第283話「オークキング討伐」

 この日は珍しく朝食のメニューにオーク肉を掲げている店がほとんど無かった。オーク肉も食べ慣れたので飽きてはいるが、こうも一斉に皆が食べていないときになってしまう。


 まあそういうことに深入りするとロクなことにならないと相場が決まっているので、ごく普通の酒も出す食堂に入った。


「クソ! オーク肉を食わねえと力が出ねえよ」


「まったくだ、牛肉なんかじゃあの歯ごたえの代わりにはならんな」


 なにやらオーク肉で仕入れが出来ない状態になっているようだ。俺は構わず牛肉の入った野菜炒め定食とエールを一杯注文してしばし待つ。割と早くに野菜炒めは運ばれてきたのだが……


「肉が少ない……」


 手伝いをしている子供の給仕も少し気まずそうにしながら俺に説明をした。


「ごめんなさい、おーくのおにくがないのでにくのりょうがたりないんです」


 なるほど、オーク肉を食べないからといって今の事態が関係ないとは言い切れないらしい。牛肉が割を食うのは俺にとっても不都合な話だ。しかし漏れ聞こえてくる声を聞くかぎり具体的なことは言っていないが面倒なことになっている様子だな。


 俺は面倒事に首を突っ込むリスクと、食生活が貧しくなるむなしさを天秤にかけて平穏を取ることにした。わざわざ厄介ごとに関わるのは面倒くさい、苦労してまで僅かばかりの生活レベルの向上をしようとは思わない。リスクが高すぎるというか単純に割に合わないのだ。


「すみませんね、肉をもう少し用意したかったんですが……」


「いえ、いくらですか?」


「銀貨五枚です。お肉が少ない分お安めにしておきます」


 俺は財布から金貨一枚を差し出してから、お釣りの銀貨五枚をもらって店を出た。確かに肉が少ないのはマイナスポイントだがその分安いなら納得は出来る。悪いことばかりではないと言うことだ。ということはますます俺が解決をさせる必要も無いというわけだ。


 町の食堂を出てぶらつこうかと思ったのだが、やはりギルドに顔を出しておかないと、数日顔を出していないので忘れられそうだ。


 そうして嫌々ながらも干されてはかなわないのでギルドに向かった。


 ギルドに入るなりアタンドルさんが俺に手招きをした。あ、これ絶対に面倒なやつだ……察した俺が踵を返して出て行こうとしたところで『クロノさん!』と声がかけられた。聞こえなかったという言い訳は苦しい声量だ。


 俺も無視するわけにはいかず、話くらいは聞くことにした。


「なんですか? また依頼ですか? この町の戦力からすれば多少の魔物なら倒せるでしょう?」


「町だって限度があるんですよ! クロノさんは強いんでしょう? ちょっと私たちの手伝いをしてくださいよ! 報酬はしっかり払いますから! このとーり!」


 はぁ……しょうがないな、話も聞かずに依頼を蹴るようなこともしたくはないしな。話に乗った以上関わるしかないのだろう。


「話だけなら聞きますよ。もちろん報酬はいいんでしょう?」


 先に金の話を出しておく。高額を支払いたくないのならこの時点で向こうから断ってくれるはずだ。できれば面倒なことは向こうから断ってもらえると助かる。俺の口ぶりからも報酬をふっかけている雰囲気を感じ取って欲しいと強く思う。


「実は……オークキングの出現を確認しまして、キングの出現でオークが強くなっているんですよ。そのせいでロクにオークを狩れずオーク肉は高騰して……色々と困っているんですよ」


「で、オークキングを倒せと?」


 俺が攻撃的な口調でそう言うと、アタンドルさんは申し訳なさそうにしながら頷く。しかし唇の端が微妙につり上がっているのを隠しきれていない。断ることは簡単なんだが……


「しょうがないですね……報酬はいくらですか?」


 この町に重大な影響が出ているので俺の稼ぎにも影響が出そうな話だ。それに解決すればそれなりの報酬は保証されたようなものだろう。


「オークキングの死体と金貨八千枚を引き換えるとギルマスが決定しています。もしクロノさんが討伐可能なら是非お願いしたいのですが……」


「俺が死ぬ可能性は考慮していない?」


「クロノさんは私が見たところ非常に強いと思うのですが?」


 くっ……なんでこんなところだけ勘がいいんだ……


 俺は渋々ながらも頷いた。この町でオークキングの討伐なんて依頼を受けるつもりはなかったというのに災難なことだ。


「まあ、勝てるでしょうね。やりたいかどうかは別問題としてですが……」


「ね? お願いしますよ! クロノさんが安全に倒してくれたら町に平和が戻るんですよ?」


 懇願するアタンドルさんに俺は折れてその面倒な依頼を引き受けることにした。厳密に言えば依頼自体は面倒でもなんでもない、時空魔法を使ってオークキングを殺して死体を提出するだけだ。問題になるのは提出したあとだ。


