クアンタ町編

第277話「都市、クアンタ町」

 俺が村を出てしばし歩いたところで看板を見つけた。


『クアンタ町まであと半日!→』


 そう書かれた看板があった。あと半日もかかる場所に看板を立てられる時点で結構な金を持っていることが予想できる。あと半日なんて看板まず見ないぞ? 半日かかるってよほどの距離だぞ? 確かに轍はできているが……この距離を馬車で看板を立てるために運んだと思うと趣深いものがあるな。


 そもそもこの看板を設置した人間はこれを見て『我が町に来てくれるだろう』と思って設置したのだろうか? なんだか予算消化のために無理矢理仕事を作ったのではないかと深読みしてしまう事情を感じてしまう。普通は半日も先にある場所の看板を立てたりしない。道通りに行くだけでたどり着くからだ、わざわざ保守管理の面倒なここにあると言うことは理由があるのだろう。そう思って看板をよく見ると隅の方に小さく書いてある文字が見えた。


『ブラッドファングが稀に出没します、注意して向かってください』


 なるほど、こちらが本文か……目的地を大々的に宣伝して不都合な事実は小さく書いておく。襲われて損耗すれば『書いてましたよ』と答える事ができる。念のためこの先は索敵魔法を使っていくとするか。


 ここまでに出会った連中は時間停止を使用するのに目視できてからで十分だったが、わざわざ注意書きをするということはそれなりの注意が必要と言うことだ。


 索敵魔法に引っかかる魔物は驚くほど少ない、しかもその全てが人間の反応と共にある。つまりは魔物は討伐途中というわけだろう。ここまで平和で治安維持に力を入れた町は珍しい。食事は美味そうだが、討伐依頼で稼ぐことは無理そうだな……


 あるいは索敵魔法に引っかかっている魔物討伐係の一人となるという手段もあるだろうがあまり報酬は良くないだろうと思える。何しろ探索魔法に引っかかる数が多いのだ、量の増加は一人あたりの割は減る。つまりは食い詰めたような連中がやっている可能性もあると言うことだ。


「まあ……非常時に食い詰めない程度には頑張れるか……」


 完全に食い詰めないというのは大きい。クエストボードに何も貼られていないという絶望的状況になることは少なくともないだろうというだけで少し安心できる。


 索敵魔法に引っかかっているのはメインでブラッドファング、所々にオークの反応がある。まーたオーク肉を食うことになりそうだな……味的には個人的に牛肉の方が好きなのだが……贅沢は言えないか……


 始終快適なまま町への道を歩いて行くことになった、ブラッドファングに注意しろと書いてあるのにあんなに小さい理由がよく分かった、つまりはほとんど危険は無いのだ。


 過ごしやすい道を歩いて行くこと半日、時間通りに俺は『クアンタ町』とでかでかと書かれている門の下までたどり着いた。さて、無事に入ることは出来るだろうか? 入町ではじかれませんように……


「いらっしゃいませ! 当町へは初めてのお越しですか?」


 なんだか肩を露出した服とやたら短いスカートをはいた少女……? 女性だろうか? が話しかけてきた。俺は少し困惑して頷くと少女――こういっておけば不興を買うこともないだろう――は俺の格好を見て旅人と判断したのか、ギルドへの道を教えてくれた。見るからに大きい町なのでそう言った案内があるのは助かるな。


「おにーさん!」


 そう言って少女が両手を差し出してくる。そういうことか……相場が分からないので銀貨を一枚その手に乗せて『ありがとう』と言った。少女はニコニコ顔で見送ってくれたので相場なりには支払うことができたのだろう。


 そして俺は案内通りギルドへ向かった。町の治安は良く、獣人からドワーフ、エルフまで多種族が住んでいる様子だった。意外だったのはその種族が住んでいる地域が明確にわけられているわけではないということだった。多種族の住んでいる町でも住んでいる場所までは別だったりする事は多い。肉を食べるドワーフの隣にエルフが住んでいると諍いが起きたりもする。この町の連中は皆寛容なのかいい加減なのか、そこら辺を上手くやっているようだ。


 街道に見える飲食店の窓から、骨付き肉をかじっているエルフが要るのを見た時点でいい加減なのだろうなと思ってしまった。別にエルフだって肉を食べたら死ぬわけではないしそのへんはいい加減なのだろう。


 そうして着いたギルドにはピカピカの塗り立てのような看板がはめ込んである。


『クアンタ町ギルド』


 そう書かれた看板は、ギルドの威厳を示すかのように随所にドワーフの頑強な基礎があり、エルフの木工細工で飾られた窓がついていた。その中に入ると中では人族が多いが、幾らかの他種族も平和そうに飲食を楽しんでいた。喧嘩の類いは起きていないようなので安心だ。


「いらっしゃいませ! 当ギルドへようこそ、私は現時刻の担当をしておりますアタンドルと申します。特別のご希望がなければ私があなたの担当をさせて頂きますが構いませんか?」


「ええ、構いませんよ。担当が誰であれ、やるべき事をするだけです」


 こうして俺の担当には年齢不詳のエルフの女性が当たることになった。少し……ほんの少し、年のことは気になったが女性に聞くようなことでは無いだろうということで俺はその疑問を無視して話を聞いた。


 この町は冒険者や旅人の治安維持によって平和に過ごすことができていること、鉱山を保有しており資源が豊富なこと、魔族以外の種族は受け入れていることを説明された。


 どうやらこの町は仕事に困ることも無さそうだ。クエストボードには魔物討伐の常設依頼がいくつも貼られているし、数は少ないが上位魔物の討伐も貼られている。それらをこなせば生活はしていけるだろう。


「よろしくお願いします! 俺はクロノっていいます」


「はい、クロノさん、以後よろしくお願いします」


 アタンドルさんへの挨拶は済んだ。これでギルドで依頼を受けても問題無いわけだ、だがまだ宿をどこにするかという問題は残っている。俺は運を天に任せ、宿屋街で適当に選ぶことにした。


 なぜならどこにでも『食事別料金』と書いてあったからだ。食事に差が無いなら収納魔法で部屋の環境を整えられる俺にはどこでも大した差は無い。適当にそのへんにある『イール』という宿に宿泊を決めた。


 この町が裕福なのを表すように宿の入り口に主人が立っているようなことは無く、下働きだろう獣人の少女が受付をこなしていた。この宿に泊まりたいことを告げると、一泊金貨一枚という安くはない金額を提示してきたが、『ここら辺では安い方ですよ』という言葉を信じることにして支払いをすませた。


 部屋で俺はこの町ではそれなりに稼いだ方が……いや、稼がなければ生活に苦労しそうだなと思った。

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