第285話「グリフォンが出た」
「グオオオオオオオン!!!!」
朝っぱらからやかましい泣き声が宿に響き渡る。安眠していたいというのにこんな大声を出されては満足に眠れないではないか。
「ギャアアアアアア!」
うるさい。以前戦った魔物と同じような泣き声を上げているのでその正体は大体分かるが関わりたくない相手だ。アレは倒すと有名になってしまうタイプの敵だ。
「しょうがない、起きるか……」
渋々ベッドから出て装備を調える。いつもの装備であり、アレを倒すには不自由しないだろう。まあ定住するような魔物でもないし、あのやかましい鳴き声目を瞑ればただの嵐のようなものだ。
俺はなるべく声の方に顔を向けないように食堂に向かった。無意識のうちに泣き声のする方から離れた方向へ店を探しに向かった。そして結局場末の食堂で焼き魚定食を食うことにした。
「ねえ聞いた?」
「聞いたよ! グリフォンが出たんだってね。怖いよね」
忌ま忌ましい名前が聞こえてきたが関わりたくないので俺は魚を切って口へ運びながら聞こえないふりをすることにした。所詮は噂話程度の問題だろう、関わらなければ面倒なことにはならない。幸い金は最近入ってきたのでギルドに顔を出す義理も無いだろう。
アタンドルさんが苦労しているかもしれないが、この町レベルで報酬を出すのならそれなりの人材が討伐なり追い払うなりに参加してくれるだろう。それなりの報酬は出るのだろうが、英雄や化け物扱いをされても困る。
こんな時に勇者連中がいてくれたら賞賛も畏怖も全て喜んで甘受してくれるのになあ……今だけはあの脳天気さが羨ましく思えてしまう。自分の実力など無視して報酬を自信満々に受け取っていたのを呆れながら見ていたがあのくらいの図太さは生きる上では必要なのかもしれない。
「でもグリフォンなんて珍しいよね? 私は久しぶりに見たよ」
「私だってそうよ、前回は今のギルマスが討伐したらしいけど今回も出るのかな?」
「無理でしょ、今じゃあギルマスってちょっと強いおじさん程度になってるらしいよ」
「そっか……まあギルドでどうとでもしてくれるよね」
「でしょうね」
俺はその会話を聞きながらギルマスには会ったことは無いものの実力者であることは知らなかった。それにしても話の端々からギルドでなんとか出来るという言葉を聞いて安心した。俺でなければなんとかならないというのは悲劇でしかないからな。ギルドに人材が多いのはいいことだ。
というわけでグリフォンの討伐はギルドに任せるようにしよう。わざわざ俺が出張っていく必要が無いというのはありがたいことだ。
食べ終わったので店を出ることにした。今日はおとなしく宿に滞在しておくことにしよう。
会計に行くと『お会計は銀貨三枚になります』と言われたので、肉と魚の価格差に現実の身分制度を感じてしまう。肉の方が育てる手間の分だけ高いというのは理解出来るんだけどな。
銀貨を支払ってから、金に困ったら魚を食べればいいようだなと思った。滞在費は稼いでいるが非常時には役に立ちそうだ。
お役立ち知識を得たところで店を出て宿への道を急ぐ。賢い人間は素早い行動をするものだ。決して面倒なことに関わるようなことはしないのだ。今のところ知り合いには出会っていないし宿までコソコソたどり着けば、あとはグリフォンを倒してくれるやつが現れてくれるのを待っていればいい。
「そーっと……」
まさか知り合いに出会うはずもないだろうと思って人混みに紛れて歩いていた。
「あ、クロノさん?」
「えっ!?」
声のした方に目をやるとアタンドルさんがパンをかじりながら歩いていた。
「アタンドルさんですか……今日はお休みですか?」
「そうですよ、まあ休暇が明けたら面倒なことになりそうですけどね……」
「そうですか、休みのあいだにかたがついているといいですね」
「どこかの誰かさんがグリフォンを倒してくれると助かるんですけどね……」
チラチラ俺の方を見てくる。俺は何もしないぞ、面倒なことは嫌いなんだ。
「ちなみにギルドに治安維持のためとグリフォンへの討伐賞金がかかってますよ」
俺は少し悩んだ末にアタンドルさんに問いかけた。
「それで……いくらほど賞金がかかっているんですか?」
「始めは金貨千枚だったのですが……誰も討伐に行かなかったので昨日帰りに見たときには金貨五千枚になっていましたね」
「五千枚……」
「ではクロノさんごきげんよう。何がとは言いませんがいい報告が出ることを祈っていますよ」
「さあて……俺は何もしませんがねえ……」
「そういうことにしておきましょう」
こうしてアタンドルさんと別れた。グリフォンの鳴き声は町の外、東の山の山頂から聞こえてきている。経験則だが鳴き声を聞くかぎりそれほど成長はしていないようなので叩けば潰れる程度の相手だろう。
金貨五千枚はありがたい。そこそこの金だ。しかも相手は倒すのに苦労しないであろうと来ている、つまりは金が転がり込んできたようなものだ。
「うし……! 行くとしますかね」
俺は町の出口に行って門番に『ちょっと所用を足してきます』と言って外に出た。
『クイック』
加速魔法を使用してさっさと目的の山頂に向かうことにした。風のように素早く駆けていき、町から見えている山の麓にたどり着いた。
「グオオオオオオン!!!!」
やかましい鳴き声が聞こえてくるので良い道案内になる。迷うことなく目的地へと向かっていく。あっという間に鳥頭が見えてきた。手負いということもなく元気に現地の生き物たちを鳴き声で威嚇していた。まったく、生態系が壊れるだろうが……
『ストップ』
「ギャアアアアアス!」
俺の時間停止をかけても平気で動いているグリフォン。時間停止への耐性くらいは持っているようだな。
『グラビティ』
重力魔法で地面に縛り付ける。こちらは空間に干渉している魔法なのでいくらグリフォンが魔法に耐性を持っていようが関係ない。
「よう鳥頭! 人間ごときにやられる気分はどうだ?」
「グゥス……」
「まともに鳴けもしないのか。人間に迷惑をかけるとこうなるんだぞ」
俺はグリフォンの頭上めがけてナイフを振り落とした。重力魔法で重くなったナイフは勢いよく頭を砕いてグリフォンは死骸となった。
俺は証拠としてくちばしを切り取って残りは素材として売却出来るように時間停止してストレージに入れておいた。死体になってまで時間停止に耐性を持てるほどの生き物ではないということだ、弱肉強食ってな。
そしてギルドに行ってグリフォンのくちばしを差し出して金貨のたっぷり入った袋を出してもらい、その日は終わった。後日、アタンドルさんに会ったときに『私のお手柄にして欲しかったですね』と言われたのはまた別の話。
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