第281話「治安維持依頼」

 俺は朝食としてオーク肉の定食を食べていた。やはり牛肉の方が美味いと思うのだが、それは食い飽きたからという理由もあるだろう。勇者パーティにいた頃に散々貴族が食わせてきたものだ、思えばあのムカつくニヤけ顔をした貴族連中が思い浮かぶから不味く感じるのかもしれない。だとしたらオークにはいい風評被害だな。


 そして食べ終わってギルドに向かった。日課という感覚だ。金に余裕があっても行けるときにギルドに行っておかないとなんとなく据わりが悪い。そんなわけで必要も無いのに習慣としてギルドにやってきた。


 クエストボードに直行して眺めてみる。特別高額な依頼は大抵ワケありのような物ばかりで、報酬だけで選ぶのは危険という様相を呈していた。この町、ただ単に金払いの良い町だと思っていたのだが、やはり高額な報酬にはそれなりのリスクが伴うらしい。タダより高いものは無いのだろう。


 常設依頼の方を見てみよう。こちらならそれほどぶっ飛んだ依頼は貼られていないだろう。


『町の治安維持のための魔物討伐、完全歩合報酬』


 ふむ……シンプルな報酬体系、悪くない。要するに強い魔物を狩ってくれば金になるということだろう、おいしい依頼だ。ただ……空間圧縮を使用して消し飛ばした日には有名人になったあげく町の周囲を荒らした厄介者と認識されるかもしれない。おとなしい倒し方をする必要があるな。


 一枚剥がして受付のアタンドルさんのところへ持って行った。彼女は相変わらず『もう少し高い依頼を……』と言っていたが、多分この人のアドバイスを一々聞いていたら命がいくつあっても足りないだろう。受付として功を焦りすぎているのではないかという疑惑を抱いている。


「クロノさん、実は収納魔法を持っている人に特別に依頼したいという方がいまして……」


「どんな人ですか?」


 一応話くらいは聞いておこう。


「徴税の査察のある期間家を綺麗にしておきたいので収納魔法で預かってほしいものがあると……」


「脱税じゃねえか! せめて隠そうとはしろよ! ギルドに依頼を出すとか堂々としすぎだろ!」


「え……これ脱税なんですか?」


 驚いたことにこの受付さんは気がついていないようなので呆れながら教えてあげた。


「査察があるときに資産を過少申告するために収納魔法で隠しておきたいって事でしょう。収納魔法なら内部は使っている本人にしか分かりませんから」


「えぇ……」


「そういうある意味危険な依頼を流すのはやめてもらえませんかねえ……もう少しまともな物だってあるでしょう?」


 そう俺が言うと依頼の一覧を漁ってため息を吐いた。


「そういったリスクを取らないと高額な報酬は期待できませんよ?」


 開き直った!? そこは謝罪するところだろう、なにを正当化しているんだ。もう付き合うのに疲れたので依頼の目的を聞いた。


「で、俺がさっき出した治安意地って何を狩ればいいんですか? 魔物ですか? それとも盗賊とかですか?」


「あー……町の周囲で適当に魔物を狩ってくれれば構いませんよ。この町に来る人には戦いに慣れていない人もいますからね、そういった方々の助けをするって事ですよ」


「魔物ならなんでもいいんですか?」


 さすがにいい加減すぎないだろうか?


「構いませんよ。ただ魔物があまりにも小物だった場合は報酬がほとんど出ませんが、普通に狩る分には大抵報酬が出ますよ」


 マジか……結構おいしい依頼ではないか? この町基準なら結構な報酬だろう、そうに違いない。


「ではこの依頼を受けてきますね、処理はよろしくお願いします」


「はい! 買い取りもしますので素材は全回収でお願いしますね!」


「ハハハ……わがままですね、分かりましたよ」


 そう言ってギルドを出た。町を出ていくときに門番に「お疲れ様です」とスルーされたのだが、俺は顔を覚えられるほど希有な人間ではないと思うんだがな。


 そして町の外に出るとブラッドファングが早速探索魔法に引っかかったのだが……


 瞬時に現れた人間の反応と共にブラッドファングの反応は消え去った。どうやらこの依頼、競争率が高いようだ。探索魔法の範囲を広げてみるとそこそこ離れればマッドスネイルや、一角ウサギの反応はある。


『クイック』


 人より先んずるために加速魔法を使用してさっさと目的の敵がいるところまで移動する。


『ストップ』


 時間停止を使用してサクリとナイフを突き刺す。命をいくつもいくつも刈り取っていく。雑魚だが報酬は出るらしいので狩っておいて問題は無いだろう。


「チョロいチョロい……」


 雑魚しかいないので数はそこそこ稼ぐことができた。マッドスネイルなどというカタツムリの死体に需要があるのかは謎だがストレージに入るのだから問題無いだろう。困るのは査定をする人だからな。


 最後に探索魔法を使うとデッドオークの反応があったのでそちらに向かうと、雑に死体を処理された魔物の山の上に立つ、生ける屍と化したオークがいた。


『クイック』


 加速して相手の認識がはっきりする前に脳天にナイフを突き刺す。デッドオーク自体は簡単に倒せたのだが……


「やれやれ……サービスだぞ」


 そう独りごちて時間加速を使用した。


『オールド』


 魔物の死体たちはあっという間に腐っている状態から土に還ってゆく。まったく……銅貨一枚にもならないというのに我ながら物好きだな……


 放置しておくということも出来たはずだし、これはギルドの依頼とはまた別で、報酬には入らない。それをやったのは俺が少しだけ腐りゆく魔物達に哀れみを覚えたのかもしれないし、あるいはこのまま放置しておくとアンデッドがまた増えるかもしれないという危惧もある。


 綺麗さっぱり元の地面に戻って、魔物の死体は土になって草が生えるまで元通りにして時間加速を停止した。


「よしっと……サービスにしてはやり過ぎだな……」


 もったいないことをしたが町に帰ってギルドにいった。


「おや、クロノさんではないですか、魔物は狩れましたか?」


「ええ、それなりには」


 そうして査定場に入って魔物の死体を全てさらけ出して買い取ってもらった。そして報酬として金貨二百枚ももらえた。あの程度でこれだけの報酬がもらえるならアンデッドの始末くらいサービスにしても問題無い。そして俺は気分良くギルドを出られた。


 ――ギルドの奥にて


「ギルマス! 間違いありません! クロノさんからはアンデッドの匂いがしました!」


 そう主張するアタンドルさんに恰幅のいいおっさんが答える。


「しかし申告してこなかったんだろう? 気のせいじゃないのかね、そもそもアンデッドの匂いがするほど大量に倒したなら間違いなく請求するだろう」


「それはそうですが……あの方は実力を隠しているような気がするのです!」


「気のせいじゃないのかね? 根拠はなんだ?」


「女の勘です」


 断言するアタンドルさんだがギルマスは相手にせずに部屋から出して受付に戻るように言い渡した。こうして知られることもなくクロノはこっそりと誰がやったかわからない功績を打ち立てたのだった。

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