第261話「村の治安維持」

 朝食に牛のステーキを食べていると客として入っている村人からの噂話が嫌でも耳に入ってくる。


「知ってるか? この前薬草を採りにいったハム爺さんが怪我をしたらしいぜ」


「知ってる、最近魔物が増えたよなあ……」


「勇者達が魔族を狩ってるはずだろ? なんで弱体化しないんだろうな?」


「まあお上の考えることは分からんよ」


 どうやら勇者達もあまり真面目にやっていないらしい。あいつらだって正義感くらいは持っているだろうに、それがいくらか歪んでいようと皆のために戦うのが勇者の仕事だろうに……


 俺はなんとなく『元勇者パーティーメンバー』だったということを恥ずかしく感じてステーキを一気に噛みちぎり宿を出た。


 まったく……勇者どももアレだけ助けてやったのだから真面目にやれば良いものを、まあそれを全て記憶として残していないのだから学習するはずもないだろうな。勇者のお守りをやめたとはいえ多少の罪悪感を覚えないでもない、頼むから真面目に生きてほしいものだ。


 やる気を削がれてしまうのだが日課のようにギルドに向かった。なんだか足が重いような気がするのは気のせいだろうか? 居心地が悪い気がする原因に文句を言っても当人が記憶にないのだからしょうがない。しかし人格者になれとは言わないが討伐くらいは頑張ってほしいものだ。


 重い足でギルドに入るとロールさんが酔っぱらいをあしらっていた、暇なんだろうな、みんな。


 とりあえずクエストボードを眺める。様々なものがあるが報酬が良いものは貼り出されていない様子だった。外れかなあ……と気が進まないまま見ていたのだが、一枚の隅の方に貼り出されていた依頼に目がいった。


『村の周辺の治安維持、魔物の討伐をお願いします、報酬銀貨二枚』


 はっきり言ってクソ依頼でしかない。討伐依頼のくせに破格の報酬だ。この金額で依頼を受けてくれる奴がいるとでも思ったのだろうか? 頭の中がおめでたい人が出した依頼なのかと思い、発注者を見ると『村議会』と書かれていた。まさかの村ぐるみでこの報酬の渋さだ。呆れを通り越して声が出ないのだが、朝食中に聞いた不穏な噂が気になった。


 俺は別に善人というわけではない、むしろろくでもない人間に分類されるのではないかと思うのだが、勇者パーティ元メンバーという重い枷が手についている。これを受けるのは義務なのではないだろうか?


 なんとなくそんな考えが浮かんでしまった。一度浮かんだ考えは勇者達が魔族を放置して貴族連中のご機嫌とりに始終しているというクソみたいな妄想に発展していく。これは妄想に過ぎないのだが、無根拠な妄想と断言出来ない程度には勇者達は信用出来ない。


 多少の責任は感じてしまうのでなんとなくその依頼を剥がしてロールさんのところへ受注に行った。


「ロールさん、この依頼を受けたいのですが構いませんか?」


 ロールさんは酔っぱらいを押しのけて俺の提出した依頼票を見て奇妙な顔をした。


「クロノさん……本当にこの依頼を受けるんですか? ギルドとしては助かるんですけど……この依頼は……その……なんと言いますか」


「難度の割に報酬がバカみたいに安いってだけでしょう? 何もかもを話したくはないですが、俺はこの依頼に運命……いや、義務みたいなものを感じたんですよ」


 俺の言葉を聞いてロールさんは深く頷いた。なんだか感銘を受けている様子だが、俺はただ、かつて仲間だった連中の尻拭いをしようとしているだけだぞ、どこにも褒められる要素などはないはずだ。


「そうですか、クロノさんはこの村のために戦ってくださるんですね! 私、感激しました! ギルドに来る人でそこまで高い理想を持っている人は初めてです!」


「え……えぇ……」


 言葉に詰まった。なんだか勇者達のことは絶対にバラさない方が良いような雰囲気が出来てしまった。ここで勇者達が魔族の弱体化に本気にならないからやってるんですと言うと顰蹙を買うだろうな。


