第364話「キリングベアの討伐(依頼人:ゴーストさん)」

 俺はギルドで昼食を食べている、出来るだけ話しかけられないように隅の方でこっそりと肉を一枚ずつ口に入れている。最近不穏なことが多いからな、探知魔法を使ってネリネさんが出てきそうになったらトイレにダッシュしている。平穏を打ち崩されてはたまらない。ではなんでギルドに来ているのかという話だが、習慣というほかない。おいしい依頼があるかもしれないと妄想してきたのだが、しょっぱいものしか無かったのでせめてメシだけでも食べていこうというセコい意志の元に食事をしている。


 そして俺が静かに昼食を食べ終わり、何事も無かったかのような雰囲気を出して出口に足を向けた。


「あ! クロノさん! やっぱりいましたね!」


 憂鬱になる声が聞こえてきてしまった。無視して出て行くことも可能なのだが、それは流石に延々とこのギルドに勤めてきた彼女に申し訳ないような気がする。


「何か用があるんですか、ネリネさん」


 俺は発言者に向き直って答えるとネリネさんは笑顔を頭に貼り付けたような顔をして俺の手を取った。手を取ったといってもそれは決して好意の表れなどではなく『逃がさないぞ』という硬い意志の表れだった。


「実はキリングベアが近隣に出現しまして……犠牲者が出ていましてね」


 言わんこっちゃない。面倒なことに決まっている。しかし犠牲者が出たとなると討伐する理由には十分だな、人の味を覚えた魔物は殺しておくべきだろう。


 しかしネリネさんの顔はさえないものだな……まるで何か心配事は別にあるとでも言いたげだ。


「何かあるんですか?」


 ネリネさんは肩をすくめてから静かに沈鬱に答えた。


「人間を食べたキリングベアなんですけどね……討伐済みなんですよ」


 は? だったら俺は何もすることがないだろうが。何をしろっていうんだよ……とんでもなく面倒な話でもあるのだろうか?


「だったら俺が出るまでもないのでは? 解決済みの依頼なんでしょう?」


 そう言ってみたがネリネさんの顔は冴えない。何かにビクビクと怯えているような顔で俺の手を黙って引いた。


「ちょ!? なんなんですか? 俺は食事に来ただけで……」


「それは分かりますが今回の依頼主はギルドなんです、ギルドに来た時点で依頼者とあっているようなものですから、話くらい聞くのが礼儀というものでしょう?」


 ネリネさんの言っていることは暴論ではないか? というかギルドが出した依頼って大抵ロクなものではない確率が高いので出来れば避けたいのだが……そこまで考えて優秀な連中に声をかけても断られたのだろうな、そう思い至った。根拠はネリネさんの表情だ。沈鬱な顔をしている以上、依頼も辛気くさいものであることはほぼ確定だろう。


 そして俺はついに検分室まで連れてこられた。査定場ではないのは人食い熊を討伐したということで人を食った以上、食材として不適切という考えなのだろう。


「じゃあ、残りの話は依頼者としてくださいね!」


 そう言って俺を部屋の中に突き飛ばし、ドアをバタンと外から閉めた。中に依頼者がいるにしてもこの扱いはあんまりだろう。まるでおどろおどろしいものを隔離しようとしているかのようだ。


 依頼者ってここに誰が……


「あ! あなたが依頼を受けてくださるんですか?」


 部屋の中にあるものを見渡したが、キリングベアの子供の死体が一体、バラされて調査されていた様子だが他に誰も見当たらない。俺の戸惑いを理解したのか


「すみません! この状態じゃ見えませんよね! ちょっと待ってください! う~ん! よっと!」


 このおぞましい状況で平然と呑気な声を上げて出てきたのは少女のゴーストだった。いや、ゴーストって……まさか……


「依頼者のヨミといいます! お兄さんが私の御願いを聞いてくれる人ですか?」


 戸惑ってはいるのだが、この状態で断ったら何か不吉なことが起こりそうな気がする。あくまでも気分的なものだが、ここで安易に受けていいのだろうか? 考えているうちに思わず頷いてしまった。同意と取られてしまったのかヨミと名乗ったゴーストは語り出した。


