第114話「犯罪集団の駆除」

「クロノさん、この依頼を受けてください」


「いつになく強引ですね……『薬物販売をしている地下組織の駆除』? こんなの町の治安維持をしている人の仕事でしょう?」


「反論の余地もありませんがね、町の治安維持に上が躍起になっていまして……実力のある人は一人でも多く用意したいということだそうです」


 俺なんぞに依頼を回さなくてもこの町の治安維持部隊はそこそこ優秀だろうに、わざわざ俺がやる必要があるのだろうか?


「協力はできますがね、俺は探偵や間諜ではありませんよ? あまりお役に立てないのでは?」


 この町を吹き飛ばすことならできる。そうすれば間違いなく犯罪組織は綺麗さっぱり消えて無くなるだろうが、そんなことを望んでいるわけでもないだろう。町を守るための行動で町が消えるのは本末転倒にもほどがある。


 ジェニーさんは依頼内容について補足をした。


「いえ、戦力として必要なわけではないんですよ、ギルドで戦力になりそうな人間を抑えておけと言われまして……簡単に言うとクロノさんが犯罪組織につかないようにギルドで管理しておけってことです」


 まあ俺が敵側についたらかなり面倒なことになるだろうなと言う自覚はある。これといって行動を起こす必要が無いなら放っておけば良いだろう。


「しかし薬物ですか……どこの町にもいい人ばかりがいるというわけではないんですね」


「反論のしようがないです……この町はお金に困っていない人が多いのでそういうものを買っちゃう人も多いんですよねえ」


 金があるというのにくだらないことに使う、世の中はそんなものなのかもしれない。金があればそれを有意義に使うとは限らないのだろう。


「ちなみに薬物って何が売られているんですか?」


「飲むと多幸感が出るらしいですがね……続けて使うと思考がはっきりしなくなって廃人になってしまうそうです。まだ普及しているわけでもないので被害者は出ていないんですがね……」


「なんで被害者が出ていないのにそうなると分かっているんですか?」


 違法薬物なのだから被害が出ているのかと思ったのだが、まだ被害は出ていないらしい。


「摘発したサンプルで動物実験をしたそうですね。ブタやネズミで試験したところそうなったとか」


 動物実験か……動物も災難だな。


「では俺は特に何もしなくていいんですか?」


「はい、できれば捕まえていただけると助かりますが、向こうから交渉を持つことも無いでしょうし邪魔さえしなければいいそうですよ」


「へー」


「で、報酬が金貨一枚です」


「何もしなくていいなら結構な金額ですね」


「クロノさんを敵に回さない金額としては妥当だそうですよ」


 俺だってわざわざ犯罪組織に協力するわけが無いのに金をもらえるなんて楽なものだ。


「確かに頂きました。まあ組織が俺に関わってきたら潰すくらいのことはしますよ」


 ジェニーさんはニコニコしながら言った。


「ありがとうございます、できれば組織もクロノさんに喧嘩を売ってほしいものですね……」


 俺は無言でギルドを出た。そんなものを叩き潰すほどヒマではないが、まあ声でもかかれば捕まえておこう。そのくらいはサービスだ。


 俺は食堂で美味い酒と肴を食べる。これ以上に幸福感をもたらす薬などあるのだろうか? 肉を食べただけで心地よい感覚がしみ出してくる。これ以上の楽しさがあるのだろうか、美味い飯と酒で世の中はちゃんと回っていく、薬物なんて無くても世界は変わらない。


 そしていい感じに酔っぱらって店を出た。フラフラしながら町をダラダラと歩く。よくよく考えてみれば酒に酔って判断力の無くなった状態で町を歩くのと、薬物に溺れて町を歩くことの違いは最終的に破滅が待っているかどうか程度の違いしか無いのかもしれない。


 ふらつきながら歩いていると肩を突然叩かれた。


「?」


「兄ちゃん、ちょっと時間あるかい?」


 柄の悪そうなおっさんが俺に話しかけてきた。酔いながら町を歩くのはマズかっただろうか?


