第275話「魔族の討伐」

 俺は朝食のステーキを食べていたのだが不穏な噂が耳に入ってきた。


「……知ってるか? ……森に魔族がいるらしいぜ……」


「聞いた聞いた……でも噂だろ?」


「見たって奴がいるんだよ、怖くね?」


「お客さん、不安を煽るのはやめてもらえますか! 真偽の怪しい噂でしょうが」


 給仕に叱られて噂話はなりを潜めた。しかし魔族か……噂だといいな。しかしここ最近の魔物の多さを考えるとあながち嘘とも言い切れないような……言い知れない不安が俺を包んでいた。


「クロノさん……」


 給仕の娘さんが声を潜めて俺に話しかけてきた。


「魔族がいるって噂、本当ですかね?」


「さあ? どうでしょうね……気をつけるにこしたことはないと思いますけど」


「クロノさんなら見たことがあるかと思ったのですが……」


 期待のしすぎだろう。


「戦った経験はありますがね、それほど強い相手ではなかったし心配は要らないんじゃないでしょうか」


「戦ったって……よく生きてますね?」


 ビビっている娘さんに食器を下げてもらって俺はギルドに向かった。魔族とは穏やかではないが、いたとしても大した相手ではないだろう。ここまで魔力を隠せると言うことは、隠せる程度の魔力しか無い弱小魔族か、魔力コントロールを完璧にしている上位魔族くらいだ。そしてこう言ってはなんだが魔族もヒマではない、こんな僻地の村に即戦力を送り込むほど魔族も無駄なことはしないだろう。


「ではギルドに行ってきますね」

「いってらっしゃいませ」


 送り出された俺はギルドに向かったのだが、道中不穏な噂が町中で流れていた。魔物を倒せるくらいの戦力があるのに弱小魔族ごときを恐れるなどおかしいと思うのだがな。


 人間より少し魔力が強い程度の相手、それが魔族だ。魔王ともなるとある程度は強いらしいがこんなところには来ないだろう。勇者どもも実力に自信があるなら魔王討伐くらいさっさとやって欲しいものだ。


 そんなことを考えながら、耳に入ってくる噂をスルーしてギルドに入った。


 今日はロールさんが泣きついてくるようなことはなかったのだが、クエストボードに大きな紙で何枚も『魔族討伐』依頼が貼られていた。


 どんだけ魔族にビビってんだよ……魔族なんて獣人ともそう変わらないただの生き物だろうに……


 とはいえ報酬は気になるところだ、依頼票の報酬欄を眺めてみると『金貨十枚』『金貨十枚』『金貨十枚』と見事に談合を感じさせる横並びの報酬となっていた。セコいことをするなあ……


「クロノさん、今日はそれくらいしか報酬の良い依頼はないですよ。受けますか?」


「もうちょいまともな依頼はないんですかね? 魔族って言っても姿を見た人はいないんでしょう?」


 ロールさんはうんざりするように言う。


「そうね、だーから不確実な依頼は出すなって言ったんだけどねえ……皆怖がってて排除してくれないと安心して森に入れないって言うんですよ。それで森を職場にしている人たちが依頼を出してるんだけどねえ……一枚にまとめてもらえないかしら」


「皆さん怖いんですねえ」


「おや? クロノさんはやはり怖くないんですね!」


 言葉尻をあげつらうロールさんに呆れつつこの依頼を押しつけられつつあることを肌で感じた。魔族が完璧に隠れている以上探すのが面倒くさいんだよなあ……


「クロノさん! 村の……いえ、このギルドのために討伐お願いします! クエストボードがあの依頼で埋まっている状態はギルドでも困るんですよ!」


 ロールさんの魂の叫びだった。町の治安がどうこうというよりギルマスとしてクエストボードの惨状をなんとかしたいようだ。確かに多くが同じ内容の魔族討伐依頼だ。


「しかし魔族の討伐なんて旅人に任せて大丈夫なんですか? 結構大事になりそうな案件ですけど、俺に任せたら一人でこなすことになりますよね?」


「一応その依頼はパーティ向けなんですけどね……さすがにその報酬で受けてもらえるはずもなく……って感じになってます」


 疲れ切った顔でロールさんはそう言った。やはり報酬にクレームが付いたのだろう、それに文句をつける連中と言い争ったことは想像に難くない。


「なんで報酬が横並びなんですか? 談合にしたってこんな事をする意味があるとも思えませんが……」


「ああ、その事ですか。報酬は全額商業組合が払うんですよ、どれを受けても、ね? それでもこれだけ数を出しているのはたくさん依頼を出せばそこの場所を占有出来るってセコい考えよ」


