第113話「酒を飲んでやらかす」

「ジェニーさーん! 何かおいしい依頼はありませんかー?」


 俺が唐突に依頼を受けようと思ったのは柄にもなく酒を飲んでしまったからだ。町で滅多に手に入らないという酒のボトルが売っていたので買ってしまった。それ自体は構わないのだが、懐に余裕があったせいでそのまま宿に帰ってその酒を飲んでしまった。


 柑橘の酸っぱい香りのする酒を飲むとゴクゴク飲めたのだが、その酒は案外強かったらしく一本飲むと正常な判断力を失ってしまった。そして気が大きくなりギルドに行ってしまった。


「そうですねー……キメラ討伐とかどうです?」


「いいですねー! その依頼受けました!」


「ありがとうございます!」


 そしてその依頼を受けて説明書を受け取り町を出てキメラの出てくる森にやってきて時間が経過してから正気に戻ってしまった。


「なんでこんな依頼を受けたんだ……」


 記憶は残っているので不用意に依頼を受けたことを後悔していた。酒に飲まれて正常な判断を下せない状態でギルドに行ったのは失敗だった。うっぷ……


 まだ酒が出てしまいそうだ。キメラとか雑魚ではあるが一刻も早く終わらせて横になりたい。


「グルオオオオ!!」


 ブラッドファングが出てきた。


『ストップ』


 うぜえ……いちいち小物に構ってられるかっての。キメラも小物っちゃ小物だがターゲットではあるので叩く目標ではある。


 つーかキメラとか見つけるなりゲロを吐きかけてしまいそうな気もする。気分が悪いの一言である。俺はこんなに酒に弱かっただろうか? 時々やらかしてはいたがここまで飲みすぎたのは久しぶりだ。よくよく考えると高級な酒と言うことで汚い良い方はしないだろうと安直な考えをしていたのがよくなかった。


 そもそもあの蒸留酒特有の酒の香りに何の危機感も持たなかったのがよくない。調子に乗ったのが何もかもよくない。たまたま昨日、酒を持ち込んだ食堂で配膳担当が可愛かったからといって調子に乗ってしまった。


「キメラやーい!」


 出てくるわけ無いよなあ……索敵魔法を使っても魔物の位置くらいは分かるが、それが何であるかは分からない。


 そこには動けなくなっているブラッドファングがいる。そしてキメラは肉食である……つまり……


 俺は動きを止めているブラッドファングをナイフで一刺しして血を流させる。その動きを止めたまま藪に隠れて釣れるのを待つ。賭けのようなものだが、このあたりにはキメラが多いと聞いているのでおそらく真っ先に現れるだろうと踏んでいる。


 少し待つとガサガサと獣道の横の茂みから音がした。ガサリと出てきたのは頭が鳥、体が牛で羽を生やしているといういかにもなキメラだった。


『ストップ』


 一発で動きを止め近寄ってみるのだが、なんとも禍々しい姿をしている。元は人工生物だった説や神様が動物を作るときに失敗したのが間違えて世に出てしまった説などの噂が立つのも納得の不気味さだった。


 深く考えると正気度を下げられそうな姿をしているのでストレージから取り出したナイフで首を掻き切り、討伐終了、討伐証拠のくちばしを切り取って袋に入れストレージに入れておいた。一応これで依頼としては完了なわけだ。数体狩ってくれると助かるとは言われたが、倒さなければならないとはいわれていない。


 というわけでこの気持ち悪い生き物と深く関わりたくないので帰還しようとした。そこへいななきが響いた。


「クエーーーーーーー!!!!」


 キメラの成体がやってきてしまった。人間の倍くらいの大きさをした生き物で、成体になると変わるのか、個体によるのかは不明だが尻尾が蛇になっている。コカトリスかと見まごう体をしており、あまり長くは見ていたくない姿をしている。


『ストップ』


 さて動きを止めたわけだが……コイツの首を取るのは面倒くさいな……


 僅かな報酬を気にすることも無いか。


「砕け散れ」


 空間圧縮で大型のキメラを粉々にする。周囲に多少の被害が出たがこの程度なら誤差だろう。精々木が何本か倒れてキメラと一緒に砕けただけだ。


 依頼とか余裕でこなせるものだったな。気分の良し悪しはまったく別にしてだが……


 キメラのような気持ち悪い生き物との戦いは遠慮したいものだ。雑魚ではあるのだが見ていて気分のいいものではないのでこのくらいの討伐は町の人間でなんとかして欲しい。


 そう考えたところでこの町ではギルドに余り物の依頼が回ってきているのを思い出して、そういうものかと少し悲しくなった。


 討伐依頼はこなしたのだし、その証拠も一個は回収している。依頼の成果としては最低だろうが失敗扱いではない。誇れる成果ではないが、それについて揶揄もされないなら構わないだろう。


 ギルドに森から歩いて帰るとジェニーさんが出迎えてくれた。


「大丈夫でしたか?」


「たかがキメラの討伐でしょう? そこまで困りませんよ」


 ジェニーさんはポカンとしている。


「いえ、依頼の説明時に『キングキメラが目撃されているので注意してください』って言いましたよね?」


「え!?」


「まさかお忘れだったんですか……? キメラを統率する種が出てきそうなので数を減らそうって話になってギルドに回ってきたんですが……」


「へ、ああそうでしたね。もちろん覚えていますよ! キングキメラはいませんでしたね、どこか他所へ逃げていっちゃったんじゃないでしょうか、これがキメラの討伐証拠です」


 そう言ってカウンターへキメラのくちばしを一つ置いた。それを観察していた様子だったが間違いないものだったので俺は銀貨五枚という安い報酬をもらった。大型キメラに出会ったことはナイショにしておこう。


 なお、後日調査隊がキングキメラが本当にいないのか調査に向かったところ、大型のキメラが砕け散っている様子を見てギルドの本気に恐怖したとのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る