第282話「魔道書に高値がついた」

 朝食を食べに町をぶらついていたのだが、どの店が美味くて、どの店が不味いのか見当もつかないので、その日は町を適当に歩いていた。


 食堂はそこかしこにあるのだが、数が多いので客が並んでいるようなこともない。客の数で美味しさを計ることも出来そうにないな……そんなことを考えながら店を眺めていると一つの店が目に入った。


『売れる! 買える! 魔道書の館』


 そんな看板が出ていた。そういえば魔導書を買っていたが放置していたな。買うだけでなく売れるのか……


 それを見てから適当に食堂に入ってジャイアントバッファローの焼き肉定食を食べた。味の方は……うん、やはり牛肉の方が上だな。


 それでも食べ飽きたオーク肉よりは美味しかったのでそれなりに満足して店を出た。


「さて……魔道書でも漁ってみるか……」


 気になっていた魔導書店へと足を向けた。魔導書を普通に売っているところからもこの町が豊かであることが分かる。というかこの町に売っていない物は無いのではないだろうか? そう思えるほどにここには何でも売っている。


 というわけで魔導書店へ向かい足を踏み入れたのだがその時点で驚いてしまった。天窓から光が差し込んでおり店内が明るいのだ。古書店など薄暗い物が当然だと思っていた俺にはその配慮は驚くにたるものだった。


「いらっしゃいませ! 何かお探しでしょうか?」


「い……いえ、ちょっと見せてもらおうかと……」


「かしこまりました! 気になる点が有りましたら申しつけてください」


 驚きの丁寧な接客だった。魔導書を売っているところなど陰気な店主が地の底から響くような声で無愛想な対応をしているだろうと思っていた俺からすれば驚きだった。


 しかし……魔道書達は書架に並べられていたが人件費が反映されているのだろうか、それなりの値段をつけていた。


「水の初級魔道書が金貨五百枚ねえ……随分と強気なことで……」


 俺は高額な魔道書のコーナーからは足早に離れた。この店にはカゴにまとめて放り込まれて蓋もされていない一山いくらのコーナーがあった。客寄せのためかもしれないが見ておく価値はあるだろう。


『格安魔道書あります!』


 そう手書きの紙が飾りでカゴにつけられている。よほど安いのだろうと思って中を覗いてみると、魔道書に直接値札が貼られており、全て金貨十枚という確かに安い方の値段で売られていた。


 さて……何か掘り出し物はないかな?


『昏き神々の書』『サルでも分かる炎魔法』『悪魔召喚技法初歩』『話題沸騰! 嫌なアイツに呪術を使おう!』


 なんだこの品揃えは……端的に言って混沌としていた。目的が統一されているわけでもなければ、初等魔法に統一されているわけでもない。ただ単に売れない本をまとめてぶち込んだといった様相を呈している。


 俺はその中でも興味を引いた『昏き神々の書』を手に取って会計へ向かった。会計係は可愛い少女が行っていた。店の娘さんだろうか? 雇っているとしたら、随分と客へのサービスが行き届いているといっていいだろう。


「いらっしゃいませ! お買い上げありがとうございます! こちら金貨十枚になります!」


「これで」


 俺は収納魔法から金貨を十枚出して支払う。この少女は収納魔法に驚くようなことはない。店員としての教育がしっかりしているのだろう。驚くのは失礼だと教育されているのだろうか?


「お客様?」


 店員が俺に話しかけてきた。


「実は当店なのですが商品の魔道書の買い取りをしておりまして……お客様がお売りしてくださるなら当店もそれなりの価格で買い取りしますがいかがでしょうか?」


「魔道書ね……持ってたかなあ?」


 ストレージの内部一覧を見る。勇者パーティにいた頃からの余り物がずらりと表示される。勇者には魔道書で簡単な魔法を使えるようになっておけと言っていたのだが、俺の意見は見事に無視されて、全ての魔道書を俺に押しつけて『お前が使えるようになればいいんだよ!』と言われてしまった。おかげさまでこうして魔道書を売り払えるのだからそれも悪くはなかったということだろう。


「これとかどうですか?」


 俺はストレージから一冊を引き出しカウンターに置く。


「『初等回復魔法概論』ですか、『よく分かる回復魔法』などは売りに来られる方が多いのですがこれは珍しいですね。お客様は魔導師だったりしますか?」


「似たようなものですがね……」


 時間遡行にばかり頼ったゴリ押し戦法からある程度の回復は出来るようにと買った魔導書だ。勇者は最初の五ページで読む気を無くして俺に押しつけてきた。記憶が無くなるので自分が怪我をしたということすら覚えておらず、無傷で勝利できるのなら回復魔法など必要無いと豪語していた。あいつら元気でやっているだろうか?


「状態は……綺麗ですね。書き込みも無いです……ほほぅ……これはなかなか」


 店員はページをめくりながら魔導書の評価をしている。どの程度の値がつくのかは分からないが、買ったときは大した値段ではなかった記憶がうっすらとある。読めば魔法が使えるようになるわけでもなく、魔法の基礎理論を説いた本というのはあまり需要のあるものではないらしく、安値で買い叩いてしまった。かなり安く買ったのだがそれでもそれを売った行商人はニコニコ顔で対応していたことから、この魔道書が不人気であることは察していた。


 しかし何事も基本が大切であり『よく分かる回復魔法』ではあっという間に回復魔法を使えるようになるが、基礎が出来ないためそれ以上の発展がない。普通に擦り傷やちょっとした切り傷に使うならそれでも十分だが魔物を相手にするならそんなものではお話にならないので買わなかった。


「お客様、こちら金貨五百枚での買い取りを提案いたしますがいかがでしょうか?」


「え? それそんなに高いの!?」


「はい、基礎を網羅している魔道書は少ないですから。人気の魔道書は確かによく売れるんですけど皆さん一通り習得したらすぐ売却に来られるんですね。その点、長く役に立つこういった基礎を教える魔道書は貴重です」


 誰もが価値のないものとして安値で売ったとは思えない高値がついて少し驚いてしまった。ありがたい話なので売ってしまうか。しかし……


「失礼ですがそんなに高額で買い取って売れるのですか?」


「売れますよ! この町には専門の治癒術士とかもいますからね。そういった方々にしっかりとした値段で売れるので是非売ってください!」


 俺は少し考えて、その本の内容は残らず頭に入っているので売り払っても何の問題も無いことを確認してから言う。


「分かりました、売りましょう!」


「ありがとうございます!」


 店員は少し奥に引っ込んでいって五つの袋を持ってきた。袋に『100』と貼ってあるので一袋金貨百枚なのだろう。こういった高額な物を扱う店では随分と高額をまとめて支払う機会が多いようだ。


 ドンとカウンターに置いて『ご確認を』というので中に金貨が詰まっていることをしっかり確認してから買い取りの契約書にサインをした。


 俺はその日、宿に帰って『昏き神々の書』を読んだのだが旧時代の邪神召喚方が載っていた。おぞましい内容だったが、生贄に大量の人間を必要とすると書いてあったため実行するやつもいないだろうと思った。


 その日は、それをそっとストレージの奥深くにしまい込んで眠りに就いた。

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