 まったく、はた迷惑な話だな。まるで俺に受注してくれといわんばかりじゃないか。とはいえ平穏な日常を守るためには……


「ロールさん、これを受けます」


 俺は適当に一枚剥がして提出した。


「いいんですか!? ありがとうございます! 恩に着ますよ!」


 そう言って俺から依頼票とひったくってギルド印を押した。こうして俺は嫌々ながらも魔族を討伐することになった。


  受注されるとロールさんが俺に『さっさと倒してきてください』と無言の圧をかけるので、俺はさっさとギルドを出て、村の出口に向かった。

 

 ギルドを出て『魔族とはわかり合えないのかねえ……』と独りごちる。魔物は人間を餌と認識しているから討伐するのは仕方ないが、魔族には知性があるし人間を食べようなどとするのは一部だ。話し合いで済むなら楽なんだがな……そんな益体もない願いを抱く。


 出口では怯えているような門兵が門を開けて『討伐お願いしますね!』と懇願してきた。


 この村は他力本願の極みのような連中ばかりいるな。


 俺は魔力探知を使用したのだが微弱なものが一つだけ引っかかった。これが魔族が漏らした魔力であることを祈ってそちらへ加速魔法を使用した。


『クイック』


『サイレント』


 寝首を核の趣味じゃないんだがなあ……


 愚痴ってないでさっさと討伐するか。


 そちらへ向けて風のように向かうと魔族の男が一人、魔物の群れに魔力を流し込んでいた。なるほど、通りで魔物がよく湧くわけだな。


「そこにいる人間、気づいているぞ」


 隠れているのも無駄なので俺はさっさと姿を現した。


「ヒッ!?」


 俺が素直に出て行くと魔族は悲鳴に近い声を上げた。


「『無敗のクロノ』……だと……な、何故だ! 貴様は勇者パーティにいたはずでは……」


 顔色の青い角を生やした魔族は俺に恐怖してへたり込んでしまった。


「今は旅人のクロノだよ。お前らみたいなのがそうやって魔物を増やすから俺が面倒を被るんだよ。まったく、迷惑な話だよ、そうは思わないか?」


「た……助け……」


『ストップ』


 時間停止で動きを止めて魔族なら意識くらいは保持しているだろうと思い断罪の宣言をした。


「こういう面倒なことをしてなければあるいは逃がしてやったかもしれないんだがなあ……まあなんだ、俺に面倒をかけた罪で死ね」


 喉笛にナイフを突き刺して一丁上がり。ただそこにいるだけの魔族だったらともかく、ここで逃がしてまた魔物を凶暴化させられても面倒だ、俺は特に恨みを持っているわけでは無いが死んでくれ。


 時間停止を解除すると魔族に惹かれていた魔物達は解散していった。コイツがリーダーポジションだったわけだ。


 生首を持って帰るのは気持ち悪いのでコイツの角をナイフで切り取ってストレージにポイと入れた。これでおしまいだ。


 村に帰ると門兵が怖々した様子で問いかけてきた。


「クロノさん、魔族は倒せましたかな?」


「ええまあ、チョロかったですね」


 唖然としている門兵を無視してギルドに向かった。これで多少はクエストボードが綺麗になるだろう。


 ギルドのドアを開けるといつもの様に過ごしているロールさんに魔族の角を差し出した。


「倒してきましたよー! 証拠はそれね」


「マジですか……クロノさんは仕事が速いですね……」


 そして魔族の角をよく見てからそれが作り物でないことを確認して、俺に金貨十枚を差し出し、俺が受け取ったのを確認してクエストボードに大量に貼ってある依頼をベリベリと剥がした。


「いやー、クロノさんのおかげでスッキリしましたよ! ありがとうございます!」


 そうしてお礼を言われて俺はギルドを出た。魔族であっても知能のあるものを殺したという感覚はその日一日抜けないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る