「それでは、町の周囲で魔物を狩って頂けますね? ここだけの話一匹でも依頼は達成と言うことになるので無茶はしないでくださいね?」


「ええ、魔物相手に一々危なっかしいことはしませんよ」


「では受注処理はこれで完了です! クロノさん、ギルドを代表してあなたに感謝しますよ」


「代表って……一人じゃないですか」


「ハハハ……それもそうですね、村の代表くらいに言った方がよかったでしょうか?」


「まあ感謝の気持ちは伝わりましたよ、それでは倒してきますね、討伐の証拠は回収が必要ですか?」


「実のところ必要無いんですよねえ……発注した側も無茶は承知なので受けてくださった時点で完了なんですよ、まあそれは伏せてくださいとは言われたんですがね、ここだけの話ですよ?」


 向こうも無理筋なのは承知の上と言うことか、なら随分と気分が軽くなる。適当に町の周辺をうろつくだけでいいわけだ、余裕でしかないな。


「では行ってきます」


「ご武運をお祈りしていますよ」


 こうして俺は村の出口に向かった門兵は『あの依頼を受けたのか!?』と少々驚いていたようだったが、すぐに仕事の顔に戻って門を開けてくれた。俺は軽く門兵に微笑んで村の外の原野に出た。ここにいるのは雑魚ばかり、大量だなっと……


 ヒュン


『ストップ』


 俺の方へ角を向けて飛び込んできた一角ウサギを止めてナイフを喉に突き刺した。時間停止を解除した時点で早速十分すぎるほどに依頼の目的は達成した。倒さなくてもいいわけだが、そこはサービスというものだろう。


 俺は村の周囲をぶらぶら歩く。村人が出てくる範囲の魔物を狩っておけば十分だろう。


「キュルルルルル……」


 トカゲが出てきたのでサクリとナイフを刺す。まだ朝早いので動きがのろい、余裕で倒せる相手だ。


 それからアンデッドや犬、大鷲など様々な敵を倒した。大鷲は空から襲いかかってきたので動きを止めたら羽ばたきが止まり、当然地面に落ちて絶命した。とどめを刺す必要すら無かった。


 そして魔物達のからの一部、出来るだけ汚くないように爪の欠片や歯の一本などを切り取って一応証拠として確保しておいた。アンデッドについてはエンチャント済みナイフで切った途端に灰になって崩れたので無視した。どちらにせよ屍肉をストレージには入れたくなかったのでちょうどよかった。


 そして一通りの討伐を終えギルドに帰って自慢出来るには十分な成果を集めたのだが、魔物の数と村の規模から言っておそらく数が増えていることは予想が出来た。勇者達の精神を教育しなかった俺の責任は案外重いのかもしれない。


 揚々と入り口に向かって門を開けてもらうとその際に『首尾はどうだったかね』と訊ねられたので、『そこそこ倒しましたよ』と答えると、村を警備しているからだろうか、少しばつの悪そうな顔をしていた。


 ギルドに入るとロールさんが真っ先に声をかけてくれた。


「クロノさん! 無事でしたか! 少し心配したんですよ!」


「そんな心配をしなくても俺は死んだりしませんよ」


 そう言ってカウンターに向かい、魔物だったものの一部をポトポトとストレージから取り出した。死体をまるごと入れていなかったが、大したことのない魔物だったので構わないだろう。あの程度なら売っても大した金にはならない。


「こんなにたくさん倒したんですか!?」


「いえ、たったこれだけですよ。大した敵はいませんでした」


「そ……そうですか、報酬はこちらです」


 俺は銀貨二枚をもらって懐に放り込んだ。今回の作業は慈善事業みたいなものだったな。


「ありがとうございます! クロノさんに良い依頼があれば優先的に回しますので是非また来てくださいね!」


「依怙贔屓はダメですよ、それじゃ、また明日」


 それだけ言ってギルドを出た。俺は勇者達がやる気を出していないことにはがっかりしたのだが、それと共に『死んだ』という噂を聞かなかったことに安心した。どれだけ嫌なやつだろうと同じパーティを組んだ仲だ、死んでくれて嬉しいなどという感情は持っていない。少しだけ軽くなった足取りで俺は宿に帰るのだった。

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