「なんです?」


 そのおっさんは裏路地に手招きをして俺をよんだ。


 言われるがままについていった。酔っていようが俺に勝てる実力者なんてほぼいないし、何よりそんな実力者が辺境の町でわざわざ俺に声をかけたりする暇など無いだろう。


「で、何の用なんですか?」


「実はだな……ここだけの話酒より気持ちよくなれるものを持ってるんだよ……へへ、気になるだろ?」


「あー……」


 関わりたくは無いが無視するのも申し訳ないな。小銭とは言え金をもらってしまったんだ、金をもらった責任というものは確かにある。


『ストップ』


 とりあえずその男の動きを止めて収納魔法でストレージに放り込んだ。せっかく気持ちよく泥のように眠れそうだったのに、またギルドに行かないとならないのか、やれやれ、向こうから飛んでくるトラブルはやめて欲しいな。


 収納魔法で人間をしまうというあまりやる機会のないことをしたままギルドに向かった。


「ちゃーす、ジェニーさん、今いいですか?」


「あれ、クロノさんじゃないですか? どうしたんですか?」


「酔っぱらって町を歩いていたらこんなのに絡まれまして……」


 ドスンと男をストレージから出す。ジェニーさんは人間を入れるという使い方にドン引きしているようだが、ここは肝心な問題ではない。


「コイツがこんなものを勧めてきましてね」


 止まったままのごろつきのポケットから袋を取り出す。そこには錠剤が一〇個ほど入っていた。


「これはもしかして……」


「たぶんお察しの薬だと思いますよ」


「ちょっとギルマスを呼んできます!」


 そう言ってパタパタとギルドの奥に走っていった。奥からガタイのいいおっさんが嫌々という感じで出てきた。


「ジェニー……俺は事務仕事がメインだと言っているだろう、荒事は嫌いなんだよ……」


「ギルマスですか、お会いするのは初めてですね」


 俺の挨拶にギルマスもやる気なさげに挨拶を返す。


「レーヴだ、覚えてもらわなくていいぞ、厄介ごとはジェニーに任せているからな」


「ギルマス! クロノさんに失礼ですよ! わざわざ犯罪者を連れてきてくれたんですから」


「おー……そうだったな。ご苦労さん。そこでピクリともしていないヤツが犯人か?」


「そうですね、コイツは下っ端だと思いますけど」


「ご苦労さん。ジェニー、コイツを縄で縛っておけ」


「はい」


 手際よく犯人をロープで縛っていく。この人も慣れているようなのでこういう事はよくあるのだろうか?


「コイツ、なんで動かないんだ?」


「ああ、俺が止めてるからですよ。動かしていいですか?」


「そうしてくれ。体は拘束したしあとは俺の仕事だ」


「お気の毒様です」


 ジェニーさんが小さくそう漏らしたのを聞き逃さなかったのだが、どういう意味だろうか?


「クロノ、ご苦労だった。あとのことはこちらに任せてくれていいぞ」


「はい、俺の仕事はここまでですね」


 そう言って男を動かしギルドを出た。男はポカンとしている様子だった。まだつかまったことにすら気づいていないのだろう。俺は後は任せてギルドを出た。少し歩いてからギルドの方から悲鳴が上がった。その声が犯人の男のものだったので深くは気にしないことにした。


 翌日、ギルドを訪れると『感謝状 ギルドマスターレーヴ 薬物の密売組織犯人捕縛への協力を感謝する事を示す』と書かれていた。


「クロノさん、昨日はありがとうございます」


「一人捕まえただけなのに賞状が出たんですか?」


 組織の末端を捕まえただけなのに大事ではないか。


「ギルマスがごうも……問い詰めて組織について全部吐かせましたからね。組織も隠れてしまっていますが身元が割れたので時間の問題でしょうね」


 拷問したのか……ギルマス、案外怖い人なのかもしれない。


「クロノさんにも寸志としてこれだけですが出ていますよ」


 そう言って金貨を一枚もらった。本当に寸志だがもらえただけマシだろう。契約の内容からすれば払う義理はないのだからな。


「どうも、では今日はこれで帰ることにしますね」


 怖いギルマスがいるので少しほとぼりを冷ますとしよう。怒らせると怖そうだ。


「今回はありがとうございました!」


 そう言って見送ってくれるジェニーさんの言葉を受けながらギルドを出た。

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