第276話「村からの旅立ち」
俺はこの前の魔族が消えたことによってこの村がある程度平和になったことで決めたことがある。
「ご注文のステーキになります」
ジュウジュウと音の立つステーキが運ばれてきた。これも食べ納めなのでじっくりと噛みしめる。美味しいな。
そう、つまりはこの村から出ていこうと考えているというわけだ。いい加減滞在して長いし、何より魔族を討伐したことにより当面は平和になってしまうことが決まった。魔族の方もこんな辺境にわざわざ新人を送り込んでこないだろう。前任者がサクッと殺されてしまうような場所に来たがる魔族がいるとも思えない。つまり俺がここにいても荒事が起こる確率は減ると言うことだ。
この村に飽きたというわけではないが、一つのところに長居するのは主義に反するのでいい加減出て行くべきだろう。定住する気は全く無いからな。
そんなことを考えながら肉汁あふれるステーキを口に運んでいると一皿が空になった。もう一皿いっとくか? いや、料理なんてものは少し足りないくらいが丁度いいのだろう。満ち足りていない方がやる気が起きるというものだ。
「ごちそうさま」
そして宿の会計を済ませる『延泊はしないのかい?』という主人に『そろそろ時期だなと思いまして』とだけ言って出ていった。主人も出て行く連中とは何度も出会っているのだろうし、一々引き留めるようなことも言わなかった。さっぱりした関係だな、心地良いものだ。
そして宿を出ると……やはりギルドだろうな……ロールさんは引き留めてきそうな気がするが勝手に出て行くと面倒くさそうだし、失踪者扱いされるのも不本意だ。
「グロ゛ノ゛ざぁあん! 行かないでくださいよう! この村に定住してもいいですから! ね? 待遇が不満なら報酬の方は私が交渉を頑張りますからぁ!! お願いしますよぅ!」
やっぱり引き留められた。こうなるとは思ってたけどさ、面倒くさい人だなあ……
「俺もそろそろ出ていく時期だと思ったんですよ。いつまでも同じところに根を下ろす気にはなりませんから」
「そこを何とかあああああああああああああああ! 何でもしますかあああああああ!!!!!!」
えぇ……ここまで必死になられるとは思わなかった。そんなことを言われても困るんだよ。
「そうだ! クロノさん! 私と結婚しましょう! そうすればこの村からずっと離れられませんよね? 名案です!」
「自分の人生を犠牲にした引き留めはやめてください! マジでこっちも困るんですよ!」
俺が恐怖するくらいの必死さだった。勇者どもとドラゴンを相手にしたときでさえこんな恐怖は味わったことがない。そんな言い知れない恐怖を感じた。
「お願いします! このとーり! クロノさんに出て行かれるとギルドの発言権がまた無くなってしまうんですよ! 虐げられるのはもういやなんですよぅ!」
「ロールさん! 大丈夫です! 一度権力を持ったらそんなに無くなることはありませんから。ね? おとなしく俺を送り出して新人達にその優しさを使ってあげてください」
とりあえず俺がこれ以上滞在するつもりはないことを懇々と説明した。
そうして日も高くなる頃になってようやくロールさんは落ち着いてきてくれた。注目を浴びていてギルド内で非常に目立っている。この様子だと一々説明して回らなくても村中に噂が広まるだろうな。
「では……クロノさんはどうしても出て行かれると……」
「ええ、俺もそろそろ出ていかないとここから離れられなくなりそうですからね」
「そうですか……引き留めたいところですけど……決意は固いようですね」
どうにか納得してもらえたので俺は出て行こうとする。そこでカウンターにエールが置かれた。
「お別れに一杯どうぞ。サービスです」
そうか、一応感謝はしてくれているんだな……
俺がゴクリと飲み干すとロールさんはため息を吐いて言った。
「クロノさんがエール一杯で潰れるような方だったら引き留められたんですがねえ」
「エール一杯で潰れてたら酒なんて一滴も飲みませんよ」
ドンとエールの入ったジョッキを置いて俺はロールさんにお別れの言葉を告げた。
「それでは俺はそろそろ出ていきます。お世話になりました」
「さよならとは言いません、いずれまた……」
俺はそうしてギルドをあとにした。村の出口に向かうと門兵に門を開けてくれるように頼もうとしたら、近くに見えた時点で門を開けてくれた。
「クロノさん! お世話になりました!」
「えっと……俺はまだ何も言っていないはずですが……?」
「ギルドでロールが大騒ぎしていましたからね、長話になっていたので村中に噂が広がりましたよ」
しまった、思わぬところで有名になってしまった。しかし門兵も引き留めるつもりはないようだし遠慮なく出て行こう。
「クロノさんがいたときは随分と楽ができましたよ、ありがとうございます」
「気になさらないでください。旅人としてやるべきことをやっただけです」
「それをしてくれない方のなんと多いことか……はっきり言ってクロノさんくらい依頼を受けてくださる方は少ないですよ」
まあ、あの報酬額ではな……と思ったけどそれは口に出さなかった。
「いつも切羽詰まって金を欲しがっているだけですよ。きちんと報酬ももらったので感謝されるようなことではないですよ」
「ははは……そう言って頂けると助かりますな、ではお元気で」
「あなたも息災で」
そう言って俺は門を抜けた。バタンと閉まる門を見ながら俺は綺麗さっぱり村との縁を絶って次の土地へ旅立つことにした。あの村がこの先どうなるかは不明だが、面倒事はあらかた片付けたのでしばらくは平和を享受できるだろう。遠い未来の事まで責任はとれないが、その場の平和は確保できたさ。
この町を離れてしばらく魔物がいないことを確認しながら歩いて行った。加速魔法で一気に駆けていくことも出来るのだが、あの村にまともな戦力がほぼいない以上後始末も大事だろう。森の中をゆっくり散策してぼつぼつ反応があった一角ウサギなどを狩っておいた。
「さて、治安維持はあらかた終わったな」
魔物の残党を狩り終え次の町への道を行く、治安維持の料金については……ロールさんが『いずれまた』会うことがあればと言っていたし、もしもこの先また会うことがあればその時に請求してあげよう。それまで精々この村もやっていけていると良いものだ。
すっかり平和になった土地をあとにして次の町へ行くのは気分の良いものだ。旅立ったあとのことなど知ったことではないが、精々元気にしていてくれと思う。
さて、次の町では金になるといいな。
あの村でも金にならなかったわけではないが大もうけとはいかなかった。俺は美味しい食事と高い報酬のために新しい町への道を歩いて行くのだった。
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