第363話「デザートスネークの駆除」

 今日は優雅に朝食を食べている。幸いなことに災難な依頼がないからだろう。ネリネさんときたら突然無茶振りをするのは勘弁して欲しいものだ。あの人、万事が適当で『クロノさんに任せとけばいいだろ』と考えている節が見て取れる。ギルドの運営の属人化はよくないことだ。まあここのギルドは俺以外にもたくさん受注してくれる人がいるので、俺がいなくなっても他の人が評価されるだけではあるのだが。


 朝食の肉野菜炒めを食べてギルドに向かった。流石に今日はそれほど極端な依頼は出ていないだろう。道を歩いていても平和そのもののようで、荒っぽいことは何も無い。そうそう、こう言う平和な世界を皆、望んでいるのだよ。下手に荒っぽいことをする必要なんて無いのだ。


 ギルドに着いてドアを開けると何事も無くギルドの事務は進んでいた。どうやら今回は俺の出番は無いようだな。


 しかしあまり好みの依頼は無かった。何か良いものが無いかと探してみたのだが、どれも報酬を渋っていたり、難易度が極端に高かったりするものだった。報酬は渋っていたといっても他の町よりは良いものなのだが、慣れというのは恐ろしいものでここでの報酬が基準になるとどうしても金貨五十枚という報酬が安いものと思えてしまう。


 何しろ他の報酬が千枚単位で出しているのに二桁というのはどうしても安く見える。決して他の町を基準にすると決して安いどころではない、むしろ高額と言っていいのだが、どうしても隣に大金が置いてあるとそちらに目がいくものだ。


 ふと目にとまった依頼には『デザートスネークの駆除、報酬金貨五百枚』と書かれていた。この町では決して高い金額ではないが、蛇の駆除でもらえる金額としては悪くないものだろう。蛇くらいどうとでもなるからな。


 そこへ横から声をかけられた。もちろん声の主は……


「クロノさん! その依頼に興味がおありだと見えますね!」


 ネリネさんだった。この依頼、不人気なのか他と比べてやや依頼票の紙が日に焼けている。


「この依頼、そんなに面倒なんですか?」


 もう面倒なのは前提として質問をした。こうして残っているものがいい依頼のはずもない。割の良い依頼だったらとっくの昔になくなっているはずだ。残っている時点でワケありの依頼だとしか思えない。


「そうですねえ……面倒かどうかは受ける人によるんですよ」


 ネリネさんはどちらともつかない曖昧な答えを返してきた。少しイラッとしたがそれを責めてもしょうがない。公平に、極めて穏やかに生活費を稼ぎたいだけだ。


「なんだか不安なのでこれは受けないようにしますね」


 危ういものに進んで近づくべきではない、昔からのことわざにもある。報酬が高いものにはそれなりの理由があるからな。これだってきっと面倒な依頼をギルドに丸投げするために作られたものだろう。関わってもいいことなんてないに決まっている。


「まあまあ、クロノさん、一つ落ち着いてください。これはクロノさんにとっては良い依頼だと思いますよ?」


 ネリネさんはそう断言する。俺にとって良いかどうかは俺以外に判断のしようがないと思うのだが、この人は躊躇うことなく断言した。それには何かの理由があるのだろう。


「なんですか? この際、条件があるなら聞くくらいのことはしますよ、乗りかかった船ですしね」


「流石クロノさん! 話が早い!」


 そう言ってネリネさんはこの依頼の詳細について語り始めた。


「実はですね、砂漠に蛇が増殖していまして、あの道を通る商隊に危険がおよんでいるんですよ。そこで討伐依頼をギルドとして出しているわけですね」


 その言葉に釣られて依頼主を見るとこの町のギルドになっていた。どうやらこれはギルドに押しつけられた依頼らしい。


「そして蛇がたっぷりといるわけですが……討伐に条件がないんですよね」


「条件がないとは一体どういう……?」


「つまり、どんな方法で倒しても構わないということです。死体のチェックもろくにしませんし、蛇が消えているのさえ確認できれば何の問題も無いんですよ。クロノさんは蛇の群れを吹き飛ばす魔法くらい使えるでしょう? そのくらいのことは分かっているんですよ」


