第274話「バジリスク討伐依頼」
ギルドに入る俺を見たロールさんが全力で近寄ってきた。これはろくでもない依頼を押しつけられるパターンだ。逃げるべきだろうか? しかしこの村に滞在するならこなしておかなければ村が立ち行かない依頼もあるだろう。
「あのー……クロノさん、折り入って一つお願いがあるのですが……」
「しょうがないですね、乗りかかった船です、話くらいは聞きますよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
そう言ってロールさんは依頼票をこちらに差し出した。俺がそれを手に取って見る。そこには『バジリスク討伐、報酬金貨五枚』と書かれていた。
「ロールさん……報酬欄が一桁抜けているような気がするのですが……」
バジリスクって大蛇だろう? さすがに金貨五枚はなにかの間違いに違いない。
「それが……間違ってないんですよ……報酬は安いと思いますが助けると思って受けて頂けませんか?」
助けると思ってって……助けて欲しいのはこんな依頼を持ちかけられた俺の方だよ!
「いやいやいや! バジリスクを倒して金貨五枚って報酬おかしいでしょう!? そのへんにいる毒蛇じゃないんですよ!?」
「いえ、まあそうなんですが……普段村が総出で対処していた相手なんですが、ギルドに強い人が来たと噂になってしまいまして……どこかのバカが『ならギルドに任せればいいじゃん』なんて言い出しまして」
なんだそれ……たまたま達人がいたから『先生お願いします』みたいなノリで頼み込むんじゃねえよ、しかもそのシチュエーションなら金は惜しまないのが常識だろうが、何値切ってあわよくばを狙ってんだよ……
「俺はこの村に雇用された人間ではないはずなんですがねえ」
「存じております! そこは理解した上でなんとかこの金額で受けてくれないかなあと……」
「いやですよ、報酬ケチるやつは次も値切るに決まってますもん、それでその値下げした価格が基準になるんですよ? いやに決まっているじゃないですか」
前回はこの価格で受けてくれた、私の苦手な言葉です。
「まあまあ、ここで依頼を受けておけば優先しておいしい依頼を回してあげますよ」
「俺は証文の残っていない口約束をそこまで信用はできませんので」
「でもクロノさんなら倒せるでしょう? バジリスクくらい敵じゃないって言いたげな顔をしてますよ」
どんな顔だ、バジリスク特攻の顔なんてあるなら一度は拝んでみたいものだな。とはいえ実際バジリスクは大蛇なので討伐が難しいわけではないのだが、だから安価で受けてくれというのはまったく別問題だろう?
「じゃあせめてバジリスクの素材をそれなりの価格で買い取ってくれませんか? 綺麗に倒すので値段くらいはつけてもらえるとやる気が出ます」
「そうですね……綺麗に倒したものならそこそこの値段が付きますよ、それにさらに色を付けろと言うことですか?」
「そうです、報酬は依頼者が払うものですが、買い取りはギルドの予算から出るでしょう?」
依頼者が出さないならしょうがない、別のところから金を出して貰わなければならない。幸いギルドにはしっかり金があるだろうし、ギルドから買い取り扱いで報酬を出して貰えるなら悪くない。ギルド自体は村の予算で運営しているので遠回しに村から金をしっかり貰うための手段だ。
「そうですか……そうですね……非常識な価格でなければ高値にしますよ、それでいかがでしょう?」
「分かりました、では素材をギルドで買い取ってくれるということで受けましょう」
「ホントですか!?」
「ええ、ただし『高額で』買い取ってくださいよ?」
ロールさんは顔を引きつらせながらも頷いてくれた。交渉成立だな!
