第110話「vsドラゴン」

「クロノさん! 緊急です! ドラゴンが来ているのが観測されました!」


 ジェニーさんはこの世の終わりのような顔で言っているが大したことでもなくないか?


「そうですか、自警団に倒してもらえばいいじゃないですか。そもそもこの町にドラゴンが襲ってくる要素ってあります?」


「時々来るんですよ……金貨や宝石を狙ったグリードドラゴンが定期的に来ますので……」


「面倒くさいですね……ドラゴンの一匹くらいギルドに頼らなくても倒せるのでは?」


 金はまだ余裕があるのでドラゴンとわざわざ戦う理由がそんなに無い。まして襲われるのは金銀財宝のあるところ。俺の財産はストレージに入っているので襲われない。正直戦うメリットが見つからないのだが……


「勝てないんですか?」


「は……?」


「クロノさんは結構実力者だと思ったんですけどねー……勝てないなら町でなんとかするしかないですねえ」


 乗るな……こんな見え見えの挑発に乗ってたまるか。ドラゴンは倒すのが面倒くさいんだ。見栄をはるためだけに力を使うべきではない、ここはじっと我慢しよう。


「しょうがないですねえ……町でも『本当に』実力のある、『本物の』実力者の皆さんにお願いしましょうかねえ……」


「……」


 見え見えなんだよ、乗ると思ったか。


「ちなみにグリードドラゴンを討伐すれば金貨五〇〇枚が報酬として支払われます」


「それを先に行ってくれませんかねえ、ジェニーさん?」


 その金額なら多少の危険は飲める。トカゲ一匹倒して豪遊が出来るとか超おいしい依頼じゃないか!


「それでドラゴンはどの辺から来るんですか? 一刻も早く倒して町を危機から救わなくてはいけませんね」


「切り替えが早いですね……観測によると東の方から飛んできているそうです」


『クイック』


 聞くなり俺は高速移動で町の東門を目指した。あっという間についたので門番さんにドラゴン討伐だと告げて町を出る。派手な魔法を使うと町の中に被害が出るからな。壊してもいい場所でやらなくちゃあならない。


 そして少し待つと高高度に魔力を感じた。おそらくかなりの上空から町を襲うつもりなのだろう。


『グラビティ』


 重力操作で広範囲に強力な力場を発生させる。さすがに金貨五〇〇枚がかかっているので手加減抜きで使った、それに耐えられなかったのかものすごい勢いでドラゴンが落ちてきた。


 しかもこの体を飾り立てているドラゴンだが思ったより弱いらしく重力場から抜け出すことも出来ない様子でこちらを恨めしそうに見ている。そんな顔をされても金貨五〇〇枚と自分の弱さを恨むんだな。


「下等……生物……ごときが……」


「やかましい」


『ストップ』


 どうやら性格が悪いようなので討伐しても気に病むような相手でもなさそうだ。ここで泣いて縋ってきたら多少は命乞いを聞くところだが、このトカゲは力の差も分からずわめき立ててきた。戦うというなら遠慮は要らない。コイツは自分から戦うことを選んだのだからその結果についても責任は自分で取るのだろう。


 たとえその結果命を支払うことになろうと自分で選んだのだからしょうがない。人間が動物を密猟するのとは全然話が違う。


 俺は動きを止めたドラゴンの上空高くに向けてナイフを数本放った。ドラゴンの上の重力場に入ったナイフが何十倍にもなった自重で落ちていく。


 グサグサとドラゴンの鱗をパンのように切り裂いてナイフは沈み込み、貫通をしてドラゴンの下の地面に刺さった。チョロいな、これで終わりか。


 全魔法を解除するとグリードドラゴンは血を噴き出して倒れ伏した。こうも簡単に倒せてしまうと金貨五〇〇枚の報酬が高すぎる気がして申し訳なくなるくらいだ。まあ俺が町にいるときに襲ってきたこのドラゴンと、相手がどの程度の脅威なのかも調べず報酬を決めたギルド、どっちもどっちであり、あえて言うなら運だけが悪かったのだろう。


 ロクに話す間もなく死んだのは多少気の毒だが俺に高慢な態度で襲おうとして殺す気はありませんでしたということもないだろうし、この結果は必然と言っていいだろう。


 ドラゴンの死体をストレージに入れておこうかと考えていると町の方から兵士がやってきた。自警団かな?


「討伐ご苦労様でした! ギルドの方ですね? 報酬はギルドの方に払うように伝えておきます」


「それはどうも、このドラゴンの死体ですけど欲しいですか? 素材くらいにはなるでしょう? もっとも、さっきの攻撃でかなりボロボロですけど……」


「あなたが倒されたのだから素材の権利はあなたに……」


「要らないですよこんなもの。普通のナイフで串刺しになるようなドラゴンの皮膚や鱗とか要らないです」


 たぶん雑魚の部類に入るのだろうし査定したところで報酬の金貨五〇〇枚と比べてしまうとおまけ程度にしかならないだろう。町の人間ならまだ有効な使い方を思いつくかもしれないし、死蔵してしまうのが明らかな俺が持っておくよりずっといい。


「ではこのドラゴンは町で回収して構いませんか?」


「ええ、死体運びは面倒ですしお願します」


 さて、ギルドに帰るかな……


「あ、あの!」


 兵士の一人が俺に声をかけてきた。


「なんでしょう?」


「あなたは一体どこの達人なのでしょうか? これだけのことをナイフだけで行うのはよほどの実力が……」


「ははは、ないですよそんな実力は。俺はただの旅人ですからね」


 ポカンとする兵士を後にして俺はギルドへ報酬をもらいにいった。


 ギルドに入るなり渋い顔のジェニーさんが出迎えてくれた。


「クロノさん……確かに報酬の話を後回しにしました、確かに焚きつけるようなことは言いました、それについては謝罪しますがね……あんなに強いなら渋る必要なんて無かったじゃないですか!」


 どうやら俺がドラゴンを軽く倒したことが不満らしい。交渉材料を出し渋っておいてこちらには手札を全部公開しろ等という都合のいい話には乗れないな。


「あのくらいなら楽勝ですがね、いるんでしょう? 「本当に強い人」がね……」


「むぅ……」


「はいはい、細かい話はいいでしょう? 報酬くださいよ報酬を!」


「どうぞ」


 そこそこの大きさの袋にずっしりと重い金貨がたっぷりと詰まっていた。この町で赤字になることはないであろう金額だ。


「しかし景気のいい話ですね、これだけ報酬を払うならドラゴンに貢いだ方が安く付いたんじゃないですか?」


 ドラゴンは知能はあるので全面降伏すれば命乞いの交渉は出来る。俺はそんなものを認める気は無いが町の人なら金で解決したかもしれない。


「それをやると次はもっと要求が上がるんですよ。強欲グリードなドラゴンですからね。昔それをやってとんでもなくふっかけられて以来突っぱねるルールになっているそうです」


 弱いというのは大変なことだ。トカゲと大金の交渉をするというのはプライドが傷つくに違いない。


「まあアレだけ派手にやっておけば次は来ないでしょう」


 無惨な死体だったからな。あんな風になりたいとはドラゴン程度の知能があれば思わないだろう。


「なんにせよ、ありがとうございますとは言っておきます。ギルドの面目躍如ですよ!」


「それはそれは……」


 俺は報酬をストレージに入れてギルドを後にした。その日は少し高級な酒を飲み、高級な肉を食べた。おいしい依頼だったしドラゴンがたまには来てもいいんじゃないかななどと思ってしまう自分がいたのだった。

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