第263話「エナジー酒を飲んだ」

 俺はここ最近の依頼が面倒な割に報酬が低かったことに疲れていた。こんな状態でロクなパフォーマンスを発揮出来るとは思えない。もちろん負けるようなことは無いのだが、気が進まないと言うことはどうしようもない事実だった。


 ギルドに行く前に食堂で肉を食べておいたのだが、なんだか気のせいだとは思うのだがいつもより味が落ちているような気がした。


 しかしギルドに顔を出さないわけにもいかないので俺は渋々ギルドへ向かった。一応ギルドを通さない依頼というものもあるが大抵そういうのは報酬で揉めるものだ。脅して支払いをきちんとさせることは簡単だが荒っぽいことはしたくなかった。


 そしてギルドに入るとロールさんは今日も笑顔で出迎えてくれる。面倒な依頼を押しつけられるのも嫌なので、ロールさんに酒を一杯頼むことにした。


「ロールさん、エールを一杯」


「クロノさん、まだ朝ですよ?」


 正論をぶつけてくるロールさんだがこのギルドには朝から飲んだくれているやつが大量にいる。金を持っているのは羨ましいのだが、俺もその程度の余裕はあるので一人くらい増えても変わらないだろ。


 ロールさんは疲れている俺の顔を見て思案している様子だった。


「クロノさん、エナジー酒に興味はありませんか?」


「聞いたことのない酒ですね。この町の特産ですか?」


「いえ、そういうわけではないのですが……旅の商人がうちに卸していった品です。なんでも疲れが飛んで気分が高揚しハードな仕事でもこなせるようになるそうです」


 どう考えてもヤバい品のような気がするのだが、俺の心がそれを求めていた。この不愉快な疲労が解決するなら飲んでみたい気もする。


「クロノさんには無茶な依頼をこなして貰いましたし一杯ギルドで奢りますよ」


 その言葉で俺は飲むことを決めた。タダ酒ほど美味しいものはないからな。毒薬というわけでもないのなら飲んでみたいと思えた。


「ではせっかくですし、一杯頂きましょうか」


「分かりました! 一瓶持ってくるので少々お待ちください」


 そしてロールさんは奥の方へ引っ込んでいった。そして今に至って味について質問していなかったことを後悔した、身体に良いものはあまり美味しくないという原則のような物がある。料理人が上手に調理しないと食べられたものではないような植物などもあるので、クソマズいものが来ても文句を言えないことに後悔をした。


 そして俺はしばし考え込んでいると、ロールさんが小瓶を一本持って戻ってきた。


「これがエナジー酒です、一本どうぞ」


「へえ、これがですか」


「飲んだ人曰く不味いわけではないらしいので安心して飲んでくださいね」


 それを聞いて少し安心し瓶を開け、一気にエナジー酒をあおった。


 途端に身体の奥から熱っぽい魔力を感じて、魔力があふれてきた。身体の疲れも綺麗に飛んでくれた。そしてなにより特徴的なのは気分がよくなったことだ。普通の酒を飲んだときのふわふわするような心地よさではなく、心の底から精神力があふれてくるかのような心地よさだ。


「これは効きますね、味の方もなかなか……」


「でしょう! 私は苦労しているときにそれをこっそり飲んでいるんですが、作業がとても捗りますよ!」


 仕事をもう少しいい加減にした方がいいのでは無いだろうかと思う発言をロールさんはする。


「クロノさん! ところで是非受けて頂きたい依頼があるのですが……」


「受けます受けます! 報酬はいくらですか?」


「金貨三枚ですね」


「悪くないじゃないですか」


 この村では高い方になる依頼だ、やる気が満々になっているので是非とも受注したい。


「それで、どういう依頼なんですか?」


「キラーグリズリーの討伐ですね、森の中で目撃例があったので討伐してくれとのことです」


「分かりました! 受けましょう!」


「ありがとうございます! それでは受注処理をしておきますね!」


 そしてトントン拍子に依頼の受注処理は進んでいき、俺がキラーグリズリーを討伐することになった。大熊程度どうとでもなるだろう。


「ではご武運をお祈りしています!」


 そうして気持ちよく俺はギルドを出た。村の出口に行って『キラーグリズリーを討伐するので開けてくれ』と言うと『一人かい? 悪いことは言わないからやめた方が……』と言われたが、俺なら余裕で倒せるからと主張したら諦めたように門を開けてくれた。


「死ぬなよ?」


「当然」


 それだけ言って俺は村を出た。森まですぐなのでさっさと森に入ると『広域索敵魔法』を使用した。大量の情報が入ってくるので頭がパンクしそうになる大技だが、今の俺には不可能は無いような気がした。


 脳内に大量の情報が入り込んでくる。昆虫まで含めた魔物達を片っ端から位置を検知していき、頭の中ではそれを適切に取捨選択して、大きなものだけをより分けた。


「よし……キラーグリズリーはこれだな……」


 結構なサイズの魔力反応があったのでおそらくそれだろう。俺は『クイック』を使用して暴風のようなスピードで森の中を駆け抜けていった。すぐに灰色の毛をした人間三人分くらいの大きさのある隈を見つけた。


『ストップ』


 何故かは知らないが自己の力を誇示するようにキラーグリズリーの動きを止めた。この程度の相手なら『クイック』で加速した速さに追いつけないのだが、やる気が出ているせいだろうか、ついついおまけで使ってしまった。


 ザクザク……ザクザク……


 俺はどうかしているのかもしれない。命を絶つだけなら首を落とすだけでいいはずなのに、この大熊の喉笛を、心臓を、腹を、ナイフで突き刺した。普段ならここまでオーバーキルはしないはずなのだが心が大きくなっているのだろうか、自分の中の凶暴性が止められなかった。


 返り血で染まったところでようやく突き刺すのをやめ、時間を動かした。キラーグリズリーはなにが起きたかも分からず倒れた。おそらく傷からの出血も大量だったので、時間を動かした瞬間に意識が途切れただろう。


「余裕だったな」


 ボロボロのキラーグリズリーの死体をストレージに入れギルドに帰ることにした。村に入るときに俺の心配をしていた門兵は全てを察したのか俺を無条件でなにも訊かずに通してくれた。


 ギルドに入るとロールさんが俺の様子を見て少し顔を引きつらせたのが分かった。


「成功したんですね、報酬です」


「え? 俺はまだ討伐の証拠を出していませんけど?」


「それだけ返り血にまみれていたらいくら何でも分かりますよ。宿で洗っておいた方がいいですよ」


 そこに至って俺は自分の身体を見て、着ているものが大量の血に染まっていることに気がついた。俺は報酬の金貨三枚を受け取り気分よくギルドを出た。ギルドのドアを開けたときに『やり過ぎましたかね……』というロールさんの言葉が聞こえたような気がした。


 俺は目に付かない場所で時間遡行を使って服に付いた血を全て落とした。さすがにあの格好で宿に入ると宿に血がついて嫌な顔をされるだろう。


 そして無事宿に帰って夕食も食べずに寝てしまった。翌日目が覚めたときに俺はようやくエナジー酒はあまりいいものではなく、身体がだるくてろくに動けない一日を過ごした。その日は食堂で食事をする以外に部屋から出ることは出来なかった。あんなものを平気で飲んでギルマスをやっているロールさんには恐怖さえ覚えるのだった。

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