第254話「魔族と話した」

「クロノさん、宴会はいかがでしたか?」


 給仕の娘さんにそう聞かれて俺は簡潔に答える。


「楽しかったですよ、がらじゃないって思ってましたけど……感謝されるのも悪くないですね」


 俺の回答に満足したのかうんうんと頷いてから窓際の席を指さした。


「何人かですが、ここにいると冒険者として実力が付くかもってお泊まりになっている方も少し来たんですよ? クロノさんはウチにとって集客装置みたいになってますよ!」


 あまり装置扱いは嬉しくないが、役に立てているのは嫌いじゃない。しかし残念ながらここに止まっても実力は付かないと思うぞ。俺はたまたまここに泊まっているだけで、別に旅人としての実力を上げるために滞在しているわけではない。そんな不確実な情報でここに泊まりに来た人たちは少しだけ不憫だった。まあ料理は美味しいしサービスもいいので宿を変えるほど悪いところじゃない。そこは保証出来る。


 そこでふと……嫌な予感がした。敵意を感じる魔力、そんなものを感じてしまった。


「どうかしましたか?」


 おっと、顔に出ていたらしい。俺はいたってしれっとした顔に戻って適当なことを言った。


「いえ、俺が広告塔とは栄誉なことだなと思いまして」


 この冗談は上手く言ったらしく娘さんはクスリと笑って『気にしないでください』と言って他のテーブルに行った。不穏なものを感じたので美味しい料理なのでもったいないことだが一気に腹に詰め込み食事を終えて宿を出た。


 しかし、先ほどのごく微量の嫌な気配程度の魔力以外なにも感じることはないため気のせいかとさえ思った。魔族のものに極めて似ているが、ここまで魔力を隠せるなら相当な実力者か、ただの動物レベルに魔力のない存在のどちらかだろう。俺は気のせいであることを祈って、その次に出来るなら後者であることを祈った。


 町に喧嘩を売りに来たのならギルドで話が聞けるかもしれないのでギルドに向かうことにした。なにが出てくるか分からないが、この予感に決着をつけないと心の据わりが悪くて仕方がない。


 そうしてギルドに入ると……魔族がいた。他の誰もが人間だと思っているし、完璧に近い偽装をしているが、僅かににじみ出てくる魔力は魔族のそれだった。そしてそいつは少女であり、気軽に殺すには気が引けるような相手だった。


 少女は俺を見るなりこちらに歩いて来た。これは面倒事の匂いがするな。ギルド職員に押しつけて逃げてしまいたい状態だ。しかし少女を人間と信じて疑わないギルドの全員が、俺を困っている少女の頼みを断るとは思っていないようだ。正直勘弁して欲しいのだが、やはり少女は俺の所に来て手を握った。ピリピリと不快な魔族特有の魔力が僅かに伝わってくる。


「お願いします! 私を森に連れて行ってください!」


「ええっと……代金は?」


 少女は少し困った顔をして答えた。


「後払いですが金貨十枚払います! 絶対払いますので連れて行ってください!」


「連れて行くだけで金貨十枚?」


 そんなおいしい依頼は怪しすぎるだろうが……しかし少女は本気で困っているようでギルドの全員が俺に期待の視線を向ける。俺はそれに逆らうことができず渋々少女を森まで連れて行くことになった。


 ギルドを通しての依頼ではないらしく、先払い金を払えないので完全後払いという本来ギルドでは必要な供託金が出せないらしく、非公式で俺が受けることになった。魔族と言っても全員が凶悪非道なわけではなく、少女は人間が長時間近くにいると少しあてられるかなという程度の魔力を出しているだけだった。人間と大して変わらないな……しかしだとしたら何故森へ?


 疑問が多かったが、泣き出しそうな顔に勝てずギルドを二人で出た。


「クロノさん……でしたよね」


「ああ、そうだ」


 会話が続かん! 魔族と共通の話題なんてもって無いぞ!


