スキル「時間遡行」でPTを救ってきましたが、記憶に残らないので無能扱いされて追い出されました。しょうがないのでスローライフ始めました。誰も知らないチート日記!
第255話「魔族がいたと噂になっていた(過去形)」
第255話「魔族がいたと噂になっていた(過去形)」
その日の食堂はヒソヒソ声であふれていた。コソコソ離しているはずなのだが、その人数が多くて隠れることが出来ていないような有様だ。俺はオークのステーキを運んできてくれた娘さんに皆がなにを噂しているのか聞いてみた。
「みんなしてなにをヒソヒソ話しているんだ? ここ数日で危険なことは大体片付いたはずだろう? 心配するようなことなどないと思うんだが」
給仕を止めて娘さんは驚きの顔をして事情を話した。
「クロノさん、聞いてないんですか!? ……魔族ですよ、魔族」
「魔族? なんでそんなにヒソヒソ話すんだ?」
娘さんは唇に人差し指を当てて静かにするように促す。
「いいですか……魔族が隠れているかもしれないんですよ……大声で喋って魔族に聞かれよう者なら大惨事でしょう?」
そうコソコソ喋る様はどこかおかしみさえ感じる。この前の大したことのない魔族がいなくなったことにさえ気づかないどころかありもしない影を恐れている。滑稽な話だとは思うが、普通の人は魔族をそれほど恐れているのだろうか? この前の魔族の話を信じるなら人間に喧嘩を売れるほどご立派な魔族は前線に駆り出されているとのことだったが……そういえばかなり前に出会った魔族の集団も実力者はいなかったな、まるっと信じるわけではないが、少なくとも全くの嘘というわけでも無いのだろう。
「噂でしょう? 人間、怖がっていれば洗濯物のシーツがゴーストにだって見えるようなものですよ、恐れるようなことではありません」
「いや……占術師が魔族の出現を予測したんですよ、それがそろそろでして……皆さん気が立っているんです」
まったく……くだらないことを気にする連中だ。そもそも魔族と言ったって人間と同じ種族の一つなのだからそんなに魔族『だから』強いなどという努力した者を笑うようなことがあってたまるか。生まれつき強い種族とは竜などを除けばほぼ無い。ゴブリンでさえ長になるような種なら人間と戦えるくらいには強くなれるのだ。人間が魔族に生まれつき劣るなどということがあってたまるか。
「ごちそうさま、お代です」
「え……?」
「情報料込みですよ」
それだけ言ってギルドに向かった。料理ではなく情報に金を払ったようなものだが、この町の不穏さの情報を得ることができたのはプラスのことだった。しかし魔族を恐れているのか……占術師などという面倒なやつを信じるのはどうかしているのではないだろうか? そんな者があてになるなら勇者を選んだ王家の予言者は人格を見抜けないポンコツではないはずだ。王家でさえそのていたらくなのだから地方の町にまともな占術が出来る奴がいるはずないだろう。
俺は考えがまとまらないままギルドに向かった。町は疑心暗鬼に陥っているのか、誰もが大声で会話をするようなことはなく、ごつい男でさえ目立たないようにコソコソ隠れて陰口を言っている。馬鹿馬鹿しいことだ。
カランカラン
ギルドに入るとアウラさんが泣きそうな目をして俺を見てきた。ギルド内は暗く落ち込んでおり、何かに怯えるような猛者たちがアンバランスな光景を呈していた。
アウラさんのところに歩いて行って、俺はとぼけた顔で『なにを皆さん怯えているんですか?』と白々しい質問をする。町で噂となっているが、町と関係ない旅人の俺には情報がいっていないと思ったのだろう、宿で聞いたのとほぼ同じ情報を教えてくれた。
「ちなみに魔族が来るって話ですが、魔族が来てどうなるって予言をしたんですか?」
「はい……?」
俺のいいたいことが掴めないのかアウラさんはキョトンとしている。俺はしょうがないので説明を付け加えた。
「魔族が現れるというのは事実なのかもしれませんが、その魔族が何かをすると予言したんですか? ただ単に魔族が町に立ち寄るといわれただけだと思うのですが……」
