第361話「魔力水の納品」

 その日、奇妙な依頼を見て俺はなんとも言えない顔をしていたと思う。


「回復の魔力を込められた水の納品依頼、樽百個で金貨二千枚」


 その依頼は他のものと違って異彩を放っていた。回復の効果のある水、それは比較的簡単に作れるのだが、樽百個というのは常軌を逸していた。


「あら、クロノさんはその依頼に興味があるんですか?」


 ネリネさんが声をかけてきた。こんな受注されない依頼を興味深そうに見ている俺を認めたからだろう。確かに珍しい依頼なので見ていたが、受注しようとしていたわけではないのだがな。


「珍しい依頼だなと思いまして、ポーションじゃダメなんですか? 水に魔力を込めるのは簡単ですが、ポーションで用が足りないことはないと思いますよ?」


 それを聞くとネリネさんは憂鬱そうな顔をした。


「発注者がね……工事をしている会社なんですけど、従業員への福利厚生で回復水を調達したいとのことなんですよ。この量だとポーションでは非現実的な量になってしまうので、安価に大量生産できるエンチャント済みの水にしたいということです」


 なるほど、ポーションの方が効率はいいが、体力を回復するくらいならポーションではオーバースペックだ。疲れは間違いなく吹き飛ぶだろうが、従業員に自由に飲ませると仕組みが破綻するほど高額になる。


 その点魔力を水に込めるのは魔力さえあればまとめて大量に生産可能だ。ポーションほどの効果は無いがある程度の疲れを癒やすほどの効果はあるだろう。


「ちなみに報酬は本当に払われるんですか?」


 正直多少ケチっているような気がする。


「はい! もちろん報酬は保証すると前金でいただいています。ただ少しだけなのですが問題点がありまして……」


「なんですか?」


 こんな簡単な依頼が長々と貼り出されている理由はなんだろうか? 喜び勇んで受注するやつが次々に現れてもおかしくはない気がするのだが……


「この依頼が未だに残っている理由はなんでですか? 割と簡単に作れるもので、これだけ報酬が出るなら……確かにこの町ではそれほど高くはないですけど……簡単な依頼なので受ける人がいたっておかしくないと思うのですが」


「そ……それは……」


 ネリネさんが口ごもった。どうやらやはりワケありの依頼らしい。でなければ残っているのがおかしいような依頼票だからな。どうせまた碌でもない条件が付いているのだろう。ギルドがそういったものを隠す傾向にあることには信頼を置いている。


「実は水は受注者が用意するのが条件なんですよね、樽は用意するけれど水はなんとかしてくれということだそうです」


「水なんて簡単に手に入るのでは?」


 ネリネさんが贅沢人を見るような視線を俺に向けてきた。


「この町では水は貴重品なんですよ。もちろんエリクサーほどの値が付くわけではないですが、それでもしっかり有料で井戸から汲み上げているんですよ」


 ああ、そういえば食事の時に水は言わないと出てこなかったな、そんな理由があったのか。この辺は荒野で囲まれているので水の調達が大変なのだろう。


「でも、水なら魔法で生成すればいいのでは?」


 俺の言葉に信じられないという顔をするネリネさん。しかし水系の魔法は豊富に存在しているのだが、使える人がそんなに少ないのだろうか?


「魔法でって……そりゃあ寝る前に一杯飲むくらいの水は出せるかもしれませんが、いくら何でも樽単位で出せる人はいませんよ!」


 そうかなあ? 簡単に出せると思うぞ、何しろそこら中に水は蒸発したものが漂っているのだからな。そのくらい出来ないでどうするのだろう?


「まさか……クロノさん、水が出せるんですか? 百樽ですよ? 百個を水で満たせと言うことですよ? 私は受けた時に依頼人の正気を疑いましたよ?」


「じゃあ俺が水をとりあえず出してみましょうか? そう難しくはないですよ」


「そうですか、では預かっている樽に水を入れてもらえますか?」


「分かりました、樽百個もギルドで持っているんですか?」


 置き場に困るのでは無いかと思うのだが……


「こちらに来てください」


 そう言って連れてこられたのは、一つの大きな倉庫だった。そこには人間の腰くらいまである樽が山のように積んである。俺は蒸留酒を寝かせるために使うような大樽を想像していたので少し拍子抜けした。


「これに水を溜めればいいんですね?」


「そんな気軽に……出来るんですか?」


「こうして出来ますよ」


『ウォータージェネレート』


 あっという間に樽の中身が水で埋まった。水を満タンにしてから気づいたのだが、樽は何層かに積んである。下の方が潰れないかとも思ったのだが、そこは自信があってこの置き方をしているのだろう、びくともすることは無かった。


「水で埋めましたよ、中身の確認をどうぞ」


 俺がそう言うとネリネさんは無作為に樽を選んで中を覗き、全ての樽に水が入っていることを確認する。このくらいの水は調達できないと旅で不自由するからな、出来るやつも珍しくないだろう。そういえば勇者たちにこれを使って水に不自由させたことは無かったが、新規メンバーはちゃんと水を十分に出せるのだろうか? いや、パーティ一つの水を調達できないはずはないか。


「クロノさん、これに魔力を込めることも可能ですか?」


「ええ、簡単ですよ『エンチャント・ヒール』はいおしまい」


「雑すぎませんか? え!? まさかこれですっかり終わったんですか!? 魔導師さんたちに少しずつやらせようと思っていたのですが……まさかクロノさん一人でこなしてしまいましたか?」


「手違いがなければその程度は完璧ですよ」


 驚いているネリネさんだが、樽から水を少し取り出して味見をして効果を確かめている。


「クロノさん、これはポーションではないんですよね?」


 妙なことを聞く人だ。


「当然でしょう? ただの回復水ですよ。もちろんポーションみたいな使い方はやってはいけませんよ?」


「そうですか……クロノさんが収納魔法でポーションを詰めたのかと思いましたよ」


「そんなことをするはずが無いでしょうが」


 ポーションで埋めても元は取れるかも知れないが、この量のポーションを作るのはあまりにも手間がかかりすぎる。


「分かりました、報酬を支払うので食事でもしながらお待ちください」


 そうして俺は納品物のチェックが終わるまでにエールを三杯飲んだ。そこでやってきたネリネさんに報酬をたっぷりもらったのでストレージに入れてありがたく頂いたのだった。


 後日、何故か納品先の会社から感謝状が贈られてきたのは意味がよく分からなかった。誰でも出来ることで表彰されることに多少の罪悪感を覚えながらもお礼にもらったオリハルコンの鋳造で作ったドラゴンの像を慎重にストレージの隔離スペースに入れたのだった。

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