第278話「薬草採集(報酬良)」

『薬草採集、報酬金貨五枚』


 俺はクアンタ町ギルドに来て早々に驚いていた。薬草採集で金貨五枚……破格の気前の良さに驚嘆したのだが、宿賃が金貨一枚など、この町での生活には金がかかるようだった。


 金がグルグルと回っているわけか……景気の良さはこういうところなんだろうな。


 ちなみに朝食を食べに町の食堂に行って日替わり定食を頼んだのだが、銀貨五枚も取られた、なかなか貧乏人には厳しいようだ。


 幸い薬草採集でこの金額がもらえるならなんとか生活していくとはできるだろう。金持ちの中に混ざるのも悪くない、そう思った。


 常設依頼を一枚剥がして受付のアタンドルさんに持って行く、にこやかにしているアタンドルさんだが微笑みが顔に張り付いているような笑顔がどこか底知れないものを感じさせる。


「あら、薬草採集ですか? ではこのカゴ一杯になるように採集してきてくださいね」


 カウンター下から薬草を入れるカゴを取りだしているのだが……


「随分とカゴが小さいですね? 本当にそれだけで済むんですか?」


 俺が訝しんでいると、アタンドルさんは気の毒なものを見るような目で言った。


「この町はこれで十分なんですよ。大きなカゴ一杯のノルマとか誰だっていやでしょう?」


 それはそうだな……


 俺はカゴを受け取って収納魔法でストレージにポイッと投げ込んだ。薬草をカゴに入れるのは最後でいいだろう。


 しかしそれを見てアタンドルさんは唖然としていた、はて? なにかしただろうか?


「クロノさん! 収納魔法が使えるんですか!?」


「ええ、大した物ではないですがそれが何か?」


 その言葉を聞いてあたふたと慌て始めた。


「いや!? 普通に収納魔法でお仕事がありますよ? なんでこんなケチな依頼を……」


 ケチ? 薬草を採ってくるだけで金貨が五枚ももらえるんだぞ? ケチどころかかなり気前がいいのではないか?


「クロノさん、もう手続きはしちゃったので今回は薬草採集になりますけど、次は絶対大きな依頼をこなしてくださいね?」


「まあ……気が向いたら」


 あまり本気を出さない方がいいなと直感で思った。幸いどのくらい入る収納魔法かは答えていないのであまり入らないと答えることにしよう。商隊の荷物持ちなんて面倒な依頼は受けたくないからな。


「私の立場もあるので是非お願いしますね!」


 そうしてギルドを出て薬草の生えている草原へと向かった。町から出るときに、この町に入るときに道案内をしてくれた少女が入り口に立っていた。どうやらアレで食べていっているようだ。この町の物価を考えるなら多少ケチったかなと思えた。とはいえ文句を言われたわけでもないので責められるいわれも無いか……


 町を出ようとすると声をかけられた。


「依頼でしょうか? 再入町の予定はありますか?」


「ああ、薬草採集なんですぐに帰ってきます」


「薬草採集ですか、頑張ってください」


 門番は弱者を見るような目で見ていたが、やはり治安維持の依頼の方が『格』というものが上なのだろうか? 俺からすればどっちにしろ変わりないがな。


 何しろ薬草を採っている最中にも魔物に襲われることはある。そう言ったときのための実力くらいはあるのだ。笑われるようなことでもないだろう。


 俺は堂々と門を出て、門番の死角に入ったところで『クイック』を使用した。目立ちたくはないが面倒なのもそれはそれでいやだ。


 一瞬で薬草の生い茂る平原へとやってきた。あの報酬なら割と混み合っているのではないかと思っていたが、薬草採集をしているのは数人だった。出来る限り実力は隠すために手でコソコソ薬草を引っこ抜いていった。魔法で刈り取ればどれほど楽だろうかと思うのだが、ギルドで噂になるとアタンドルさんは多分面倒な依頼を押しつけてくるだろう、目撃者がいるので収納魔法以外は使わないようにしなくてはな……


「なんでこんな地道に草刈りをしているんだ……」


 思わずそうこぼしてしまうほど面倒な作業だった。こんな面倒なことを何故地道にやっているのだろう。風魔法で刈り取って収納魔法でどっさり回収するのがどれほど楽か……そう考えていたというのに衆人環視の中でそれをやる気にもなれない。


 そうして地道な草刈りを続けていくとそろそろカゴ一杯分くらいにはなっただろうと思える量になった。


 カゴを出してストレージから薬草を詰め込む。パンパンに詰まるほどの量になってしまったので、どうやら回収しすぎたようだ。無言で続ける作業で確認などしていなかったのでついつい取りすぎてしまった。


 回収はこのくらいでいいだろうし、町に帰るとするかな……


 そうして日がてっぺんに位置する頃には町に着いた。町に入ろうとしたところで門番に声をかけられた。


「おい、お前さんは薬草採集に行ったんじゃないのか? 手ぶらのように見えるが……」


 俺は無言でストレージから薬草が一杯に詰まったカゴを取り出した。それを見た門番が驚きながら言う。


「あんた……収納魔法が使えるのに薬草採集なんてやってんのかい? もう少し景気の良い依頼があるだろうに……」


「あまり大事にはしたくないのでね。あなたにも黙っておいてもらえると助かるのですが」


「言わねえよ、言ったって信じてもらえそうにない話をするほど俺はバカじゃねえんだよ」


「収納魔法がそんなに珍しいですかね?」


 勇者達は便利そうに何でもかんでも詰め込んで当たり前のように使っていたが……もちろん俺を追い出したと言うことはあの荷物を入れられるだけの収納魔法持ちをすぐに雇っていると思うのだが……


「珍しいに決まってんだろ。いや……大手のパーティや商隊に随行しているのは見たことがあるが、薬草採集にそんなものを使ったやつは初めて見たよ」


 どうやらこの町は人材がそれほどいないのではないだろうか? 当たり前のように様々なスキルを持った連中がいたが一々珍しいなどと思わなかったがな。


「と、とにかく依頼をこなしたのは分かった。通っていいぞ」


「どうも」


 そしてギルドに着くと中では凍り付いたような笑顔をしたアタンドルさんが待ち構えていた。


「クロノさん、薬草は採れましたか?」


「ええ、カゴ一杯に」


 ストレージから薬草の詰まったカゴを取り出すと『当たり前のようにやりますね』と呆れられてしまった。このくらい珍しくもないだろうと思うのだがな。


「完璧に採れてきていますね。報酬は満額払いますよ」


「ありがとうございます」


 そうして金貨五枚を貰ったときにアタンドルさんはついでに声をかけてきた。


「収納魔法持ちの担当になったのは初めてですよ……クロノさん、お願いですから死なないでくださいね?」


 俺はその問いに深く頷いて答えとした。そしてギルドを出たのだが、金貨五枚中二枚が食費と宿賃で溶けたのでここは金のかかる町だなと思い知った。

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