「それで、バジリスクの生息地はどこですか?」
「この前ポイズンリザードの発生した沼の近くです。そこを水場にしているので探せばあっという間に見つかると思いますよ」
そこまで分かってるなら討伐隊でも出せよとは思うのだが、村人が傷つくことと、ただふらっとここに立ち寄った村人が傷つくことはまた別問題なのだろう。俺は所詮よそ者というわけだな、残念ながらしょうがないことだ。
「はぁ……しょうがないですね、さっさと倒してきます」
「はい! よろしくお願いします!」
ロールさんは良い笑顔で俺を送り出してくれた、都合のいい旅人なんだろうなとは思うのだが、立ち寄った場所と諍いを起こして面倒なことになるのは嫌いだ、立ち寄った村が平和だったなら出て行くときも平和であって欲しいと思う。そう思うのが悪いことだとは思わない。
受注処理がされるのかと思ったら、依頼票にはもうすでにギルド印が押されていた。どうやら俺に頼むと決めた時点で断られることはないだろうと決めつけていたらしい。そんなことをよく考えたものだな。図々しいにも程があるだろう。
「それでは、いってらっしゃい!」
良い笑顔のロールさんに見送られてギルドを出た。よく笑顔で送り出せるなとは思ったが、ロールさんなりの『バジリスクごときに俺が負けるはずが無い』という信頼の表れなのだろう。そう思っておかないとイラつくので、都合のいいように考えておくことにした。
そして沼へ向かうため村の出口に着くと門兵はばつの悪そうな顔をしながら無言で門を開けてくれた。そうだよな、村ぐるみでバジリスクを討伐するんだったらこの人は本来先頭に立たされるような役割だもんな、俺に後ろめたいのだろう。
開いた門から無言で出て、沼の方へと足を進めた。索敵魔法には今のところ引っかかっていない。『クイック』を使用するべきか考えて、索敵魔法と静音魔法で静かに近寄った方がいいなと判断した。
そうして歩いて行ったところ、沼の付近に魔力の反応があった。敵意を感じる魔力の塊だ。さすがはバジリスクと褒めてやりたいところだな。
沼に着いたので呑気に水を汲んでそれを沸かして飲んだ。いかにも『襲って来いよ、獲物が来たぞ』という隙だらけの行動を取る、水は魔法で出せるがあくまでバジリスク向けのパフォーマンスだ。シュルシュルとなにかがこすれる音がするのだが、俺は聞こえないふりをして干し肉をかじった。
『さあ、獲物が引っかかっているぞ』
そう思わせて釣り出す作戦は見事成功して、大蛇が一匹茂みから出てきた。
『ストップ』
所詮はトカゲの仲間だ耐性など持っているはずもなくピタリと動きが止まった。
「さて、蛇の急所ってどこだったっけな?」
俺は少し考えてシンプルな結論に至った。
「頭を落とせば死ぬわな」
というわけでナイフに魔力を纏わせてざくっとバジリスクの頭をたたき切った。これなら死体も綺麗だし文句のつけようもないだろう。
「血抜きくらいはしておくか」
頭の切断面を下にして尻尾を木の枝にくくりつける。
『グラビティ』
重力によって蛇の血液はダラダラと垂れ流され、地面に染みこんでいく。しばしそれを待って綺麗に血が抜けたところで時間停止をしてストレージに放り込んでおいた。これでケチのつけようもない素材の完成だ。
そうして村に帰ったわけだが、門兵さんはホッとした様子で息をふぅとはいていた。
「クロノさん、ご無事でしたか」
「ええ、もちろん」
にこやかにそう言って村の中に入った。そしてギルドへと歩を進めた。
ギィ
ギルドのドアを開けると当たり前のようにカウンターに座っているロールさんが出迎えてくれた。この人、微塵も心配してなかったな……
「クロノさんですか、首尾の方はどうでしたか?」
「完璧に仕上げてきましたよ、素材買い取りをお願いします」
「はい、それでは査定場へどうぞ」
そうしてスムーズに査定へと流れていった。
「心配してないんですね」
「クロノさんが心配無用なことは初めから分かっていましたから。信頼ってやつですよ」
それは信頼というものなのだろうか? 俺の力を信用してくれているのかもしれないが、丸投げはどうかと思う。
査定場に入るとロールさんがバジリスクの死体を出してくれと言うので収納魔法でストレージから取り出すと驚く様子もなく査定を始めた。
「ここまで綺麗に狩れるものなんですね……こんなに綺麗なのは初めて見ましたよ。村の皆さんが狩ってくるとボロボロになってますからね……クロノさんもそのくらいにはなるだろうと思っていたのですが……これは高査定をつけざるを得ませんね」
そして俺は査定を眺めなつつ多少の金になればいいだろうなと思いながら待っていた。
「クロノさん、査定は金貨五十枚です。ご不満はありますか?」
「いえ、そのくらい払って頂ければ十分でしょう」
そうして受付で金貨をもらって俺は宿に帰った。その日の夕食は少し豪華だった。理由を聞くと宿のオヤジが持ち回りになっていたバジリスク討伐隊の当番だったが俺のおかげで助かったと言うことでステーキが二枚になったのだった。
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