第365話「勇者たちの風の噂」
俺はその日、何の気も無く入った食堂が賑わっていた。いや、賑わっていただけならいい。その食堂には一人の男の吟遊詩人が様々な物語を奏でていた。しばしの間、様々な英雄譚や知略謀略を巡らせる宰相の話、禁断の恋に落ちた少年と少女の物語などが奏でられていた。
結構人気があるようで、食堂の多くの人がその吟遊詩人に投げ銭をしていた。
そして一通りの演目が終わり、俺も聞かせてもらったお礼に銀貨を一枚投げ銭をしておいた。しかしそこで気になったことがあったのでお金を入れる時に尋ねてみた。
「素敵な物語ですね」
「いやいや、お恥ずかしい、私など他の英雄様のお話を借りて語っているだけですよ」
「ところで一つ質問があるのですが構いませんか?」
「ええ、もちろん。なんでしょうか?」
「演目に勇者の物語が無かったようですが何か理由が?」
すると男の顔に影が差してしまった。
「実はお昼ご飯がまだでしてね、その質問に答えるので相席させて頂けませんか?」
どうやら何か事情があるようだ。
「構いませんよ、お好きなメニューを注文してください、代金は持ちますのでご心配なく」
「それはどうも、ありがとうございます。こちらへオークシチューをお願いします」
注文も終わったことだし、本題に入ろうか。
「さて、素敵な演目の中に何故か勇者の話が無かったことについて、お話しして頂けますね?」
男はパンと手を打って自己紹介を始めた。
「いやいや、まずは自己紹介といきましょう、私はブルーム、知ってのとおり吟遊詩人です」
「俺はクロノ、旅人をやっています」
ブルームの目が一筋になり目の端に光が見えたようだった。
「ほほぅ! 旅人さんか! さぞや面白い話を知っているのだろう?」
この人はこうやって話を集めているのだろうか? 俺の話なんてロクなものが無いというのに物好きだな。しかし俺も勇者たちと一緒に戦ったことくらいしか話すことは無いぞ、目の前のキラキラと目を輝かせている男を満足させるような情報は無い。
「いやぁ、つまらない話ばかりでしてね、ですからこうして吟遊詩人がいるとついつい聞き入ってしまうのですよ」
ブルームは一応納得はしたのか肩を落とした。あるいは俺の事を新人の旅人と思っているのかも知れない。どちらでもいいことだ、俺は勇者たちが元気でやっているか庭度のことにしか興味は無い。
「それで、勇者たちの話をしない理由はなんですかね?」
ブルームは苛立たしげにも見える表情をして答える。その声音にはつまらない話を強要された時のような湿っぽい声で話し出した。
「それがですな……勇者パーティの話というのが最近めっきり受けなくなりましてな」
「受けない?」
受けが悪いとは? もはや聞き飽きたということなのだろうか? 確かに勇者たちの話といえば出尽くしているような気もするが、連中は俺がいなくなってからも話になるほどの活躍をしているのかと思ったのだが……
「新しい話が無いんですな……どんな英雄でも大抵碌でもないエピソードはあるものですが、今の勇者様方はなんと言いますか……使い古した話しかないんですよ」
ブルームはニガヨモギでも食べたような顔をしている。言いたいことは理解できるのだが……
「勇者パーティの新しい話はないんですか?」
「あるにはありますよ……、ええ、あることはあるんです」
はて? あるならその話をすればいいではないか? 何を出し渋っているのだろう。腐っても勇者なら吟遊詩人に歌われる程度の話は量産しているのではないのか?
「何かマズいことでもあるんですか?」
俺がそう問いかけるとブルームさんは首をコキコキとならして気の進まないような態度で話を始めた。
「クロノさん、ゴブリン退治が英雄譚になると思うかね?」
そんなことを突然聞かれ、俺は困惑しながら首を振った。
「そうだろう、最近の勇者様とやらの話はその程度の事が多いのさ。そりゃあ勇者様がドラゴンを倒したなら話にもなりましょう、しかし、ゴブリンの巣を駆除して回ったとしてそれがウケのいい話になると思いますかね?」
「それは……面白くないでしょうね」
ブルームさんは俺の答えに納得したのか深く頷いて答える。
「そういうことなのですよ、今の勇者様たちには大きな話が無いんですな……流石にゴブリンやコボルトを相手にした英雄譚など歌おうものなら顰蹙を買いますからね」
勇者たちときたら、大した依頼を受けていないのか? もう少し優秀なヤツだと思いたいのだがな……
「昔は勇者様の物語ときたらテッパンの話だったんですがなあ……」
しゅんと肩を落としてそういうブルームさん。あなたが悪いわけではないが、勇者たちはもう少し頑張れないのだろうか? 俺を追放したからにはそれなりにまともな結果を出してもらわないと困る。
「どんな話が流れてきているんですか?」
「そうですな……例えば町の悪漢を退治したという話を聞いたのですがな……」
「いいじゃないですか、そういう小さな善行は大事ですよ」
「それはそうなのですが……噂を掘っていくと酒場で悪漢に絡まれた勇者が喧嘩をして勝っただけという話のようでして……」
「酒場で喧嘩に勝っただけじゃねえか!!」
思わずそう叫んでしまった。
「まあつまりはそういうことです。最近の勇者様はなんだか勇者っぽくない行動が多いんですなあ」
のんびりそう話すブルームさんに俺はどうしようもない連中が思い出された。確かに連中は戦いが得意というわけではなかったがなあ……一応本気で戦えばドラゴンだって倒せたはずなのになあ……
「しかし勇者だってドラゴンを倒していたことはあったのでしょう? 突然活躍できなくなることなどあるのですか?」
「そうなんだよねえ……きみは勇者様の隠れたエピソードとか聞いたことない?」
俺は訊かれて少し考えて……そういえば勇者ってあまり単独で活躍はしていなかったよな。チーム戦というか……一人で戦っていたわけじゃないんだよな。
「勇者がエンシェントドラゴンを倒した話でもしましょうか?」
するとブルームさんはハハハと笑って俺を見た。
「冗談を言っちゃいけないよ。今時そんな話をしたところで誰も信じないよ。勇者たちの実力なんてそんなものさ」
どこまで信用が無いんだ……
「昔はそのくらい盛ったエピソードでも皆聞いてくれたのだがねえ……今そんな話をしたら『盛りすぎ』と言われるのが落ちだよ」
「かつての栄光はどこへやら……といった感じですかね」
「ですな。勇者様が活躍してくれないと我々吟遊詩人の話すことが減るので困ってしまうのですがね」
しかしまあ勇者たちはどうやら上手くいっていないらしいということは分かった。しかしまた、勇者が俺に泣きついてこないだけの根性があることは評価する。一応その程度の根性はあるんだよなあ……俺にお鉢が回ってこないように勇者様にはがんばって欲しいものだと思いながら吟遊詩人と勇者談義に花が咲いた。
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