第358話「大量発生したゴブリンを消し飛ばす」

 その日、町ではゴブリンが大量発生したとの噂で持ちきりだった。だから俺は優雅に朝食のパンとコーヒーを飲んだ後、真っ先にその噂を聞き酒場に避難していた。金は十分にあるしギルドの連中でもどうにか出来るだろう。


 正直なところゴブリンの駆除など簡単ではあるのだが、噂によると平原いっぱいにゴブリンが行進していると言うことで、潰すためには大技が必要だと思われた。


 目立つのもいやなので優秀なギルドのメンバーに任せて俺は朝からエールを飲むことにした。ネリネさんもヒマではないだろうし、俺以外の相手もしなければならないほどギルドには人がいる。ならば酒場でエールを飲んでいるあいだに解決する問題だ。


「マスター、エールをもう一杯」


「ほらよ」


 出されたエールをゴクゴク飲む。緊迫感の中で飲む酒は美味しい。本当に自分に危険が迫っている緊迫感ならそうもいかないが、今回はこの町の優秀なギルドがどうにでもしてくれるだろう。


 のどごしの良い冷えたエールを出せるのはこの町の豊かさゆえだろう。


「く~ろ~の~さん?」


 隣でよく知った声がした。


「ネリネさんですか。何かご用でしたか?」


 するとネリネさんはキレたかのように俺にまくしたてた。


「ゴブリンが大量発生しているのを知らないとはいわせませんよ! こんな町のピンチの中で何をこんな場末の酒場でエールを飲んでいるんですか! せめてギルドで飲んでいてくださいよ! 探すのがどれだけ面倒だったと思うんですか?」


 とても怒っていらっしゃる。これだけ怒っている人に適切な対応は素直な謝罪以外無い。


「ごめんなさい、ちょっと怖かったんです……」


 俺はおずおずとそう言ったのだがネリネさんはキレた。


「なーーーーにを寝言を言っているんですか! ファイヤーバードの討伐が出来るような人がゴブリンの駆除ごときで怖がるはずがないでしょう! もう少し真面目にギルドのことを考えてください!」


 どうやら俺の実力をある程度ご存じらしい。一応見せたことはないはずだが奥の手の威力も見通していそうな目をしている。これ以上断るとギルドとの関係がこじれるな。しょうがない、その依頼を受けるとするか。


「分かりました、ここでするような話でもないのでギルドに行きましょう」


「そうですね、マスターこの人が飲んだ分のお代はギルドにツケておいてください」


 思わぬネリネさんの申し出に俺は驚いた。


「いいんですか?」


「クロノさんを参加させるためならある程度の出費は認められました」」


 マジかよ……言い方から察するにギルドの上の方の意見なのだろう。そう言った人に重用されるのは苦手なのだがな。


 そしてゴブリンの噂で持ちきりの街道を通ってギルドについた。ギルドにはそれなりの人数が集まっており筋骨隆々とした男や、魔力が溢れ出ている女など様々な人がいる。本当に俺が必要なのか怪しく思えてしまう。


「さあてお立ち会いの皆様にはゴブリンを討伐して頂きます。町の近くの丘に巣を作ったゴブリンが大量発生しています。結構な数なので皆さんの命をギルドに預けて戦ってください! 貢献の大きい方にはこの町への永住権も出しますよ!」


「うおおおおおおおおお!!!!」


 皆が歓声を上げた。そこまで永住権が欲しいか? しかも死の危険さえあると宣言しているというのに……しかし周りを見てもやる気にあふれた人ばかりで、俺のように連れてこられたという人はいないようだった。こんなものに本気で参加するなんて物好きも多いな。


「それでは! ゴブリンはこの町に向けて行進中ですので討伐をお願いします!」


 そうして全員が武器をすぐに使えるように準備していた。俺はネリネさんにゴブリンの出現位置を詳しく聞いてそこへ向かった。


 駆け足で町を出る、門番は門を開けっぱなしにしており『こんな時期か……』などと言っていた。どうやらよくあることのようだ。


 町を出るなり『クイック』を使用してダッシュをする。目立たないためには出来るだけ町から離れたところで始末しなければならない。


 目的の丘までたどり着くと、大量のゴブリンが発生していた。並の量ではなく、丘を埋め尽くし地表を覆うほどの数がわらわらと統制されているかのように町の方向に緩やかに進んでいた。俺は考えるのも面倒くさいし、この数だと参加者に死人が出るかも知れないので、皆の安全のためと言うことで大技を使用した。


『空間圧縮』

『解放』


 辺り一帯が圧縮されゴブリンは形をぐちゃぐちゃにしながらまとめて圧縮される。そこからの解放でほとんど全てのゴブリンが肉塊になった。


 後は放っておいても、あの優秀な冒険者たちが後始末をしてくれるだろう。安全な数まで減らして、俺は呑気に町からやってくる連中と鉢合わせないように道を変えて帰還した。


 報酬は渡して問題無いのでこのゴブリンの死体の山を始末してくれるなら俺としては構わない。もらった報酬をここの後始末に使ったと思えば妥当なものだ。


 門番はなんと寝ていた。そこまで命に関わるとは思っていないのだろう。平和なのはいいことだなと嫌味の一つでも言いたくなったが、今の俺には渡りに船なのでありがたくこっそりと通り抜けた。そして再び先ほどとは別の酒場でエールを数杯飲んでからギルドに向かった。


 ギルドでは傷一つ負っていない冒険者たちが自分たちの武勇伝を語っていた。


 そこでネリネさんが俺に耳打ちをしてきた。


「丘に着いた頃にはゴブリンがほとんどいなかったと聞き及んだのですが何かしましたか?」


「いいえ、何もしていませんよ。サボっていただけです。永住権は必要無いのでご心配なく」


「ちなみに死体の山の中にはホブゴブリンやゴブリンキングまで混じっていたそうですが、本当に関係ないんですね? 今いる人たちではゴブリンキングをゴミのような肉塊にするのは不可能だと思いますよ?」


「見た目で実力を判断してはいけません。誰しも依頼を受けるにあたって奥の手というものを隠し持っているものです。たまたまそういった方がいたのでしょう」


「クロノさんにも奥の手があるんですか?」


「さあて、それは秘密ですね。秘密だから奥の手なんですよ」


「分かりました、クロノさんにも報酬は出るので待っていてください」


 それだけ言うと、ネリネさんは『欲が無いですねえ』と言って受付に帰っていった。ゴブリン討伐の報酬は怪我人がいないと言うことで頭割りで出された。サボっていたといいわけをした俺にも出たので何かしたことはバレているのだろうが、何をしたかさえバレなければ何の問題も無いのだった。


 ――ギルド管理者室


「ネリネ、その男が何か秘密を抱えているとのことだな?」


「はい、それもおそらくかなりの秘密だと思われます」


「ふむ……」


 そう言って男はペラペラと紙をめくる。


「おそらくいくら詮索しても話さないだろうな。この町に引き留めるのをネリネに任せる、頼んだぞ」


「かしこまりました」


 そう言ってネリネさんが出て行った部屋でギルマスは渋い顔をした。


「秘密主義者……か」


 その顔は苦虫をかみつぶしたようだった。

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