エスプリ村編

第258話「エスプリ村への旅路」

 町を出てしばし歩いて、時々現れる魔物に時間停止をかけながら俺は次の村であるエスプリ村への道を歩いていた。馬車の轍はあるのだが、自身に時間停止をかけてのんびり歩いて行こうとしている。退屈な旅路も魔物が出てくればそれなりにおかしいものだ。退屈よりは良い、そう退屈よりは時々魔物でも現れた方が面白いものだ、それが討伐の必要が無ければ見物するだけで命を奪う必要も無い。旅路の中のスパイスのようなものだ。


『ストップ』


 藪から飛び出てきた小型狼に時間停止をかけて観察してみる。栄養状態はよくないようだ、人間が襲われていないようで何よりだ。さすがに人を襲った魔物は討伐しなければならないからな。次の村は地図で確認済みだ、歩いて行けばいずれたどり着くだろう。身体には食料も休息も必要無いのだが、日が沈んできたので野営をする、こういうのは雰囲気が大事だ。日が落ちてきたら野営をする、それが自然な旅人というものだ。


 魔石でお湯を沸かして干し肉をいくつかそこに放り込む。出汁が出たら収納魔法でしまっていた野菜を放り込んで食事にする。粗末なものだが野菜と肉の旨みがしみ出した素朴なスープだ。


 それに合わせて黒パンを取りだし時間停止を解除する。さわやかな草の香りと焼きたてのパンの香りが心地よい。周囲一帯は索敵魔法で警備は完璧だ。俺は蒸留酒を取りだして小さなグラスに注ぎ一杯飲んだ。焼けるような刺激を感じる、それが今は心地よい。


「美味いな……」


 適当な町で買った……というか買わされた強いだけの蒸留酒だが確かに味はともかく酔うことにかけては間違いなく上位だった。


「酔っぱらうだけなら十分すぎるな……」


 俺はそう独りごちてみるが、正直言って味はお世辞にも美味いとは言えない、頭の働きを不安定にするだけの酒だった。


 そして寝ていると頭の中に『シャンシャン』と音が響いた。どうやら魔物が探知範囲に入ってきたらしい。こういう時は逃げる方がいいのだが、索敵魔法によると向こうの方が足が速いようだった。


「しゃーない、戦うとしますか……」


 敵はすごい勢いでこちらにやってきた。なかなかの強さのようだが俺には勝てないだろう。『クイック』を使えば逃げ切れる相手だがついてこられても困るのでこの場で叩き潰しておこう。


「人の子よ……我が贄になれ」


「おやおや、フェンリルか……どうやら単独行動をしているようだな」


 ククク……と嘲るとフェンリルが腹を立てた。


「なにがおかしい! 人間風情が!」


「いやいや、なに、俺の喧嘩を売るのに一匹だけで向かってきた蛮勇がおかしいだけさ」


 その言葉に白い毛を逆立てたフェンリルは怒りをあらわにする。


「貴様……我に勝てるとでも……」


『ストップ』


「ぐぬ……時間停止か……貴様、ただの人間ではないな?」


「ただの人間だよ。お前はただの人間にすら勝てない犬ころだ」


「ぬぅ……この程度の魔法など……」


 パリンと音を立てて時間停止を解除した。なんだ、コイツもやれば出来るフェンリルなんじゃないか。さすがに時間停止くらいには耐性を持っているのか。


「よく出来ました……『スロウ』」


 フェンリルの動きが遅くなる。あっという間に犬よりも遅い動きになって、雑魚と成り果てたフェンリルを叩き潰す方法はいくらでもある。しかしフェンリル狩りなど趣味ではない。


「くう……遅延魔法だと……貴様……やはりタダの人間では……」


「はいはい、黙ろうね」


『クイック』


 加速魔法を使って勢いのいい右ストレートをフェンリルのあごにぶつける。その衝撃に耐えきれずフェンリルは倒れ込んだ。


 まったく、旅の途中だというのに暇なことだ。


 俺は荷物を片付けてまだくらい中を先に進んでいくことにした。フェンリルはもう追いかけてこないだろうし、依頼でもないのに殺す気はない。気楽に進んでいこう。


 そして俺は夜通し歩く羽目になったのだった。そして朝日が見えてきた頃……


 問題無く進んでいくとようやく村の門が見えてきた。木造だがしっかりとした作りをしているようだ。入村拒否がなければいいのだがな。


 門兵に入村の目的を聞かれたので『旅の途中の補給です』と答えると案外あっさりと通してもらえた。あっさりしすぎているような気もするが、ここで補給をすると言うことはこの村に金を落とすと言うことなので村としては歓迎なのかもしれないな。


 ギィと音を立てて村の扉が開くと、中は至って平和そうに皆暮らしていた。フェンリルが近くで出るような地域とは思えないくらいだ。さて、ひとまずはギルドに向かわないとな……


 ギルドは建物が割と大きくわかりやすい場所にあった。ギルドの権限が強く繁盛しているようで何よりだ。貧しいところでは真っ先にギルドへの支払いを渋るからな。


 ギルドのドアを開けると一人きりの受付が待っていた。まあ村ならワンオペギルドも珍しくはない。ここもそんなものなのだろう。


「いらっしゃいませ! 依頼ですか?」


「いえ、旅の途中でこの村に着いたので顔を出しておこうかと思いまして」


 ギルド職員――おそらくギルマスもやっているであろう――女性はため息を一つついて俺に記名を求めてきた。


「ではここに名前を書いておいてくださいね、私はロール、ギルマスもやっているので困ったときは私に相談してくださいね」


 やはりワンオペだったか……村にたくさんギルド職員を雇う余裕がないのはしょうがないことだ。俺はさらさらっと名前を記入してロールさんに差し出す。


「えーっと……クロノさんですね、この村は平和なのであまり冒険者とかが来ないので頼ることが多いと思いますが受け入れてくださいね」


「ええ、無茶振りをされるのには慣れていますよ」


「それなら結構、では質問はありますか?」


「ああそうだ、この村の宿でオススメはありますか?」


 宿泊施設を決めるのにギルマスは結構的確な意見をくれるので参考にしておく。


「ああ、旅人さんでしたね。宿はこの町の外れの『コロン』しかないので選択肢は無いですよ?」


 そういう系統の村だったか……旅人や冒険者が来なければそうなってしまうのは必然といえる。おそらく宿も公金を入れてやっていけているというところだろう。


「どうも、じゃあ俺は宿を取っておきますね、依頼は明日から受けますよ」


「お願いしますね、最近ロクな依頼が来なくて困ってるんですよ」


 こうして宿へと向かった。宿屋は『コロン』と小さく看板を出しており、あまりやる気が感じられない。


「こんにちは、宿を取りたいんですが……」


 宿の奥さんが受け付けて突っ伏して寝ていた。驚きの光景だがそこまでやる気がないということなのだろう。


「はっ!? 済みません! お客さんですね? いえ、この宿も暇なものでついつい……」


「構いませんよ、一泊いくらですか?」


「一泊銅貨五枚になります」


「ではとりあえず十泊を」


 俺はストレージから銀貨五枚を出して十泊分の代金を支払った。収納魔法なんかが珍しいらしくジロジロ見られていたが、しっかりお金を払ったので俺は鍵を受け取り客室に移動した。


 部屋はみすぼらしいもので、必要最低限のものしか置いていない。ストレージから足りないものを全部取り出す。


「人間が暮らせる部屋になったな……」


 俺は安心して眠れる部屋を確保してしまったので安心して眠りに就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る