「ワイバーンを倒したと聞きました、本当ですか?」


「ああ、本当だ」


 正直に答える。目の前の少女は間違いなくワイバーンより弱い。ならばより強いワイバーンを俺が倒したと言えば無謀な襲撃は控えるだろうと願ってのことだ。


「私はジーン、魔族よ」


「よろしく、ジーン」


 俺がぶっきらぼうに返すとジーンは目を丸くして驚いた。


「あなた……私が魔族だって言っても驚かないの? 嘘だって思ってる? だったら証拠を……」


「信じているよ、その魔力の感じは間違いなく魔族だ。でも君は俺より弱い、戦えば間違いなく俺が勝つ、しかし君が負け戦をするほどの愚か者だとは思っていないよ」


「……そう」


 それだけ言ってしばらく黙り込み、何故森へ行きたいのか答えてくれた。


「キューちゃん……」


「え?」


「あなたが倒したワイバーンの名前よ、私のペットのね」


 突然のことに驚いたが、魔族がいたならワイバーンが来たことにも納得がいく。ワイバーンが討伐隊を襲ったことについては……死者が出なかったので不問に処すとしよう。


「それで……復讐か?」


「はぁ!? なに言ってるの? 私があなたに勝てるわけないでしょう? 転移魔法が使える人が森に来てくれるからそこまでの警護のお願いよ!」


 どうやら実力は分かっているらしい。自分の実力ガン無視で戦っていた勇者に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


「一応訊いておくがその『お迎え』の連中が俺を襲うことは無いんだろうな?」


 魔族と言えど知能のある種を殺すのは気が進むものではない、一人でもなんとかなるならそれで済ませて欲しいものだ。


「安心して、それは絶対に無いわ。最近は目立った被害を聞かないけれど勇者達との戦いに実力者は駆り出されているわ。ワイバーンを倒したあなたに勝てる程強い者を遊ばせておくほど魔族も余裕が無いのよ」


「そうか……じゃあ安心して案内出来るな」


 そうして森に入ってこの前ワイバーンがいた森の木々が倒されていた場所に着いた。そこには誰もいなかったが、ジーンが懐から魔石を撮りだしてその場で割った。


 途端に光が広がり、光から魔方陣が浮かんで、光が収まると共に徐々に魔族の男が姿を現した。


「ジーン! 緊急用魔石を使ってくれて良かったぞ! もしや人間に殺されたらと思って気が気では無かったんだぞ!」


「パパ、鬱陶しいわ。キューちゃんは死んだけれど私は無事よ」


「なに!? ワイバーンが倒されたというのか!?」


「ええ、そこにいるのがワイバーンを倒した旅人のクロノ……ああ、安心して、私たちへの敵意は無いわよ」


「ジーン! 人間に正体を明かすなど……」


「ワイバーンを倒す実力者に隠し通すのは無理よ、パパだって分かっているでしょう? それに彼は私をここまで案内してくれたのよ? お礼の一つでも言っておいて」


 ジーンの父親は目を白黒とさせながら俺に握手を求めた。魔族の皮膚には触れたくないのだが……敵意は無いようだし……


「ジーンさんを連れてきました、クロノです」


「私はアール、知っていると思うが魔族だ。もちろん敵対するつもりはないので安心して欲しい」


「ええ、分かっていますよ」


 それだけ言って手を離した。不愉快なしびれはそれで消えてくれた。


「パパ、クロノさんに報酬を払って、あとは帰るだけよ」


「いくらだ?」


「金貨十枚よ」


「む……」


 少し渋い顔をするアール。魔族にとっても金貨十枚は高いのだろうか?


「キューちゃんを殺した人が味方をしてくれたのよ? そのくらいは払ってあげて」


「分かった」


 そう言って人間がするように懐に手を入れ金貨を取り出した。俺は十枚あることを確かめそれをストレージに入れてジーンに質問をした。


「しかし君が消えたことをギルドでどう説明するかね……連れて行った少女が帰ってこなかったらいくらでも怪しむだろう」


「ああ、パパ、アレを出して」


「そうだったな」


 そう言って俺に一枚の紙を渡す。そこには遠くの町への運賃が書かれた領収書があった。


「これで迎えに来た人に引き渡したと言ってくれ、ギルドの正式な依頼でも無いんだろう? それ以上調べようとはしないはずだ」


 なるほど、金貨十枚を払う能力があるなら運賃も支払えると言うことか。しかもご丁寧に架空の商会をでっち上げている。町を誤魔化す程度にはこれで十分だろう。


 それをストレージに入れてジーンに聞いた。


「その……ワイバーンのことは……すまなかったな」


「構わないわ、立場が逆なら私だってそうしたもの、力さえあればね」


「では私たちは転移魔法で帰る、クロノさんはギルドに上手く説明しておいてくれ」


「はいよ、誤魔化しには慣れてますよ」


 そうして魔方陣が展開して二人の姿はあっという間に消えた。魔族領に帰っていったのだろう。


 俺はギルドに帰って少女が予約していた親戚のキャラバンに連れられて帰っていったと告げた。偽の領収書でギルド全員が騙されてくれた。ギルマスが精査したら気づかれたかもしれないが、ギルマスは聖人君子ではないので金にならないことの査定はしないだろう。こうして俺は無事魔族の少女を送ることに成功したのだった。

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