第284話「ゴーストの処理を頼まれた」
その日、朝食を適当に選んだ食堂で食べているとき、なんだかきな臭い噂が聞こえてきた。
「知ってる? あの孤児院の墓地の話!」
「知ってる知ってる! 出るって噂だよね?」
少女達は何か物騒な話をしているのは分かる。おそらく話は幽霊の類いの話だろう。ゴーストは珍しくないが怖がるようなものだろうか? 町の中に出てくるものなどそれほど危険がないものと相場が決まっている。
「本当に出るのか確かめようとした人が何人か錯乱していたのを朝見つけたんだってね」
「そうだよ! 怖いよねー……」
俺はそれについてこれといって珍しい話ではないと思った。雑な埋葬をした生き物がアンデッドやゴーストになって出てくるのは珍しいことではない。ないのだが……
「孤児院の墓地……か」
俺だって大体この町で孤児などと言うものがどう扱われるかは想像がつく。孤児院……つまりは身寄りが無いわけだ。そりゃ金が無ければ葬儀など雑にされるのも当然だろうし、いくら教会が慈善事業同然とはいえやりたがらなかったのだろう。だから……ほんの少し、少しだけ埋葬された連中を気の毒に思った。
そしていつにもなく感傷的な気分になった。だからだろうか? そんなことをする義務も義理も無いはずなのに町外れの孤児院に足が向いていた。孤児院の位置を知っているのはそこがこの町の豊かさにもかかわらずみすぼらしいからだ。教会なんて大抵貧乏をよしとする連中の集まりだが、そこまで貧乏暮らしをする理由も無いだろうにと思えてくる。
そしてすぐにたどり着いた孤児院ではシスターが孤児達をあやしており、司祭が神に祈りを捧げていた。俺は神に頭を下げている暇があったら住民に頭を下げて寄付を募れと言いたいと思う。神にいくら祈りを捧げようが神は金をくれたりはしないのだ。
教会的な役割も兼ねているようではあるが、この町でどれだけ寄付をする物好きがいるかかはお察しだろう。
「ちーす! お助けは要りませんかね?」
俺はそう言いながら孤児院の門をくぐった。シスターが胡乱なものを見るような視線をした。まあしょうがないことだろう、実際この町でこんな慈善事業をしようとするのは物好きだけだ。そしてそんな物好きがどれだけいるかは言うまでも無いだろう。
「失礼ですがどちら様でしょう? お祈りに来た方ですか?」
「いいえ、ゴースト達を昇天させるために来たただの物好きですよ」
俺の言葉にシスターは余計に怪しいものを見る目を向けてくる。
「ここの墓地を荒らしに来た方ですか。帰って頂けますか。今は無理ですが司祭様が今、祈りを捧げているのでじきにあの子達も天国に向かうはずです」
断言するシスターだが、きっとそれは事態を悪化させるだけだろう。ゴーストの対処は初期が肝心だ。大半は大した育ち方をせず消えていくが、時折上位ゴーストになるような個体が出てくる。そうなれば処理に多大な労力がかかるし、そこで死人が出ればそれを取り込んでより強力になる。このシスターはゴーストと戦ったことなど無いのだろう。それは教会のプリーストが戦闘に参加しないので当然なのだが、命のやりとりをしないと甘い考えになってしまうのだろう。
「俺がきちんと送ってあげると言っているんですよ? 司祭様の祈りが効かないのは見物人が出るほど面倒なことになったので薄々分かっているんでしょう?」
「っ……」
言葉に詰まったようなので俺はそこに更に言った。
「いいんですか? せっかく無料で助けてあげようとしている人が来ているというのに追い払うんですか? 本当に無料ですよ」
「あなたのような方は大勢来ました。そういった方々が墓地を荒らした結果が現在ですよ、あなたは信じるに足りませんね」
冷たい声音だった。俺は墓地に入る許可が欲しいだけなのだが面倒な人だ。
「あなた方は祈りを捧げただけでしょう? ひもじく死んでいった子供達に食料を供えましたか? 助かる病気で死んでいった子達に薬を与えられましたか? あなたたちだって無力なんですよ。でもまあ安心してください、俺が墓地の浄化をしますから」
「そしてお金を取るわけですか」
信用が無いなあ……俺だってたまには人助けだってするんだぞ。
「金は要りませんよ。俺の手持ちでなんとかします。ですから墓地への扉を開けてくれませんか?」
「よく見ればあなたは旅人ですね……この町がいくらお金を持っていると言っても……」
「ミーシャ、通してあげなさい」
孤児院の中から出てきた司祭様がミーシャとシスターを呼んできた。
「ですが……」
「私は教えたはずですよ? 『無条件に人を信じなさい』とね」
「わかりました……」
嫌そうな顔をしながらシスター……もといミーシャさんは鍵を一本渡してきた。
「これで裏の墓地に入れます。分かりましたよ、無理矢理入られるよりはよっぽどマシです」
どうやらゴーストを見に来た連中はマナーがなっていなかったらしい。度胸試しに墓地に入れてくれというのも憚られるというのは理解出来るが、無理矢理墓地に入ろうとするのは理解しがたいものだ。死者への冒涜という言葉を教えてやりたいくらいだな。
「では本日夜に参りますね。ゴースト達は任せてください!」
「分かりました。墓荒らしはしないでくださいよ、金目のものなんて埋葬していませんからね」
「もちろんですよ」
そう言ってこの場を去ろうとしたときにミーシャさんが俺に言葉をかけてきた。
「なんで……こんなところのゴーストを助けてくださるつもりなんですか? お金にもならなければ、ましてやあなたたちにはあそこに埋葬されている子供達と触れあったことすら無いでしょう?」
「それは気まぐれってやつですよ。俺なんて旅人なので突然埋葬すらされずに行き倒れてもおかしくないんです。敢えていうなら明日は我が身って事で親近感が湧いたからってところですかね」
「……」
ミーシャさんは黙り込んでしまった。何を考えているのだろうか?
「お願いします……どうか」
「ええ、任せてください」
俺はそう言って孤児院を出た。そのままお供えするための花束やお菓子などを購入して俺は夜を待った。
――
そろそろだな……ゴーストが活発化する時間帯まであと少し。そんなわけで俺は孤児院へと向かった。
孤児院の裏手に回って錠前の付いた門の前に立つ。錠前が妙に新しいのは多分好奇心で入ってくる連中が壊していくからだろう。
ガチャリと重い音を立てて場前を開けて中に入るとあたりには瘴気が満ちていた。これはゴーストがでてもしょうがないな。
『お兄ちゃん……だれ?』
『人間さんだよ!』
『手に持っているのは……お菓子?』
「そう、君たちには天国に行ってもらいたくてね」
俺は墓の前に一袋ずつお菓子の袋を置いていった。
『おいしい』
『たべたのはじめて』
『なんだろ……からだがぽかぽかするよ』
そうして数体のゴーストは昇天してここを去って行った。俺は各墓に一つずつ花束を置いていった。そうして『オールド』を使用してそれでも残ったゴースト達を時間経過で周囲のエーテルに溶かしていった。
そうして綺麗になった墓の中で俺は立っていた。どうか子供達が天国へ行けるように祈りながら墓地を出て、孤児院の郵便受けに墓地の鍵を放り込んで宿に帰った。
――
「ほらね、私は言っただろう? 祈れば報われるものなのだよ、それが人によるものであれ神によるものであれ、ね」
司祭が綺麗になった墓を前にシスターに対して軽く説教のような形で諭していた。二人とも、この墓地を綺麗にしてくれた旅人の名前さえも聞かなかったことを後悔したのはそれからだった。
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