第256話「旅の芸術家が来た」

「クロノさん、聞きましたか?」


 俺の朝食では給仕の娘さんに町の情報を聞くのが日課になりつつある。今日はどんな危険情報を教えてくれるのだろうか、大抵ロクなものではないことは確定しているのではあるが……


「なにをですか? 今度はドラゴンやリバイアサンでも出ましたか?」


「ここ、陸しかないのにリバイアサンが来るわけ無いじゃないですか……そんなことより画家が来たそうなんですよ!」


 画家? 旅をしているのか……貴族や王室に召し抱えられていないフリーというのは珍しいな。しかし旅をしているなど大した画家ではないのだろう。優秀な画家達は金を持った連中が青田買いしているからな。不愉快なことだと思うが貧乏人には肖像画を描いてもらう権利すら無い。もっとも、俺が肖像画を描いてもらおうと思ったこともないのだが。


「公民館で個展をしているそうなのでよければ見に行ってはどうです?」


 俺は朝食のコーヒーをすすって答える。


「行けたら行きます」


「それ言う人って絶対行かないですよね……」


 失敬な、時間を大切にしていると言って欲しい。大体陸生のリバイアサンが突然変異でわいて出ることだってあるかもしれないじゃないか。それはさておき画家か……芸術様というものにはとんと縁が無いのだが、幸いなことに暇人をしていることが出来るので個展を見に行くことも出来る。退屈しのぎくらいにはなるだろうし、本当に素晴らしい画家なら絵の一つでも買うことはやぶさかではない。


「ごちそうさま、それじゃあ見てきます」


「見に行くんだ……」


 そう言う宿の娘さんを置いて俺は町の公民館に行った。


『千年に一人の天才! ナル・フォン・ガーランドの描く新たなる世界!』


 そう看板が出ていた。千年に一人の天才の割には扱いが悪いなと思えてしまう。そもそも天才なのにパトロンがついておらずこうして絵を売るような商売をしている時点で才能が……いや、はっきり言うのは止めておこう、さすがに気の毒になってきた。それに……ファミリーネームがあると言うことは俺より身分は上なのだろうしな。


 ギィと立て付けの悪い公民館のドアを開けるとまず受付があった。あったのだが……


『銀貨一枚を入れて、名前を記入してください』


 まさかの無人だった。町から人材を連れてくることが出来なかったのだろうか? 受付すら無人にするほどのエコ精神には嘆息してしまう。いや、まだ内容はまともであるという可能性は捨てきれないな。


「あっ……お客さん……接客しなきゃ……」


 黒髪の雰囲気の暗い女の子が俺の方によって来た。案内人くらいは雇えたのだろうか?


「初めまして、ナル・フォン・ガーランドです。私の絵……その……良かったら買ってください」


 まさかの本人! いや、絵を描いた人間以上に上手に解説出来る人はいないだろうが、ここにはなんだかただの節約精神を感じてしまう。


「じゃあ……絵を見せてもらっていいですか?」


「どうぞ……」


 その絵は怪物に立ち向かう戦士の絵だった。敵は大蛇、それに向けて剣を向けた男の絵だった。絵としてはなかなか出来がいいとは思うのだが、いかんせん売れ筋の宗教画ではない。俺も宗教には興味が無いのだが、売り物にするなら売れ線を狙わないのは失格と言わざるを得ない。しかしその絵にはどこか引き込まれるものがあった。


「なかなか面白い絵ですね」


「そうですか! 私も頑張って描いたんですよ! お買いになりませんか?」


「え……いや……ちょっといらないですかね」


「うわぁあぁあああああんん!! やっぱり私の絵に価値なんてないんだ!」


「いや、俺に芸術の審美眼が無いだけですよ。


「でも……買ってくれないんですよね……」


 潤んだ目でこちらを見てくるナル、そんな目をされたって買うわけにはいかない。


「私、絵を買ってもらったことが無いんです……皆いい絵だとは言ってくれるんですけど……買ってもらえるか聞いたら断られて……うぅ」


「これだけ上手ければ流行の宗教画を描いたらどうです? 結構売れると思いますよ」


「私……宗教信じてない……」


 この子は嫌いなものは描かない主義なのだろうか? 嫌いだろうがなんだろうが描かないと食っていけないだろうに。


「売れない絵ばかり描いてどうやって生活していたんですか?」


 そこは疑問だった。売れないならおとなしく貴族らしい暮らしをすればいいのではないか? しかも身なりもしっかりしているということは絵など描かなくても暮らしていけるのだと思うのだが。


「収納魔法で承認さんのお手伝いをして暮らしてます……売れないですが生きてはいけます」


「収納魔法が使えるんですか」


「はい、私の数少ない取り柄の一つです……」


 なるほど、この枚数の絵を運ぶのに収納魔法を使っているのか。確かにそのまま持って行くと傷ついたりかさばったりで苦労しそうだからな。


「生きていくなら収納魔法を生かして運び屋をやってはいかがですか? 需要は結構あるらしいですよ」


「私は絵で食べていきたいんです! 好きな絵を描いて皆が買ってくれて、そのお金で悠々自適に暮らしていきたいんです」


 この子、結構世の中を舐めているようだ。


「しかし絵で食べていくならパトロンを見つけた方がいいのでは?」


「だってそうしたら描くものを指図されるじゃないですか……私は書きたくないものは描きたくないんですよ」


 ダメだこの子、好きなことをして生きていきたいとかいうタイプだ。絵を描くなら売れ筋を狙わないとまともに売れてくれない。そのくらいのことは理解してもらわないとならない。


「結構上手なんだから今流行の宗教画を描けば売れると思うんですがねえ」


「でも……私は宗教に興味は……」


「無くてもいいんですよ。客寄せに受けのいい絵を飾って、買ってもらったら徐々に自分の描きたいものを売っていくんですよ。売れたいんでしょう? そのくらいの小細工はした方がいいと思いますよ」


「信じてない人間が書いた宗教画が売れるんでしょうか?」


「売れると思いますよ、見栄えのいい絵を飾っておきたいって言う教会は多いですしね」


 身も蓋もないが宗教なんて信じていようが信じていまいが寄付をしてくれる人間には優しいものだ。


「分かりました! 私、宗教画を描いてみます!」


「そうですか、頑張ってくださいね」


 そうして俺は絵を買うこと無く公民館を出た。遠くない将来、新進気鋭の画家として彼女が注目を浴びるのはまた別のお話……

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