「実はですね……私は家族旅行をしていたのですがキリングベアに襲われましてね、全滅してしまったのです。お父さんも、お母さんも才能が有ればゴーストになれたのでしょうが、生憎と適性があったのは私だけのようでした」


 ゴーストの適性か……ぞっとしない素質だし、出来ることならお世話になりたくない適性だった。なんとなくだが背筋が寒くなるものを感じる能力だ。


「それで? その熊はそこで解体されている様子だけど、他に何をやればいいんだ?」


 もはや依頼は受ける前提で答えた。受けないと呪われそうだからな。いや、呪い耐性なら確かに持っているのだが、耐性があるからといって呪いを進んで受けるような趣味は無い。


「実は……そこで解体されているのは私を食べたキリングベアの子供なんです」


「子供?」


 繁殖しているというのは理解できるが、それが何か関係あるのだろうか?


「そうなんです! 親熊が私たちを襲って死体を小熊に与えたんです! というわけなので、そこの死体では私の恨みは一向に晴らせていないんですよ!」


 は? ……いや、まさかとは思うのだが……


「親熊を殺せとか言い出すつもりか?」


 ヨミは口角を上げた。


「その通りです! 私や家族の仇を討って欲しいのです。安心してください! 何しろ親熊には私が少しだけ使えた呪いをかけていますから見つけるのは簡単です!」


「倒すのが面倒なんだよなあ……」


 やはりロクな依頼ではないなお断りしたいレベルだ。そういうものとは関わり合いになりたくないんだよなあ……倒すのは簡単だが、ヨミを満足させるためだけに俺が苦労して倒さないといけないのか?


 そこで神経がそばだつような感覚を覚えた。


「ちなみに私は自由に移動できますし、このくらいの呪いは使えます」


 脅してきやがった! 悪霊じゃないか!?


 俺はエンチャント済みのナイフをとりだしてみた。途端にヨミは部屋の隅に逃げてガクガクと震えだした。


「落ち着きましょう! 話し合えば分かります! その熊を討伐して頂ければ報酬はきちんと出ますので!」


「報酬って……ギルドの持ち出しだろう? あまり金にならないんじゃ……」


「いえ、私の乗っていた馬車に積んであった金貨を依頼料に上乗せしてくださいとギルドにお願いしましたから!」


「呪いで脅して?」


「はい!」


 星空のような笑顔でヨミは断言した。なるほどギルドが依頼を出すわけだ。


「分かったよ、倒してはやるからそれで呪いを解けよ?」


「もちろんです!」


 笑顔でその宣言をしたのだが、悪霊じみたことをする奴に信用はないだろう。しかしそれはそれとして危険魔物の駆除はギルドのお仕事なのでそれを行うのは間違っていない。きっかけが邪悪なだけだ。


 俺はドアのまえにいるであろうネリネさんに声をかけた。


「ネリネさん、交渉は成立したので開けてもらえますか?」


 外側にかんぬきを挿す用心ぶりはもう少し別のところで役立てて欲しいのだが、とにかく俺とヨミは解放されて目的のキリングベアの討伐をすることになった旨を告げた。


 ふぅと一息ついてから『がんばってくださいね!』とまるで他人事としていうネリネさんには正直イラッとしたが、ついてこられても困るだけなので放置しよう。


「おいヨミ、町の外までは歩くか消えるかしてろ。目立つだろうが」


「じゃあ消えておきますね。ええっと……あなたの名前を聞いてないですね」


 そのまま訊かないでおいて欲しかったのだが訊かれたものはしょうがない、『クロノだ』とぶっきらぼうに答えておいた。


「わかりました、クロノさん、消えておくのでちょっと取り憑かせてくださいね、はぐれたら困りますからね」


「しれっと俺を呪おうとするのはやめてくれないかなあ!」


「呪いじゃないですよ、絆ですよ絆」


 ヨミは家族まとめて殺されて復讐まで頼んだというのにあっさりとしていた。さっぱりしているのだろうか?