アウラさんは何を言っているのかと驚きと憤りの声音を混ぜて俺にまくしたてた。
「何を言ってるんですかクロノさん! 魔族ですよ魔族! 人間を襲ってちぎっては投げ、人間を丸かじりにして、人間をおもちゃのように破壊の限りを尽くすに決まっているじゃないですか!」
「アウラさん、何か誤解をしていませんか? いくら占術が当たっていたとしても、魔族が暴れるというところまでは予言されていないのでしょう? だったら魔族がこの町にふらっと立ち寄って食事の一つでもして出て行くだけかもしれないじゃないですか」
「クロノさん、ギルドとしては魔族が出たら討伐依頼はほぼ確実に出るんですよ? それを恐れるなという方が無理でしょう?」
くだらないことを気にする人だ。魔族が魔族だからという理由だけで討伐していては命がいくつあっても足りない。それは魔族でも同じ事であり、無闇に凡庸な人間と争って貴重な魔族の命を消費するほど愚かではない。魔族が強いやつだろうが集団で戦えばどうやっても死者が出ないことはあり得ないのだ、それを気にしないほど魔族の数は多くない。
「そうですね、じゃあ占術師の方に魔族がなにをする気なのか占ってきて貰ったらどうですか? 不安の種はそれで消えてくれるでしょう?」
それを聞くとギルドでは俺以外まともに依頼を受けるつもりのなさそうな連中ばかりなので、暇そうな一人に占術師にもう一度占って貰うように言いつけて送り出した。
「クロノさんってもしかして魔族と戦ったことがあるんですか?」
どう答えるべきだろう? 勇者とともにいるとさすがの魔族も見逃すことは出来ず戦闘になっていた。俺が時間遡行で毎回戦術を立てるのがお決まりの戦いとなっていたが負けたことは無い。そういえば勇者は記憶の逆行で死んだ記憶が飛んでいるので『魔族なんて余裕だな!』などと言っていたな。毎回弱点を探していた俺の苦労はしょうがないとは言え、決して顧みられることは無かったな。
「そうですね、ちょっとした戦いなら経験はありますよ。死ぬような相手じゃないのでそれほど心配しなくても良いのではないでしょうか」
「魔族相手にその発言はすごいですね……本当だったらですけど」
「信じるかどうかはお任せしますがね、魔族が大した相手ではないのは事実ですよ」
俺のスキルの詳細を語るつもりはないので信じてもらうことしか方法は無い。しかしここまでビビっている人しかいない中、余裕の態度を崩さない人間がいると言うことは安心感をもたらすはずだ。俺くらいの態度でいれば魔族が実際にいたとしても逃げることが無いだろうと信用を得られるはずだ。この間送り届けた魔族が占術師の言い当てた魔族なのだろうが、そこまでしか占いは当たっていない。魔族がなにをするかは一切答えていないのだ。
カンカンカン
大きな音を立ててギルドのドアが開いた。先ほど占術師のところに使いに行かされた暇人が息を切らせながら大声で報告をした。
「魔族の脅威はすでに去っているそうです! 魔族が来たことは当たっていると譲りませんでしたが、危害を加えず去って行ったという結果が出たそうです!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
ギルド内が歓声に包まれた。魔族が消えただけで大げさな喜びようだ。何にせよこの町に平和が戻ってきたというわけで、無事町の経済活動も再開するだろう。これで町の経済が麻痺して食事に困るようなことは無くなったわけだ。
「クロノさん……」
「なんですか?」
アウラさんが俺にこっそりと聞いてきた。
「もしかして……何か知っていたりしますか?」
「さあ? 何の事やらさっぱり分かりませんね」
「分かりました、そういうことにしておきますよ」
物わかりのいいギルド職員のおかげで俺の平穏は無事保たれそうだった。
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