第279話「ビッグボア討伐」
俺は朝、宿を出て食堂に向かっていた。残念ながらこの町の宿は食事が別料金なので独立した食堂で食べるしかない。いや、正確に言えば宿の食事も別料金でとれるのだがせっかくなので別の食堂に向かうことにした。せっかくだから色々食べてみたいものだしな。
今日は『キラーバッファローの焼き肉定食』というものを食べることにした。やはり肉を食べると元気が出るものだ。この町まで来るのにあまり美味しいものを食べていなかった生で俺は肉に飢えている。
そしてパンと薄く切った肉を何枚も焼いた定食が出てきたのだが、これがとても美味しかった。やはりこの町は割と当たりの方なのだろう
そしてパンを二つ食べ満腹になったところで会計をした。したのだが……
「金貨一枚と銀貨五枚になります」
俺は金貨を二枚支払ってお釣りに銀貨を五枚貰った。はっきり言ってクソ高い、定食に払うような値段ではない。これは真面目に依頼を受けないと食べていけなくなりそうだ。
そして朝食が終わったのでギルドに出向いた。少しだけの視線を感じたのだが大したことではないだろう。
「あいつ……収納魔法が使えるらしいぜ……?」
小声でそう言っているのが聞こえた。こんな珍しくもなんともないものを好奇の目で見るのはやめてほしいものだ。
愚痴ってもしょうがないのでクエストボードから手頃で報酬の良い依頼を探す。目についてのは『ビッグボア討伐、報酬金貨百枚』と書かれているものだった。他の町では高額な報酬だが、この物価の高い町においてはそれほど大金というわけでもない。ちょっとグレードの高い酒場に寄ったら半分以上が尽きる程度の額だ。小手調べには丁度いいだろう。
その依頼を剥がして受付をしているアタンドルさんに持って行く。彼女は依頼票と俺をジロジロ見てから『本当にこの依頼でいいんですか? もっと安全なものもありますよ』と言われた。
「いや、収納魔法を使った依頼も見ましたけど、契約に縛りが多かったり、面倒なやりとりがあったり、運ぶものについて一切触れていない怪しいものがあったりで受けたくないんですよ。
『鞄を町から持ち出すだけの簡単なお仕事です!』
というものがあった時点で『ああ、そういうものね……』と察してしまった。怪しげな依頼を受けるよりは多少難度が上がろうとクリーンな依頼を受けたいというものだ。
「ですがビッグボア討伐となると初心者に受けて頂くのは……魔物の討伐経験はあるんでしょうか?」
「ありますよー! そこそこ強い魔物もぶっ潰したことがありますね」
具体的にどこまで強かったかは言わなかった。ドラゴンを倒したなどと言ったら大騒ぎしそうな予感がしてならない。おとなしく平穏な生活を望むのなら余計なことはいわない方がいい。聞かれてもいないことを自慢気にべらべら話すのは三流だ。
「そうですか……でしたら受注処理を進めますが、危なくなったら逃げてくださいね?」
「ええ、それはもちろんです。死ぬ気はありませんから。ところでビッグボアってどこに出るんですか? 群れがいたりするんでしょう?」
「いえ、このギルドの主力が群れを叩いたのですが全滅というわけにはいかず……散り散りになったビッグボアの生き残りを減らすのが目的の依頼ですよ。だから町の周囲で割とどこにでもいます」
マジか……仕事熱心なギルドだな。このギルドの主力という連中が少し気になるがそれよりチョロそうな依頼であったことの方が嬉しい。
「最低討伐数は何匹ですか?」
ここも大事、報酬がいいからと言って大量の討伐を要求されると面倒くさい。
「一匹からですね」
「は!?」
一匹!? そのへんでビッグボアを一匹狩ればそれで終了って事!? 気前が良すぎだろう。
「クロノさんが驚く気持ちも分かりますけどね、この町ではこのくらいの報酬は珍しくないんですよ」
金銭感覚が麻痺しそうな金額が簡単にもらえるとかこの町はすごいな……もっとも、生活費が高いので町の中で金が回るならよしという考え方なのかもしれない。
「では受注処理を行いますね。クロノさん、くれぐれも怪我をしないようにお願いしますよ?」
「分かってますよ」
それだけ言ってギルドを出た。ビッグボア討伐というチョロい依頼をこなすために町の出口へ行くと門番が声をかけたが、俺が『依頼です』と言うだけで通してくれた。実力はしっかりと理解してもらえているようだ。
町の外に出て索敵魔法を使う。あっという間に数匹の獲物が見つかるのだが残念ながら人間の反応と一緒に検出される。要するに人間に狩られている途中の個体ばかりが見つかるということだ。
仕方がないので町から離れてみると幸いにも野良で誰にも目をつけられていない個体がいた。
『クイック』
誰かに目をつけられる前に俺が倒せるよう加速魔法を使う。一瞬で目的の個体に接近する。
「ブルオオオオオオオオ」
デカいイノシシが醜く叫び声を上げる。まったく、知能がない生き物はこれだから嫌いだ。
『ストップ』
ピタリとビッグボアの動きを止めて脳天にナイフを突き刺す。時間停止を解除するとあっという間に絶命した。
「あ……」
そういえば討伐の証拠として何を持って帰ればいいのだろうか? 牙? 蹄?
俺はしばし考えた末、面倒なので死体をまるごとストレージに放り込んだ。丸々一体を詰め込んでおけば疑われることもないだろう。
こうして俺はしっかりと依頼をこなしてギルドへ帰還した。アタンドルさんがほっと息を吐いて安堵の表情を見せている。そんなに心配されるほど弱くはないぞ。
「クロノさん、無事でしたか……良かったです!」
「余裕だと言ったでしょう? それはともかく素材の買い取りをお願い出来ませんか?」
「素材ですか……? 何も持っていらっしゃらないようですが」
「収納魔法でビッグボアを一匹しまいましたからね、それの買い取りをお願いしたいんですよ」
「ビッグボアを一匹……そんなに収納魔法って容量がありましたっけ?」
「え? このくらいは普通でしょう?」
「そ……そうですか。査定場へどうぞ」
こうして俺はこのギルドの査定場へ案内されたのだが、開いている査定場に着くまでにいくつかの使用中になっている査定場があった。一つだけではないところがこの町のギルドの豊かさの証拠だろう。
「ではクロノさん、死体を出してもらえますか」
「はい」
ドスンと大きなイノシシの身体が落ちる。アタンドルさんは驚いていたようだがこんなもの驚くようなことではないだろう。
「綺麗に頭を一撃……クロノさんって意外と強いんですね!」
そうして査定はされて終わったのだが、残念ながらビッグボアはこの付近に大量に発生するのでそれほどの高値は付かなかった。残念ではあるが仕方のないことだ。
「では報酬の金貨百八十枚です!」
そう言って素材報酬込みのずしりと重い袋を渡してくれた。これで当面の生活費は稼げたわけだが、この町ではあまり派手な活動はしないようにしようと決めた。
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