第280話「エリクサーの値段」

 俺はその日、少し金に余裕があったので何をしようかと朝から考えていた。朝食は宿の食堂だ。食べずにケチだからと低評価を下すのは良くない、こういうのは実際に味わってから判断するべきだ。


 そして宿の食堂で食事をしたのだが……あまり美味しいものとは言えなかった。次は無いな。


 そして部屋に帰り何かしておくことは無いかと考える。


 そういえばこの前の薬草採集で多めに薬草を刈ったな……エリクサーにしておくか。


 そう思い至ったのは偶然だったのだが、部屋に戻ってとりあえず錬金セットを取り出して薬草を潰していくことにした。


 ザクザク……ぐしゅぐちゅ……徐々に液状になっていく薬草を見てどうやらここらの薬草は品質がいいようだと思った。いい感じに潰れたところで魔力で水を精製してその中に溶かし込む。綺麗な緑色の液体が出来た。うん、品質の良いものが出来そうだ!


 いい感じの溶液が出来たところでそれを蒸留器にかける。普段と違い弱めの炎の魔石を使用して上質なエリクサーが出来るように手をかけることに決めた。


 火力を下げたことにより上流の時間がかかるので町を散策することにした。町には露店や商店が並んでおり、銀貨で買えるものはほとんど無く、圧倒的に金貨が最低単位になっている物が多かった。


 町を歩いていても押し売りをしようとする人がいないのは良い点だろう。おそらくどの店舗も客がしっかり入っているので呼び込みなどする必要が無いということだろう。


 そこで錬金用具の専門店を見つけた。物珍しさから入ってみたのだが、確かに質の良いものが置いてあった。しかし金貨百枚が最低金額と高額でとてもではないが元が取れるとは思えないようなものだった。


 店を出て宿に帰ると蒸留はまだ続いている。面倒くさくなったので魔力を使って加速する。


『オールド』


 コポコポと沸騰が加速する。始めからやっておけば良かったとも思うが、町の観光も旅人の醍醐味だからな。


 そして蒸留の終わった液体を濾過して綺麗な緑色のエリクサーが出来上がった。これをなんに使おうか悩んだのだが……


「まあ、ギルドへ納品するか……」


 他の使い方を考えるほど俺も賢くない。そもそもこの町のギルドの財政状態からいって結構な高値がつきそうな気がする。あわよくば思わぬ収入になるかもしれない。


 少なくともあのギルドが買い叩くようなことはしないだろう。そう考えて思い至った。


『この町のギルドとは金銭感覚が違うのだ』


 つまりは俺からすれば破格の報酬であってもあのギルドからすればはした金に過ぎないということが往々にしてあるようだ。ものの価値とは土地によって変わるものだが、ここまで金銭感覚が崩れそうな町も珍しいものだ。


 なんにせよ高額な値段で売れる分には悪いことではない。この町では精々稼がせてもらうとしよう。


 そうして余裕たっぷりにギルドに向かった。エリクサーとしてはそこそこ上質なので金貨五十枚くらいの値は付くだろう。


 ストレージにエリクサーが入っているのを確認してギルドの扉を開ける。


「クロノさんじゃないですか、今日は来ていただけないのかと思いましたよ!」


 アタンドルさんがそんなことを言っているが、この町ではあまりサボっていると生活費が尽きることくらい分かっているだろうに……俺の資産がそんなに余裕があるように見えるのだろうか?


「アタンドルさん、知っているでしょう? 俺には金が必要なんですよ」


「んー……そう言われましても……お金が必要なのはこの町では誰もが分かっていることですし」


 世知辛いものだな……誰もが金を最優先している。金が無ければ生きていけないこの町で暮らすのは金持ち以外に厳しいようだ。


「それで、クロノさん、本日は何のご用でしょうか? 依頼票はお持ちでない様子ですが」


「ああ、納品に来たんですよ」


「納品……ですか?」


 訝しげな視線が俺に向けられる。


「ええ、エリクサーが一つあるので納品でもしようかなと思いまして」


 そこでアタンドルさんの顔が驚愕に歪んだ。


「ええええええエリクサーですか!?!?」


「なんでそんなに驚くんですか? エリクサーなんて金を払えば買えるものでしょう?」


「ええ……まあそうなのですが……普通に売りに来る人が滅多にいないんですよ。自分用で使ってしまったりお金持ちに直接納品したりするのでギルドに納品してくださる方は貴重なんです!」


「そうなんですか……生憎俺にはコネが無いのでギルドで売るしか無いんですよ。それとも買い取っていただけませんか?」


 アタンドルさんは必死に首を振って買い取りをさせてくれと言う。


「是非ともギルドで買い取りますよ! エリクサーなんて貴重品を買い取らない理由はありませんからね!」


 元気が良いようで何よりだ。俺は小瓶をストレージから取りだして見せた。


「収納魔法って便利ですよね、すられる心配も無いですし……お金になると思うんですがねえ……おっと、今はエリクサーの鑑定でしたね……」


 アタンドルさんは俺が出したエリクサーをじっくり眺めている。この町ではエリクサーが珍しいのだろうか?


「クロノさん、これはなかなかの品ですが、本当にギルドで買い取っていいんですね?」


「ええ、もちろん。そのために持ってきたものですからね」


「ほう……私の腕の見せ所ですね。ちょっとギルマスと価格交渉してきますので、エールでも飲んでお待ちください」


 ドンとエールを置いて『サービスです』とだけ言ってアタンドルさんはギルドの奥に引っ込んでいった。そんな高額がつくような物ではないと思うのだがな。


 そして席についてエールを一杯飲む。この町ではエール一杯に結構な額がかかるというのに奢りだと言っていたので、それなりに話が大きくなってしまいそうだと覚悟はした。


 しばし待っていると『クロノさん!』と声をかけられた。どうやらギルマスとの交渉が終わったらしい。


「金貨二千枚でいかがでしょう? ギルマスと交渉してなかなか頑張ったんですよ!」


 気の遠くなるような金額だが、この町では珍しくないのだろう。金銭感覚の違いというのは恐ろしい物だ。


「では売ります!」


 断る理由は無い。結構な金額がついた物だと思うばかりだ。


「ありがとうございます、ではこちらにサインをお願いしますね」


 さらさらっと羽ペンでサインを書くと、アタンドルさんは俺をギルドの受付カウンター裏に呼んだ。


「ではこれが金貨二千枚です」


 そこにはずっしりとした袋が置いてあった。二千枚という大量の金貨を速やかに用意できるこの町の経済力に驚きながらもしっかりと報酬を頂いた。


「では、またのご利用お待ちしています!」


 にこやかにアタンドルさんに見送られギルドを出た。


 俺は報酬で食べ歩きをしたのだが、さすがにこの額は飛ばなかったので割と多めの報酬だと推察できた。この町は金になると理解し、稼げそうなので精々稼ぐことにしようと決心した。

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