに崩れていった。討伐の証拠に残ったコアをストレージに入れてギルドに帰る。やってみればなんとかなるものだというのが俺の感想だった。


 門番に通り一遍の挨拶をしてギルドに行くと、ネリネさんがにこやかに出迎えてくれた。


「いやぁ、ありがとうございます! 大変だったでしょう?」


「だったら押しつけないで欲しいものですね……」


「まあまあ、こちら、報酬の金貨三千枚になります」


 ドンと置かれた袋の中身をチェックして、金額に偽りがないのでそれをストレージに入れて依頼は完了となった。


 そしてその晩、俺は魔力を吸い取りすぎたせいかそれによって寝苦しい夜を過ごすハメになったのだった。やはり安易な方法に頼るのはよくないな……そう思い知った寝苦しい夜だった。

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