第260話「一角ウサギの討伐とウサギ料理」

 その日は宿の朝食のために食堂に向かった。食費込みなら当然食べておきたいところだ。


 食堂は割と賑わっており、皆美味そうに食べていたので俺も安心してメニューを訊ねた。


「ここのお勧めはなんですか?」


「牛肉のハンバーグですね、皆さん美味しいとおっしゃっていますよ」


「じゃあそれで、それとエールを一杯」


 朝から飲む酒は美味いものだ。金には余裕があるので問題無く食べて飲んでが出来る。しかし牛肉なのか、野生のオークの方が育てる必要が無くて安上がりなはずだが、金をかけているんだな。


「お待たせしました」


 ハンバーグと白パンが運ばれてきた、ここの朝食は宿泊費込みの割にはなかなか金をかけているようだ。少しだけ料金が高いだけのことはある。


 ハンバーグを切り分けるとジュウと肉汁があふれてきた。それを口に運ぶとじゅわーっと肉の旨さがあふれた。美味しい……旅の途中でまともな飯を食っていなかったのに突然こんなものを出されたら一気に食ってしまうだろう。


 白パンをかじって肉を食べるとパンの味が肉の味でかき消される。とにかく肉が美味かった。出来れば毎日このメニューがあるとありがたいな。


 最後の一切れを惜しみながら口に入れてよく噛む。金を払えばもう一皿もらえるのだろうがそちらは別料金だ。ならばギルドに行って金を稼いで夕食で食べた方がいいだろう。


「ごちそうさま」


 俺はそう言って席を立ちギルドに向かった。この村はなかなか景気がいいらしく、ギルドに向かう途中に客引きをしている店をいくつか見かけた。武器屋まで客引きをしていたのでよほど景気がいいようだ。


 商店街を抜けてギルドにたどり着く。ドアを開けると昨日はあまりいなかった人たちが朝食を食べに集まっていた。割と冒険者も多いらしく県を腰に携えたまま酒を飲んで潰れているやつもいる、朝からその調子では生活出来ないのでは無いだろうかと思うのだが、多分普段はまともにやっているのだろう、そう思っておこう。


 俺はクエストボードを眺める。あまり良い依頼はないので一番報酬が高い一角ウサギの討伐を剥がしてカウンターに持って行く。


「あら? クロノさんじゃないですか、それを受けるんですか……」


「ロールさん、なんか疲れてます?」


「あそこで食べている皆様の給仕も私のお仕事ですからね……」


「苦労してるんですね」


「まあこれもお仕事ですからね……人員を増やしてくれとは言っているんですがね……」


「お疲れ様です、それで一角ウサギの討伐を受けたいんですけど」


「ああ、その依頼ですか。実力の方は……この村まで来れたんなら問題無いですね。そのへんで一角ウサギを狩ってくださればいいですよ。それと成体をお願いしますね、時々巣にいる幼体を捕まえて『これでも一匹だろうが!』って怒鳴る方がいるので……クロノさんはそんなセコいことはしないと信じていますが一応ね」


「もちろんですよ、そんなセコい真似はしません。一角ウサギくらいそんなことしなくても狩るのは簡単ですからね」


「そう言って頂けると心強いですね、種々雑多な相手をしていると心がすり切れそうになるんですよ」


「それは……大変なんですね」


「だからクロノさんみたいにまともなやり方をしてくれそうな方が貴重なんですよ……」


「ではちょっと狩ってきますね」


「ええ、死なない程度に頑張ってくださいね」


 雑に見送られ俺は村の門に向かった。門兵は依頼票を見せるとあっさり通してくれたのだが、『死ぬなよ』と声をかけられてしまった。どうやらこの村ではあまり狩りというのが一般的ではないらしい。報酬は金貨一枚だが、討伐対象は一角ウサギ五匹、対象の数の少なさを考えるなら妥当な報酬だろう。しかし何故比較的まともなこの依頼が残っていたかを考えるとこの村にいる連中の実力は推して知るべしというものだろう。


 村を出ると索敵魔法を使う。じっくり探すのが面倒くさいからただの手抜きである。こんな安い依頼を真面目に受けてなどいられない。


 早速ウサギ程度の魔力に当たったのでそちらへ向かう。そこには一角ウサギが一匹傷を負って足を引きずって歩いていた。


「一匹目っと……」


 サクリとナイフを刺して一匹目をストレージに入れる。死体になっていなくてよかった。痛んでいると食用には適さないからな。依頼票の依頼人欄が食堂になっているのでおそらく食用だろう。治安維持が目的なら死体でも構わないのだがな。


「グルオオオオオオ」


『ストップ』


「気付かないとでも思ったかマヌケめ」


 俺は先ほどのウサギを傷つけたであろうイビルキャットに時間停止をかける。傷ついていたと言うことは傷つけた敵がいたということで……つまりはコイツが犯人だと言うことだ。


「討伐対象じゃないから金にならないんだけどなあ……」


 不要な討伐は気が進まないが、この手の魔物は人間に害をなすこともあるからな。悪いが人間代表として殺させてもらおう。


 ナイフを首に突き立てるとするりと入って時間停止を解除した途端に血を噴き出して倒れた。墓でも建ててやろうかと思ったが、この死体を食って生きていく生物もいることを考えて放置することにした。


 その調子で目標の五匹は順調に狩ることが出来た。魔物の邪魔も何回か入ったが軽く倒しておいた。治安維持にもなって褒められることをやったという自負はある。


 魔物の死体は討伐対象ではないので全てその場に放置しておいた。あまりギルドに持って行っても金になりそうな奴がいなかったというのも大きな理由だ。


 軽く一角ウサギのノルマを終えた俺は村に帰ると門兵が『収穫無しか?』と訊ねてきた。ストレージから一匹出してみせると肩をすくめて『久しぶりに見たな』と言っていた。村に収納魔法持ちが来ることは少ないのだろうか?


 ギルドに行くとロールさんが待っていた。


「クロノさん、無事みたいですね。討伐出来ませんでしたか……まあしょうがないですよ!」


「いえ、ちゃんとしてますよ」


 カウンターにストレージから一角ウサギの死体を五匹分出す。驚いているロールさんに俺は報酬をせびった。


「ではこれで問題ありませんね! 報酬をお願いします」


「は……はい!」


 金貨を一枚もらって宿に帰った。その日は金貨を一枚もらったはずだったのだが翌日起きると持ち歩いている財布の中身は銀貨が五枚になっていた。よく思い出してみると『美味い美味い』と言ってハンバーグを何個もおかわりしたことを思い出した。どうやらこの村で金を貯めるためには食欲を律することが肝心なようだった。

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