 どうやら俺の魔法について詳しく知られているわけではないが、ある程度の推測はされているらしい。たしかに蛇の群れを駆逐する程度の実力は持っている。見せると面倒なことになるのが確定しているのでひけらかすのはやめようと決めたのだが……


「誰も見たり聞いたりしませんし秘密は厳守しますから! ね?」


「ちなみに書いてあるデザートスネークで何匹くらいいるんですか?」


「見た人たちによると『蛇の河』と表現しても良いくらいの量だそうです」


 なんだろう、ものすごく受けたくないぞ……


「いやですよ、そんな物騒な相手を倒す気なんてありません。他の実力派魔導師にでも頼めば良いじゃないですか?」


「それだと高くつくじゃないですか! この町で高名な魔導師の工数を知っているんですか? 余裕で赤字が出ますよ?」


「上からの依頼なら多少の赤字は我慢しましょうよ……」


 しかしネリネさんは一切妥協する気がなく、この依頼でどうしても儲けをあげたいようだ。


「この依頼を受けて頂ければ私の評価がギルドで爆上がりなんですよ?」


「うん、その情報は悪印象ですね」


 なんであんたの出世のために俺が格安で依頼を受けなきゃならんのですか。無茶を言うのは大概にしてくださいよ。


「クロノさんが受けてくださったら私は安心できるんですよ! こんな依頼この町じゃ受けてくれる人はロクにいないんですよ! だからどうかお願いします! ね?」


 俺は渋々ながら頷いた。我ながら甘いなとは思うのだが、この町に商人がやってくるのに不自由するというのは非常事態だ、金のまわりが悪くなっては困るからな。


「ありがとうございます! 依頼の地帯は南部の砂漠地帯なのでお願いしますね!」


 それだけいって依頼票にギルド印を押す。勝手なものだと思ったのだがそれも全ては後知恵だろう。


 渋々ギルドを出て、依頼をこなすために町の出入り口に向かった。門番に『あんたも物好きだなあ』と言われたのは印象に残った。やはりこの町でもあの金額で依頼を受ける人はあまりいないらしい。


「まあ……いろいろありまして」


 それだけいって町を出た。門番さんの可哀想なものを見る目は当分忘れられそうもなかった。なぜ依頼を受けただけで哀れまれなければならないのだ、ちょっと理不尽ではないだろうか? もう少し受けの悪い依頼を受けたものに配慮があってもいいのではないか?


 そう考えたところで益体もないことだと思い、さっさと蛇を吹き飛ばして町に帰ろうと決めた。周囲一帯を満たしているほどの数にせよ、空間ごと吹き飛ばせば一撃だ。蛇にかける慈悲などないので一刻も早く消し飛ばしてしまいたい。


 しばし歩いて行くと砂漠地帯になった。砂漠といっても一面の砂地というよりは荒れ地といった方が近いような場所ではあるが、魔物の類いが隠れ住むにはぴったりな場所だなと思った。


 探知魔法を張ってみると、もうしばらく行ったところに大量の生命反応が見えた。この数ならデザートスネークで間違いないな。


『クイック』


 もういい加減面倒になっていたので加速魔法を使って高速移動した。たどり着いたそこには目の前に蛇の河が広がっていた。うじゃうじゃと気持ちの悪い黄土色の蛇がうにゃうにゃと這いずりながらどこかへ一直線に集団で向かっていた。


『圧縮』

『解放』


 一撃であたりを吹き飛ばすと次の蛇は出てこなくなり、探知魔法でも反応がすっかり消えたのでひとまず安心というところだろう。まったく、ネリネさんも面倒な依頼を押しつけてくれる。


 そのまま加速魔法を使ってダッシュで俺は町へと帰った。


「あ、クロノさん、終わったんですね?」


「ええ、結構な数でしたよ」


「それはお疲れ様です。ありがとうございます。報酬をお支払いしておきますね」


「いいんですか? 確認とか……?」


「次に無事商隊が来れば分かることですから」


 そんなわけで俺は満額の報酬をもらい、少しだけ豪勢な夕食を食べて酒を飲んで寝た。はた迷惑な依頼をよくもまあ残していたものだと思わず愚痴りたくもなったのだった。

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