 しかしそれを問おうにも、背筋がゾクゾクピリピリとするばかりで取り憑かれているということしか分からない今ではダメだ、何はなくとも町の外に出なくては。


 門番さんは俺が見えるなり門を開けて自分は詰め所の方へ駆け足で引っ込んでしまった。ギルドから内容が伝わっていたのだろうが門番としてそれでいいのだろうかとは思う。


 そして何事も無く門を出たので少し歩いて『ヨミ、出てきていいぞ』と言うと、俺の隣にフワフワ宙に浮きながら少女が姿を現した。


「なあヨミ、お前歩こうと思えば歩けるんじゃないか? そうすれば普通の生活は……ちょっと無理かも知れないが不自由しないと思うんだがな」


 そう訊いてみるとヨミは実にダメ人間らしい言葉を返してきた。


「だって浮いている方が楽ですし。エーテル体だって動くのは簡単じゃないんですよ? 他人様のエネルギーや魔力をわけてもらったりして存在しているんですから」


 えー……コイツが極端にダメなゴーストなだけだと思いたい。


「さああちらの方に敵はいるようですね! ぶっ潰して欲しいですね」


 血気盛んに言っているが、やることは完全に俺任せだ。本当にそれでいいのかと言いたいが本人は満足しているようだ。


 そのまましばし歩いて行く。荒れ地を進んでしばらく、ようやく草原にたどり着いたのだが、この辺にキリングベアが出るのだろうか?


「この先で右にやや曲がって進んだところにいますね」


 ヨミがようやく役に立った。よく見ると髪の毛がその通りの方向にピンと一房立っている。


「この髪ですか? 呪いをかけたのでそれに反応しているんですよ」


「そうか」


 いい加減ヨミの対応も雑になりつつ目的地近辺までたどり着くと、そこには小さな丘があって、そこに掘られている穴の中へ向けてヨミの髪の毛がピンと向いていた。


「あそこか?」


「そうです、私の食べられた巣穴ですね」


 さて、人間を相手にするわけでも無いし簡単な倒し方をするとしようか。


「ファイヤーウォール」


 入り口が炎に包まれた。魔力耐性の強いものでなければ生きて出てくることが叶わない魔力で焼いた。


「クロノさん……私のためにキリングベアを苦しめて殺すんですね! ゴーストに対するそのリスペクト、私感動しました!」


 感極まった様子で言っているのだが、俺はただ単に人間の死体もついでに焼き払って後腐れ無いようにしたいだけだ。完全に焼き払えば証拠の調査に同行させられることも無いからな。


 しばし待っていると探知魔法で内部を探っても生命反応は消え去った。そこから奥の方までこんがりと焼いて洞穴の中を調査した。すると綺麗さっぱり消えていたので問題無い様子だった。


「いやーさっぱりしますね! 復讐ってこんなに気持ちいいんですね!」


 隣で髪の毛がぺたんとなったヨミが楽しそうに言った。復讐ねえ……俺は勇者たちに復讐したいとは思っていないがな、復讐したいかどうかは人それぞれなのだろう。


「それではクロノさん、お世話になりました」


「ああ、逝くのか」


「は?」


「え?」


 何か認識に齟齬があるような気がする。コイツは未練があってゴーストになったのではないのか?


「いやいや、消えませんよ! 私はごく一般的な無害なゴーストとして生きていく予定です」


「消えないのかよ!」


 ちょっとしんみりした気持ちを返せよ!


「まああの町に戻ると危険なので私は魔族領なり見える人がいない場所で暮らしますよ。また会ったらよろしくお願いしますね!」


 にこやかにそう言ったかと思うと草原に一陣の風が吹いた。目を一瞬閉じたあとにはもうすでにヨミの姿は無かった。


 ――


「と言うわけで依頼は完遂しました」


 俺はネリネさんに報告をしている。一応成功と言うことにしていいだろう。この町が危険にさらされることはもう無いわけだしな。


「分かりました、依頼料とヨミさんが権利を持っていた馬車の荷物分を換金したものがこちらになります」


 そう言って大きな袋を渡してくれた、金貨だけではなく銀貨や銅貨も入っていたので本当に全部売却した金額なのだろう。


「ところでクロノさん」


 ネリネさんが悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。絶対にロクな提案ではない。


「この町専属のエクソシストとしてのキャリアにご興味は「まったくありません!」」


 俺は即座に断ってできればゴーストと縁の無い生活をしたいものだと思った。

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