第259話「薬草採集がおいしい依頼ってなんだよ……」

 この宿は朝食と夕食がサービスされるので、朝食は期待をして食堂に行った。そこには俺以外の客が誰一人いなかった。宿の食堂は宿泊客以外にも開放されているそうなので、その上で客がいないのは不吉を感じさせた。


 しかし、席について見ないとなにが出てくるかは分からない、案外美味しいものが出てくるかもしれないという一縷の望みにかけて俺は席に着いた。


「クロノさん、宿の朝食セットで構いませんか?」


 給仕をしているのは先日受付をしていた奥さんだ、この村には労働力も足りないらしい。


 ジュウと肉の焼ける匂いが漂ってきた。珍しいな、この額なら野菜のみの料理も覚悟していたのだがきちんと肉も出るのか。


 そうしてしばし待っていると俺の前にパンと挽き肉を卵と絡めて焼いたものが出てきた。


「美味しそうですね」


 俺が思わずそう言うと、奥さんは申し訳なさそうに言う。


「粗末な食事で申し訳ありません、主人がオーク狩りをサボっているので牛肉なんですよ。本当ならオーク肉の串焼きを出したいんですがねえ……」


 俺は卵とじを一口食べて『美味しい』とこぼした。


「オーク肉は結構食べましたが牛肉も良いものですね。ここの料理は他所に比べて負けているようなことはありませんよ」


「まあお上手ですね……明日には主人のケツをひっぱたいてでもオーク肉を確保しておくので期待してくださいね?」


「ハハハ……程々にしておいてあげてくださいね」


 ご主人、結構サボり気味なようだが、奥さんには勝てないようだな。


「ごちそうさまです、それじゃ、ギルドに行ってきますか」


「いってらっしゃいませ、無事に帰ってきてくださいよ? ちゃんと宿代は先の分まで頂いているんですからね?」


「そう簡単に死にませんので安心してくださいよ」


 そう言って宿を出た。しかしこの村はあまり景気がよくなりらしく、あまり依頼には期待出来ないなと思った。その理由は町のあちこちに貼ってある貼り紙だ。迷い猫の捜索から、ゴブリンの討伐まで貼ってある、しっかり報酬も貼ってあるのでおそらくギルドに出す手数料をケチってこういう事をしているのだろう。直接取り引きはリスクが伴うので俺はギルドで依頼を受けることを選んだ。


 ギルドについてドアを開けると気怠げなロールさんが物憂げにクエストボードを見ていた。俺もその方向に目を向けると結構な量の依頼が貼ってあり、一見憂鬱そうに見る理由は無いと思うのだが、近寄ってそれを読んでみてその憂鬱そうな視線の理由が分かった。


 とにかく薬草採集が多い。というかほとんどがそれだった。討伐依頼はほぼ無く、納品希望品なども貼り出されていなかった。要するに『安い』依頼でクエストボードが埋まっていた。


「クロノさん、ここでまともな依頼を期待しても無駄ですよ、薬草採集くらいしかないので諦めて受注してくださいね?」


 その言葉に俺は諦めを感じ、薬草採集の依頼を『薬草グレード問わず』になっているものを剥がしてカウンターに持って行った。


「はいはい、薬草採集ですね? クロノさんも災難ですね、こんな依頼しか無いギルドに来るなんて。てっきり他の旅人みたいに直接取り引きをするかと思いましたよ」


「俺ももう少し旨みのある依頼を受けたいんですがね……直接取り引きはトラブルの元なのでやめておきたいんですよ」


 勇者がギルドに払う手数料をちょろまかそうとして直接取り引きをした結果、踏み倒されるという悲惨な依頼を受けてしまったことを思い出した。怪しいからやめておけと忠告してやったのにアイツは聞きもしなかった。


「そうですか……何か経験がおありのようですが深くは聞きませんよ。この薬草採集でいいんですね?」


「ええ、納品の欄にあるあればあるだけ買い取るという条件に間違いはないですか?」


 そう、俺がこの依頼を選んだ理由はこれだ。薬草採集なんて草刈りのようなものなので大量に集めればそれなりの金になる。しかも薬草の種類指定は無しだ。俺のために用意されたかのような依頼だった。


「では、ササッと薬草を刈り取ってきますね!」


 そう言ってギルドを出ようとしたところでロールさんが声をかけてきた。


「採集用のカゴを忘れてますよ!」


 その声に俺はストレージから刈り取るための鎌を取りだして見せ、収納魔法が使えることをアピールしておいた。それを見て納得したであろうロールさんはそれ以上言わなかった。


 町の出口でギルドにて依頼を受けたと説明をすると、一時的に外出をさせてくれた。日をまたがないようにしてくれと門番に言われてから俺は薬草の茂る平原に出た。


 門番に種がバレるとよくないのである程度離れたところで鎌は使わず『ウインドエッジ』で地表にあるものを刈り取った。あっという間に地表が土になる。薬草の方はストレージにまとめて収納する。


 辺り一面を刈り取られた土が見える地面になるのに時間はかからなかった。これ自体はチョロいのだが、しっかり後始末をしておかなければ、後々薬草を採りに来た人が困ってしまうだろう。


『オールド』


 ぐんぐんと薬草が成長していき、元の緑の平原に戻ってしまうのに時間はかからなかった。元のクオリティと変わらない薬草が元と同じだけの成長をした時点で時間加速を解除して、依頼は問題無く完了した。


 ギルドに帰るため門を通ろうとすると門番に『薬草採集じゃなかったのかね? 薬草を持っていないようだが……』と訊ねられたので、ストレージに手を突っ込んで薬草をひと掴み見せてみると『収納魔法持ちか……』と納得してくれた。


 門を通してくれたのでギルドに納品に向かう。周囲の誰もが薬草を大量に持っているなどと思っていないのだろうなと思うと優越感を抱いてしまう。


 そしてギルドのドアをくぐりロールさんに納品報告をする。


「必要量は回収してきましたよ! 買い取ってくださいね!」


「それは構いませんが……どのくらい集めてきたんですか?」


「たっぷりですよ」


 それだけ言って察したらしいロールさんはギルドの査定場に案内してくれた。


「それでは取ってきた薬草を出して頂けますか?」


「任せてください!」


 ドサア!


 大量に出てきた薬草にロールさんは驚いている。


「採集してきた分だけ買い取ってくれるんですよね?」


 にこやかに俺がそう尋ねると、ロールさんは『限度ってものがあるでしょう……』とは言いつつも、依頼者に話を付けて金貨十枚を支払うということにしてくれた。なお、その交渉の途中で『次からは限度額を設定しますよ』と言っているのが聞こえた。まあ俺以外あんなにたくさん薬草を集めてくる暇人はいないだろうから問題無いだろう。


 依頼が終了して報酬をロールさんから受け取るときに小声で『とんでもない人が来ましたね……』とまるで俺が非常識であるかのようなことを言っていた、大いに納得がいかないが金はもらえたのでよしとしよう。


 その晩、宿の食堂で料理を食べたのだが、ニコニコした奥さんがオーク肉の串焼きを出してきたので、夫婦の間に何があったのかを想像することはやめて、串焼きの美味しさだけを味わうことにしたのだった。

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