 オークキングが中心になっている群れの場所を確認してからギルドを出て、深い深いため息を吐いた。多分キングだけを潰せばごく普通の平和な日常が帰ってくる。俺への賞賛と無茶振りを兼ねてだ。


 賞賛だけならともかく力をあてにされるのは気に食わない。実力を認められているのとはまた別の話だ。


 町を出ようとすると門番さんに止められた。


「おい、今は町の外は物騒だから安易に出ない方がいいぞ」


 それは俺を気遣ってのことなのだろう、無用な心配だが無茶振りをしてくるギルドのメンツに対する癒やしを感じた。


「大丈夫ですよ。皆さん安全に活動出来るように戻すだけです。俺はこう見えて強いんですよ?」


「やれやれ……自信のある奴は皆そう言うんだ。そして大抵戻ってこない。それでも出て行くのか?」


「ええ、さっさと厄介ごとの種を片付けてきますよ」


「頼もしいことだ。町が責任を負わないのは覚えておけよ?」


「了解」


 ギイっと町の門が開けられる。広い草原には気をつかいながら狼やトカゲを狩る連中がまばらに見えるだけで、アタンドルさんが言っていたオークキングがいる方を見ると誰も近づこうともしていなかった。


『クイック』


 加速魔法で一気に近づく。幸いというべきだろうか、オークキングのおかげでビビった連中がこの付近には誰も近づこうとしていない。これなら力を使いたい放題だな。


『ストップ』


 オークの群れは全てピタリと動きを止める。時間停止の範囲がやや広いような気もするが、視認出来る範囲に人がいないので問題無いだろう。


 特製ナイフでオークの喉を切ってゆく。チョロい相手だった。サクサクと切って、致命傷を与えた個体から順に時間停止を解除していく。ズサズサと一匹ずつオークは絶命していった。


 そしてオークキングが見えたのだが、時間停止に抗うことも出来ないようで動きを完全に止めていた。


 普通のオークの倍は大きいが、急所は同じだろう。空間圧縮で爆破させると死体が残らないのでナイフで命を刈り取らなければならない。


 とりあえずそのままでは急所に手が届かないので足にナイフを難度も突き立てた。それから時間停止を解除して突然足がボロボロになったオークキングは無様に倒れた。


『ストップ』


 再び動きを止め、地面に倒れたオークキングの首にナイフを突き立てた。エンチャントの効果だろうか、多少の抵抗はあったものの力を入れればずるっと刺さった。


 引き抜いて時間停止を解除するとオークキングは血を噴き出して死に、残っていたオークは散り散りに逃げていった。キングがいなくても実力の差を感じられる程度の知能はあるらしい。


 死体をストレージにしまってゆうゆうと町に帰る……前に汚れを落としておくか。


『リバース』


 時間遡行で新品に戻った服を確認してから町の門をくぐった。門番さんは『時には逃げることも大事だろう?』と言っていたので逃げていたと思われてしまったようだ。その方が都合がいいので『配慮ありがとうございます』と答えてギルドに向かった。


「クロノ……さん……? 戦わなかったんですか?」


 ギルドに入っての第一声はそれだった。アタンドルさんが失礼なことを言うので『きちんと倒してきましたよ』と答えると『無傷で……? そんなこと……』と驚いていた。


「ではオークキングの死体を確認してください」


「は……はい!」


 ギルドの査定場に入るとオークキングの死体をまるごと取り出す。それが軽々と入ってしまう査定場の広さからギルドは金を持ってるなと思える。


「こ……これは間違いなくオークキングですね……」


 絶句しているアタンドルさんに俺は報酬をせびった。


「綺麗に討伐しろとは言われていないですからね、これでも報酬は満額出ますよね?」


「はい! もちろんです!」


 そうして細かい査定は行われることなど無く、オークキングが確かに死んだことだけを確認して金貨八千枚が俺に支払われた。


「いやー、おかげさまで私もなかなか存在感が増しているんですよ? クロノさんのおかげです!」


 そう自慢気に言うアタンドルさんは俺にもう少し配慮をしてほしいものだと思った。

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