第252話「久しぶりの薬草採集」
俺は朝食を食べていると、噂話が聞こえてきた。この食堂は開放されているので宿に泊まっていなくても利用可能だ。実際町の人も結構利用しているようだ。
「聞いたか? この前結構怪我人が出たそうだな?」
「ワイバーンだろ? よくあんなもんを討伐依頼で出したもんだよ。たまたま化け物みたいな強さの旅人がいたらしいから良かったようなものの……」
「死人が出たら困るだろうに、ギルドも勝手なものだよなあ……」
「あげく今回のことで怪我をした人を治療するために治癒術士やポーションを集めているらしいぜ、アイツらの勝手な理論だよなあ」
俺はそれだけ聞いて席を立った。食事は食べ終わっていたし、ギルドで俺にだけ頼まれたのかと思っていた依頼を受けていた奴がいたことに文句の一つでも言うためだ。
迷うこと無くギルドに向かうとドアベルを騒々しく鳴らして中に入った。珍しくイラついていたので周囲の人々は俺を避けていった。
そしてカウンターに立っているアウラさんに声をかけた。
「どうも、
出来る限りにこやかな顔を保とうとしていたが、怒りの感情が隠しきれなかったらしく、『ヒッ』とアウラさんはビビっていた。
「いえ……その……ギルマスがクロノさんだけに頼ったことにする方が受けてもらいやすいからと……」
「俺でもいい加減怒りますよ? 死人が出ていたらどうするつもりだったんですか!」
つい感情的になってしまった。しかし死者が出かねないような発注の仕方は褒められたものではない。末端であるアウラさんに当たってもしょうがないのだが、さすがに今回のやり口には俺もイライラしていた。
「落ち着いてください……危険性が分かったのは先遣隊が何人も逃げ帰ってきてからなんですよ……クロノさん以外の上級者は軒並み逃げ帰ってきてしまって……その……クロノさんに頼むしかなかったのは事実なわけでして……なんとかご理解頂けませんか?」
俺も少し冷静になった。ここでアウラさんに文句を言うのは筋違いだろう。文句を言うならギルマスだ。
「ギルマスは何と弁解しているんですか?」
「結果的に死者が出なかったので何も問題は無いと……」
あのギルマス……冷血にも程があるだろう。死者が出なかったからいいだと? 俺がいなければ確実に死者が出ていたような場面だったんだぞ。
「ギルマスに文句の一つでも言いたいですね」
「無理ですよ、ギルマスはそうそう出てきませんから……」
ちっ……一々逃げ回る気か、ほとぼりが冷めたら同じ事をする気だろうに。
「それに関係して何ですけど、ワイバーン討伐に向かって怪我をした人が多数いまして……こんな事を頼むのも大変心苦しいのですが……クロノさんに薬草採集をお願い出来ないかなあと……」
イラッとはした。しかしワイバーンの討伐に駆り出された連中には何の罪もないのではないか? ここで見捨てたら安直に依頼を投げたギルドと同類になるのではないだろうか? そんな思いが去来して、俺は自然に口を開いた。
「分かりました、死者を一人も出さないようにしましょう」
「ありがとうございます!」
アウラさんは腰を直角に曲げてお辞儀をしていたのだが、この人には何の罪もない、上から言われたことを淡々とこなしただけだ。その際に少々演技が上手かったと言うだけのことだろう。
「では薬草採集に言ってきますね」
俺はさっさと草原に向かった。ギルドを駆け足で出たが、怪我人が出た状態で馬鹿騒ぎをしている連中はいないのがこのギルドのそれなりに高いモラルを表していた。
『クイック』
俺は一瞬で草原に移動すると『ウィンドエッジ』で草刈りをはじめた。おそらく薬草の質は問われないだろう、怪我人が結構出たようなのでとにかく質より量だ、一本でも多くを集めなければならない。
『ウインドエッジ』
バサバサバサと草が地表から刈られていき、流れるように収納魔法でストレージに入っていく。
正直なところを言えば時間遡行を使えばたとえ死人が出ようとも生き返らせることは可能だ。しかし死人を生き返らせることの不毛さは勇者パーティでの旅で分かっていたし、出来れば蘇生術を持った奴がいるなどと噂にはなりたくなかった。実際目の前で死人が出たらどうするか悩むかもしれないが、今のところ怪我人だけなのでポーションなりエリクサーなりで解決するべきだと思っている。
そう考えていると薬草が結構な量がたまった。薬草のまま持っていってもいいのだが、ポーションに加工してから持って行けば即効性の面と、ギルドで調剤するより早く作れるという面デメリットがある。
というわけで俺は草原で錬金道具を撮りだした。薬草をすりつぶして蒸留器に水と共に入れていく。今回は時間を争うので持っている錬金セットから三つを取り出して同時進行で蒸留をすることにした。
『オールド』
蒸留の過程が加速される。本来なら遙かに時間のかかる工程が一瞬で終わる。これで命は助かるだろう。低ランクポーションだが大量に使えばある程度の傷でも治療可能だ。
出来上がったポーションを瓶に詰め、『クイック』で高速移動をして町のギルドに帰ってきた。
「クロノさん! 薬草は採れましたか?」
「ええ、ポーションにしてあるので怪我人達には薬投与してください!」
「え? もうポーションに!?」
「細かいことはいいでしょう! 俺は無闇に人を死なせたくないんです! 急いでください!」
収納魔法で取り出したポーション数十瓶を大急ぎでアウラさんは救護室に持っていった。そして俺は怪我人に死人が出ないことを祈りながら気付け薬代わりにエールを飲んでいた。
数杯飲んで気分が落ち着いたところで、背の高い女性がギルドの奥から出てきた。間違いようもない、アレはギルマスのヴィールさんだ。
ヴィールさんは俺の方にまっすぐやってきて頭を下げた。
「済まなかった、本来は危険なことをさせるべきではなかったのだ。だが事態は一刻を争った……いや、言い訳はよそう。私は分不相応な依頼を出してしまい君に後片付けを任せてしまった、これは恥ずべき事だと思う。申し訳なかった!」
それから頭を上げて今回のお礼を語ってくれた。
「クロノさんのポーションで全員が命を落とすこともなく綺麗に回復した。本当にありがとう。不出来なギルマスの後始末をしてくれたこと、本当に感謝してもしたりない」
ギルマスは謝罪をするような人ではないと思っていたので、真っ正面からの謝罪と感謝に俺は少し戸惑った。
「いえ、依頼ですからね、きっちりこなしますよ」
そこへドサッと革袋が置かれた。
「迷惑料と今回の薬草のお礼だ、金貨二百枚入っている、都合のいいことを言うようだがそれで納得して頂けないだろうか」
俺は気にかかっていたことを一つ聞いた。
「本当に死者は一人もでなかったんですね?」
「私の剣に誓ってもいい、今回の件で命を落としたものはいない」
しょうがないな……納得こそしがたいものの、死者が出ていなければいくらでもやり直しはきくはずだ。革袋の中身を確認してから言った。
「死者が出ていないなら構いませんよ。これからは死者をできるだけ出さないような運営をしてくださいね?」
「ああ、約束しよう」
ヴィールさんと握手を交わしこの件はおしまいとなった。しかしこの件で怪我をしたのは町の人も含まれていたらしく、ポーションを大量に納品した俺は町で大層感謝されてしまったのだった。
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