第253話「町で歓待を受けた」

「クロノさん! ありがとうございます!」


 俺に朝食が運ばれてきたときにそう言われて一番驚いたのは俺だった、なにしろ何の心当たりもないのだ。ギルドでの活動は真面目とは言い難いし面倒な依頼は渋っている。決して褒められるような生活を送っていないのに突然お礼を言われると思わず戸惑ってしまう。


「ええっと……何の事でしょう?」


 俺に心当たりがないので給仕にそう尋ねてみるとニッコリ笑いながら答えた。


「ポーションですよ、ポーション!」


「え?」


 何かあっただろうか? 特別ポーションを恵んでやった相手がいたような覚えはないのだが……


「ギルドに納品してくださったんでしょう? アレで助けられたって人が何人かうちにお礼が言いたいからって来たんですよ。クロノさんが寝ているようでしたので帰って頂きましたけど」


「それは賢明な判断ですね、寝起きの俺は機嫌が悪いですから」


「それにしてもポーションってすごいんですね! 皆さん傷一つ残っていないと言っていましたよ」


 そりゃあワイバーン相手の怪我だからな。ドラゴンでも上級種相手だとそうそう直らないことの方が多い、そういうときはエリクサーを使うものだ。今回はたまたまポーションで間に合うだけの大した怪我を負う相手でなかったと言うだけのことだ。


「大したことはしてないよ、ただギルドに依頼されたものを納品しただけだ。やったのは半分指名依頼みたいな事をしただけだ」


 ギルドも怪我人が出れば余計にコストがかかるだろうに、そういったことを考えないから俺に大金を払う羽目になるのだ。目先の安さに飛びついて損をする典型のようなものだ。ギルマスはそれなりに話が分かるようだが、成果を急く連中が多すぎる。ワイバーンも討伐出来ないのに正体不明の相手を討伐させようとするからこんな事になるのだ。


「それで、怪我をした皆さんや、そのご家族が酒場でクロノさんにお礼をしてくれると言っていました。『ミミズク亭』で行うと伝えてくれと頼まれましたので、確かに伝えましたよ」


「ええ、確かに聞きました。しかしどうも依頼をこなしただけで感謝される謂れはないと思うのですがね、それは本当に感謝の集まりなのですか?」


「クロノさんは疑り深いですね……父さんがその中の数人と顔なじみだったそうなので間違いないですよ」


「そうですか、では主役が行かないわけにもいかないということか。どうにもそう言うかしこまった場は苦手なんだがな……」


 俺の言葉に給仕は声を上げて笑った。


「何を言ってるんですかクロノさん! 魔物相手に何も考えずに突っ込んでいくような方々ですよ? かしこまったことが出来ると思いますか?」


 その物言いは非常に失礼だったが、もっともな話だ。冒険者だのといった連中は命を大切になどしない。むしろ全力で投げ捨てるような生き方を選んだ連中だ、そんなメンツが真面目にお礼など似合わないにも程があるだろう。どうせ荒っぽい飲み会程度のものだろう。


「ところで死者は出なかったんですよね? 歓迎されるのに死人がいたなんて聞くと後味が悪いので先に聞いておきますけど」


「いませんよ? 誰一人死ぬどころか後遺症もなく生き残れた事への感謝を示す会ですからね」


「ならいい、ミミズク亭だったかな? 時間はいつからなんだ?」


 宴会が開く前から行くことほどみっともないことはない。それがましてや主役ならさらにみっともないだろう。


「ああ、うちに伝えておいてくれと言ってから先に飲んでると言っていましたよ。皆さんお酒は好きみたいですからね、多分クロノさんが行かなくても飲んでるんじゃないでしょうか」


「そうか、なら気兼ねなく参加出来そうだ、言伝ありがとう」


「いえいえ、これも宿屋のサービスですよ」


 給仕の少女に朝食の代金を渡して俺は『ミミズク亭』へ向かった。


 そこは町でも目立つ方の建物で、『ミミズク亭』という名前こそ知らなかったものの、『大きな建物があるな』程度には気がついていた場所だ。本当に無料なのだろうか? ただと言っておいて実は俺の財布目当てなのではないだろうか?


「おい! あんたがクロノさんだな?」


 急にドアが開いてごつい男が飛び出してきた。いかにも力自慢といった風貌をしている。


「皆、あんたに助けられた連中だ、是非とも満足いくまで飲んでいってくれ」


「あ、ああ。ありがとう」


 俺としては依頼をこなしただけなので過剰な報酬には違いないのだが、開いたドアから見える店内には美味しそうな料理とワインやエールがたっぷり用意してあった。


「みんな! 主役が来たぞ!」


 店に入りバンと男が俺の背中を叩く。場内がワーッとわいた。


「良いんですか? こんな豪華な店で……」


 俺が疑問を投げると料理を持ってきた男が俺に握手を求めた。


「気にしないでください、今日はマスターの奢りです。それとありがとうございます」


 調理師にお礼を言われて俺は少々困惑した。


「ああ、言ってなかったですね。俺はオヤジ……マスターの息子なんですよ。ここを継げとうるさいので反発して冒険者なんてやってたんですがね……お察しの通りワイバーンにやられまして、クロノさんのポーションに助けられたんですよ」


「助けられたなら良かったよ、これからも冒険者を?」


 俺は答えの分かっている質問をした。


「いえ、見ての通り料理人をやることにしますよ。俺にはあんな命知らずな家業は向いてないみたいです。ギルドに行ったときもかなりの勢いで止められましたからね、『まともな家のある坊ちゃんには務まらねえよ』とね。あの時は嫌味だと思っていたんですが、今度の怪我で目が覚めましたよ、帰る家があるならあんなことに心血を注ぐべきではないですね……失礼」


「構いませんよ、実際こんな無茶なことを日常的に続けていればいつか死ぬようなものですしね。料理を頂いてもいいですか?」


「もちろん! 俺にポーションをくれた人が来るって言うんでオヤジと丹精込めて作りました! オヤジなんて俺が治療出来たと聞くと泣いて喜んで……」


「おい! シチューが出来たぞ! 油を売ってないでさっさと配膳しろ!」


「照れくさいみたいですね……とにかく、ありがとうございました!」


 そう言って奥の方へ引っ込んでいった。俺はエールを飲んだのだが、酒屋の安物とは明らかに味が違った。のどごしがさわやかで麦芽の味が濃厚だった。


「うまいな」


 冒険者達が皆自分の手柄のように俺が満足している様を喜んでみていた。確かにこんな事があってもいい、感謝されるのも心地よいことなのだと気づかされたのだった。

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