第359話「過密した墓場のゴーストたち」

 その日は宿で食事をしようとしていた、過去形なのは気分の悪さにそれが出来なかったからだ。理由はシンプル『死の匂い』がプンプンと漂ってきたからだ。普通の人には感じ取れないであろう濃度なのだが、あまりに多くの死と生還を繰り返し見てきた俺には普通に感じ取れるくらいには臭かった。


 匂いの元は墓場あたりだろう。これだけ不吉な香りがすればギルドに依頼が出ていそうな気がする。行ってみるか……


 そう思いながらギルドへの道を歩くのだが、食事をしている人が案外たくさんいる。こういう不吉な匂いに敏感なのは俺だけなのだろうか?


 そう考えてからギルドに入る。クエストボードには様々な依頼が貼られているが、その中にアンデッドやゴーストの討伐依頼は出ていなかった。もう誰かが受けているのだろうか?


 ネリネさんに依頼が出ていないか確かめる。


「ネリネさん、アンデッド討伐の依頼は出ていないんですか?」


「アンデッドですか……そういったものは出ていませんが……何か心当たりでも?」


 俺は逡巡してから答えた。


「いえ、依頼が出ていないなら構いません」


 依頼になっていれば受けようと思ったのだが、なっていないからと言ってこのアンデッド臭さを放置する気にはなれない。何故ならそれがある限り美味しい食事がとれないからだ。


「クロノさん? 依頼は受けないのですか?」


「ええ、ちょっと気が変わりました」


「そうですか、何か情報があるならしっかりギルドに報告してくださいね?」


「はいはい、きっちりそのうち説明させていただきますよ」


 金が出るならな、と言う言葉は飲み込んだ。報酬も出ないのに面倒な報告なんて出来るかっての。


 ギルドを出ていき、おそらく墓場ならそこにあるだろうという当たりをつけて、教会へと向かった。


 案の定でかい建物の教会に向かっていくと死人たちの発する独特の匂いがきつくなってくる。この匂いは臭いとかそういうものではなく、精神に悪影響をもたらすものなので気にならない人は気にしない。だからこそ厄介なのだ。ギルドへ依頼が出てきた頃には大量のアンデッドが沸いているなどと言うこともある。


「デカいな……」


 教会を至近で見た感想はその一言だった。金回りが良いだけのことはあり十分な資金があるのだろう、寄付でここまで稼げるとは、羨ましいことだな。


 しかもその教会がアンデッドを放置しているから腹が立ってくる。やるべき事くらいはやってから教会を運営してほしいものだ。


 教会に入るとシスターと司祭が談笑をしていた、こちらをチラリと見てから何事もなかったかのように二人で話を続けだした。俺がそれほど金を持っていないと思ったのだろうか? 少しムカつく態度だったが俺はその会話に割り込んで本題を持ち出した。


「失礼、お二人ともこの教会の墓地でアンデッドが出現しているのはご存じですよね?」


 俺のその一言で二人の表情が固まった。図星を突かれたというか、とにかくするべき義務を放棄していたところを指摘された顔をしていた。


「いや、何の事でしょうな? 我が教会にはアンデッドなど入り込めるわけがないでしょう?」


「確かに入り込むことは難しいでしょうね。しかしとすれば?」


「バカな! そんなことがあるはずないだろう!」


「司祭様! この方は全部知っていますって。手遅れですよ」


 シスターが素直に話そうとしたのでその続きを促した。


「実は……この教会の給与が安いということで離職者が多くて……経費を削っていたのですが、鎮魂の儀まで回数を減らしたものですから……」


「アンデッドが発生したと?」


「そうです」


「貴様! 何を事実無根なことを言っているんだ! 我が教会にそんな不祥事が存在するわけがないだろう!」


 シスターに対して司祭が怒鳴りつけるが、俺は司祭をなだめた。


「まあまあ、別に俺は誰かの責任を問おうと思ってきたわけではないんですよ」


「なんだと……どうせ町の上層部に情報を提供して情報料を貰うのが目当てだろう?」


 俺はその拝金主義にあきれながらも話を進めた。


「いいえ、アンデッドがこうして発生していると気分が悪いのでね。快適に過ごすために潰しに来たんですよ」


「そんなうまい話が……」


「もちろん条件はありますよ」


「ほれ見ろ! どうせ金が欲しいのだろう?」


 まったく金なら十分に持っていそうなやつが金々と言い出すのは品がないな。俺みたいな流れ者ならともかく、教会で寄付を受けているくせに金をケチるのは見苦しいぞ。


「これが成功したらきちんとした人数を雇ってください。どうせお金のために予算を絞ったから皆さんやめたんでしょう?」


「ぐっ……」


「司祭様、私もそれに賛成です。今の状態では迷える亡者が増える一方です」


「分かった、アンデッドを倒して貰おう」


「納得していただけたようで何よりです。では墓地に案内して貰えますか?」


「そこの扉からいける」


 そう言って扉を指さしたので俺がそこを開けようとしたところで止められた。


「気をつけてください! アンデッドが押しかけてきますから」


 ふむ……ナイフくらいは持っておこうか。


 腰に携えていたナイフを抜いてドアを開ける。途端にゾンビが一匹襲いかかってきた。


 サクリ


 エンチャント済みナイフを刺すとゾンビはそのまま灰になった。この程度の相手は大したことがない。


「一撃……だと……」


「すごい……」


 そしてドアから墓地に繰り出しアンデッドを片っ端から切り裂いて灰にしていった。中にはゴーストもいたが、聖属性のエンチャントがかかっているナイフで切ればしっかりと切り裂くことが出来る。まったく、人口が多いとアンデッドになる数まで多いな。


 サクサクと切り裂いて、綺麗な墓地になったところで司祭とシスターを呼んだ。


「もう大丈夫だぞ」


 恐る恐るといった風にドアが開いて二人とも出てきた。


「バカな……我々でも隠すのが精一杯だったアンデッドが消えただと……」


 隠していたのかよ! 通りで今まで気づかなかったわけだ。


「さて、それでは約束通り聖職者を雇ってくれるんですよね? 次にアンデッドがあふれた時に多分俺はいませんよ?」


 さすがに自分に害がおよぶ可能性も危惧したのか、司祭はギルドにプリーストの募集を駆けてくれることを約束した。これだけの目にあえば嘘をつくようなこともないだろう。どうせ『次は助けない』と宣言したしな。


 ――ギルドにて


「あのケチで有名な教会がプリーストの募集か……」


「はい、何があったのか突然この求人を貼り出してくれとやってきました」


「それで、ネリネ……お前は何が言いたいんだ? ただ単に教会が正常化したと言うだけの話じゃないか?」


「いえ、それはそうなのですが……これを持ってきた時に、なんだか何かをひどく恐れていたようでしたので……」


「何か裏があるといいたいのか?」


「はい、確証はありませんが……」


 ギルマスはネリネさんの報告をくしゃっと丸めて捨てた。


「言いたいことは分かった。ただしギルドには登録している相手を詮索する権力はない。悪いがいくら怪しかろうが調査は出来ないな」


「そうですか、しかしギルマス、誰かが動いたことは確かだと思いますよ」


「わかった、手がかりは探しておく」


 そうしてギルマスの元を去ったネリネさんはため息をついて独りごちた。


「これ、なんでクロノさんが休んだ直後に来たんでしょうねえ……」


 その核心を突いた一言は誰にも聞かれることはないのだった。

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