第262話「アイアンボアの討伐」

 ギルドに入るなりロールさんが俺に微笑んでくれた。受付としての愛想なのだろうが少しドキッとした。しかし同時に俺は警戒もしていた。ギルドで愛想よくされるのは大抵面倒事を押しつけたいときだからだ。


 カウンターに歩いて行ってロールさんに『何か用があるんでしょう?』と訊ねた。


「クロノさんは勘がいいですね……これを」


 スッと差し出してきた依頼票には『アイアンボアの討伐、報酬金貨二枚』と書かれている。アイアンボアか……食べると美味しいが凶暴で討伐が大変な魔物だな。まあ俺のナイフならアイアンボアの毛皮くらい軽く貫けるはずだが。


「これを受けて頂けませんか? この村には倒せる人がいないんですよね」


「これだけギルドが賑わっているのにですか?」


 俺が周囲を見渡すと全員が目をそらした。


「皆さんお酒を飲みにいらっしゃった方々なので……」


 なるほど、メシを食いに来たというのに命に関わる依頼など受けてたまるかと言うことか。多くは無いだろうが村人もいるようだし、実質ここは酒場みたいなものか。


「報酬から察するに数匹の討伐ですか?」


 金貨二枚で倒してくれと言うなら数匹倒せば十分な金額だろう。命がけの依頼にしては安い気もするがアイアンボア程度に苦戦しているようでは先が思いやられるからな、倒せる相手には余裕なのではあるが。


「その……群れで森を荒らしているので全部片付けて頂けると……助かります」


 申し訳なさそうに言うロールさん。群れと言うことは十匹はいるだろう、それを倒せというのに金貨二枚は安い、しかし俺にとっては難しい依頼でもないので受注しても構わないだろう。問題があるとすれば安値で受けるとそれが相場になってしまうことくらいだ。


 普通に考えれば力の安売りなのだがこの村が貧乏なのは知っているのでしょうがないだろう。


「分かりましたよ、受けます。その代わり素材は別料金で買い取るか俺の物にするかですよ、それで構いませんか?」


 ロールさんは笑顔で俺に対して頷いた。


「はい! その条件で是非お願いします!」


 俺は依頼票にギルド印が押されるのを眺めながら『面倒なことは俺の所へ集まってくるのだろうか?』と益体もない疑問を浮かべていた。


「ではクロノさん、ご質問はありますか?」


「そうですね……これも魔物が活性化している影響ですか?」


「いえ、この前の魔物討伐で減った魔物の分新しいやつが入ってきまして……」


 要するに俺のせいということか。狩っても狩ってもキリがないな。勇者連中が真面目にやらないせいだぞ。まあそれを放置している俺の責任でもあるわけだがな。


「そ、そうですか……では森へ討伐に行ってきますね!」


 深く関わると俺の失態をなじられる可能性もあるので会話を打ち切ってギルドを出た。後ろでは世間話をしている呑気な連中がいる、連中の平和な生活のためにも助けてやるとするか。


 出口に着くと門兵もいい加減慣れたのか『また依頼かね』と聞いてきたので、『そうですよ、まったく無茶が多くて困ります』と答えただけで門を開けてくれた。この門兵さんがアイアンボアが群れていることを知っているのかは知らないが、何か面倒なことをしてくれるとは察したらしくなにも訊くことはなかった。


 村を出て、村を囲っている森の中へ分け入っていく。どこに群れているのかは聞いていなかったが、索敵魔法を使えば一発で分かる。南の方に池があってそこに数十匹の反応が出た。


 やはり野生のイノシシとそう変わらんな……アイアンボアの魔力反応を見てつくづくそう思う。持っている魔力が一般的な動物より少し多いくらいだ。まあこれはフィジカル面を無視した意見だが時間停止をかけるには魔力耐性が重要なので、そこが多くないなら雑魚同然ではある。幸い知恵もない相手なので倒すのに罪悪感は少ないし、倒したあとは食料や素材になるので悪くない。


 そんなわけで俺は南へ向かった。太陽光と森の空気が心地よい。依頼でなければ呑気に安全を確保して寝るようなところだ。残念ながらコイツは依頼なんだよなあ……まったく因果なものだな。


 雑魚狩りに向かうには少々重武装だが、森の中に入る以上しょうがない。アイアンボアに傷つけられる確率よりも森の木の枝などでひっかく確率の方がよほど高い。ということで、袖を絞れる服と、厚手のズボンをはいて森を進んでいく。


 そろそろだな……


 池が見えるところまで来たので『ストップ』を広範囲に使用した。周囲のものが動きを止め、俺以外に干渉出来ない状態になる、それを確認してから池のまわりに踏み出した。


 そこには人ほどの高さのあるアイアンボアが総出で水を飲んでいる光景が広がっていた。水場としてここを群れの本拠地にしたのだろう。おかげさまで見つけやすくて助かる。


 ズプリ


 やや手応えのある感触がこのデカいイノシシに突き立てたナイフから伝わってくる。やはりイノシシよりは皮膚が硬いようだ。


 そうして軽々とアイアンボアの急所である喉を切り裂いていった。二三十匹はいたものの、その程度は楽勝だし時間停止に耐性はない。楽勝過ぎる相手だ。


 そして全部の個体の喉を割いたところで時間停止を解除した。苦痛に叫び声を上げようとしたアイアンボアも喉を刺されているので叫びは口から血となって噴き出した。


 喉を切り裂いたのは血抜きのためでもある。本物の猟師ほど器用ではないがこうやって一番血が出る場所を切っておけば多少は食べやすくなると知っているだけだ。


 血が出きったところで収納魔法でストレージに放り込んだ。手軽な相手であって助かった。これで金貨二枚か……素材としての価値の方が高そうではある、アイアンボアは毛皮がそこそこ高値で売れるのではじめに素材は納品しないという条件を出して置いたのは正解だった。


 そして村に帰ると門兵が『首尾は上々といったところかな?』と訊ねてきたので『報酬なりの仕事はしますよ』そう言って笑い合ってから村に入った。


 太陽は傾きつつあったので、ギルドに入ると朝より酒を飲んでいるやつが増えていた。気楽なものだと思うのだが、俺にも責任の一端があると考えるとそれに文句をつけることはできない。


 ロールさんが、『あの人が失敗するはずがない』という顔をして俺を迎えてくれた。


「クロノさん、アイアンボアは討伐出来ましたか?」


「ええ、綺麗さっぱりと」


 そう答えるとストレージからアイアンボアから切り取った前足を出す。それを見せて討伐の確認は終わった。


「それでは安いですけど報酬になります」


 金貨二枚を渡してきたので懐の財布に入れる。この程度の額なら収納魔法を使うまでも無い。


「ありがとうございます、助かりました。その……この村を嫌いにならないでくださいね?」


 安い報酬は分かっているのか申し訳なさそうにそう言うロールさんに、『勇者が悪いんですよ』とはとても言えず、ギルドで一杯飲んで宿に帰ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る