第360話「エリクサーの備蓄が足りません!」

 ギルドに入るなり懇願された。いや、言っている意味が分からないかも知れないが、とにかくネリネさんがギルドに入ってきた俺にクエストボードに行く前に泣きついてきたのだ。


「クロノさん! エリクサーを持っていませんか! 持っているならギルドで買い取りますよ! いえ、買い取らせてください!」


「なんですか!? エリクサーならこの前納品したでしょう?」


 納品したばかりだというのにもう使い切ったのか。贅沢のしすぎという言葉しか思い浮かばない。


「実は……領主様がお望みでして……この前のエリクサーを奥様のしつこい頭痛に投与したらすっかり良くなったらしくて、エリクサーをもっと納品しろと圧をかけられているんです。そのよく効いたエリクサーというのが……」


「俺が納品したものだった、というわけですか?」


「はい……」


 力なく言うネリネさんだが、これは領主の横暴ではないだろうか? しかし奥様の頭痛がよくなった……か。確かに病人に使うなら嗜好品としてのエリクサーよりは本来の使い方に近い。頭痛ごときならポーションでもなんとかなるだろうとは思うのだが、金を持っている人にはそうする権利もあるのだろう。


 面倒なことだが病人を放っておくのも心が痛むというものだ。


「要するに頭痛をなんとかすればいいんですね?」


 ネリネさんは歯切れ悪そうに答える。


「まあ、そうなのですが……奥様はエリクサー以外効かないと仰っているようでして……」


 エリクサーに慣れすぎじゃないか? そう思ったのだが黙っておいた。エリクサーは強力だが使い続けると痛みに鈍感になる、そこでエリクサーを抜くと強烈な痛みが来るという仕組みだ。エリクサーをそんなに常用する人がいないため知られていないが、勇者がエリクサーをしつこく要求してきたので、エリクサーを与えているとそうなってしまったことがあった。時間遡行で事なきを得たが、すっかり忘れているだろうし同じ事を繰り返していないといいのだが……


「頭痛薬を作ってきますよ、とびきり効くやつをね」


「クロノさん……信じていいんですか?」


「もちろん! 薬の調合は得意なのでね!」


「では、どうかギルドとしてお願いします!」


 こうして俺は頭痛薬を製作することになった。比較的簡単なものなのでそれほど面倒ではない。


 今回はポーションを魔石を触媒に頭痛薬に変質させるのが仕事だ。エリクサークラスの素材も必要無いしどうとでもなる。問題は受け取る奥様がエリクサーでないと満足しない可能性があるということだ。そこには一つの考えがある。


 宿に帰ると錬金道具一式を取り出す。フラスコに痛み止めのポーションを入れる。そこに触媒として魔石を数個入れて痛み止めを強力にするために傷薬を混ぜて炎の魔石で熱しながら煮込む。今回は蒸留は無しで、一対一で混ぜた薬を半分の量になるまで沸騰させ続ける。


 フツフツと煮込まれていく様を見ていると心が落ち着いてくる。安全な依頼というものは比較的気楽なものだ。フツフツ……フツフツ……煮込まれていったので最後にとある薬草の葉っぱを一枚混ぜた。これで解決するはずだ。しかしエリクサー中毒になるなど随分と贅沢な領主一家だな。エリクサーを必要としなかった俺には理解しがたいものだ。


 金持ちには金持ちの悩みがあるということなのだろう、理解は出来なくても存在しているものを無視することは出来ない。それはともかく薬草を大量に保存しておいたのは正解だった。あんな使い道の思いつかない薬草を効果的に使えるタイミングが来るとは思っていなかった。


 そして薬草の葉を入れてしばし煮込んで鮮やかな赤になった頭痛用ポーションを瓶に詰めてギルドに持っていった。


 町を歩くと平和なもので、誰一人エリクサーを必要としていない、だというのに領主はエリクサーを要求するのだから勝手なものだな。


 ギルドに入るとネリネさんがこちらを見るなり近づいてきた。


「クロノさん! 依頼していたものは出来ましたか?」


「ええ、バッチリ完成しましたよ」


 そうして頭痛用ポーションを一瓶と低品質のエリクサーを一本取り出す。ネリネさんは怪訝な顔をした。


「こちらがポーションで……こちらがエリクサー……ですよね? エリクサーは必要無いんじゃ……」


「多分領主様のところの奥様は頭痛が治ってもエリクサーをくれと言いますよ。だから一本だけこれを納品します。領主様には頭痛用ポーションを飲ませた後に必要なら飲ませるようにお伝えください」


「は……はぁ?」


 よく分かっていないネリネさんを放っておいて俺は報酬の交渉に入った。


「希望報酬は金貨千枚、もちろん成功報酬でいいですよ」


「これで全て解決すると仰るんですか?」


「ええ、きっと解決しますよ」


「分かりました、解決したらその報酬を支払います」


「よろしい」


 こうして報酬の交渉も終わり、無事俺は結構な金額をもらえる算段が付いた。


 ――領主邸


 ギルドの連中め! エリクサーでなければ効かないと言っただろう!


 領主は露骨にいらだちを表している。エリクサーでやっと効くと言っていた頭痛にポーションごときが効くとは思えなかったからだ。


「旦那様、また頭が」


「ああ、ミネルバ……可哀想に、このポーションを飲んでみるといい、町の連中が特効薬だと言って渡してきたものだ」


「いえ、私の頭痛はエリクサーでないと……」


「もちろんエリクサーもある。だが特効薬だというものだし試してみてくれ」


「分かりましたわ、そのポーションをくださいな」


 奥方は真っ赤なポーションを受け取り栓を開け口をつけた。途端に青白かった顔に血の気が戻る。


「まあ! 本当に効きましたわ! 頭痛が嘘のようです!」


「おお……それは良かった!」


「ところでエリクサーも来ているようですわね? もったいないのでいただいても構いませんか?」


「いや、治ったのならそれは……」


 ミネルバはいうことを全く聞かずエリクサーの蓋を開けてゴクリと飲み干した。


「ブブッーーーーーーーーーーーなんですかこれは!? エリクサーではないのですか?」


「いや、間違いなくエリクサーだ、鑑定にもかけている」


「どうやら頭痛が治ったらエリクサーは必要無いようですわね、ありがとうございます」


 そう言って領主の家でエリクサーが必要になる事は無くなった。


 ――後日


「領主様の奥様は頭痛が治ったそうです。それは良いのですが……」


「何か?」


 俺たちはギルドで依頼の顛末を聞いている。領主たちは無事元の生活を取り戻したらしい。


「奥様がエリクサーを飲めなくなったらしいのですが、クロノさんは一体何をやったんですか?」


 ネリネさんの疑問ももっともだろう。


「ポーションに添加物としてエリクサーと反応して刺激を出す成分を混ぜておいたんです。しばらく体に残るのでエリクサーは当面必要無くなると思いますよ」


「はー……クロノさんは変わったことをしますね。報酬はこちらになります」


 俺はしっかりと報酬をもらって、エリクサー依存だった奥様が治ったことに安堵を覚えたのだった。

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