第109話「樽酒を安く作る」
その日、ギルドに俺の指名依頼が届いていた。それはまさかの依頼であり、『地酒のエイジングを行って頂きたい』というものだった。
「ジェニーさん、何か言いふらしましたか?」
「まさか! 私は潔白ですよ! というか何故その依頼がクロノさんを指名して届いたのかも知りませんもの」
人の口は塞げない。どこから漏れたのか知らないが、依頼元の酒蔵にはどこかから情報が入ったのだろう、迷惑な話だ。酒の熟成は俺のスキルにぴったりな依頼だ。しかし無闇に力を使うと面倒なものが寄ってくるので視線の多いところではあまり使わないようにしている。
「クロノさん、その依頼者はこの町で結構有名でしてね……断るとどうなるか分からないんですよ……」
俺は、自分のためでも依頼者のためでもなく、ジェニーさんの立場を守るために依頼を受けることを決意した。別に依頼者に興味は無いが、お世話になっている人が苦労するのは悲しいことだ。
「受けますよ」
「本当ですか!?」
「ええ、このくらいは簡単ですからね」
実際難しい依頼ではないだろう。寝かせてある樽酒に時間加速魔法をかけるだけだ。このくらいは簡単なのだが、目立つとその手の依頼が大量に舞い込んできそうなのであまり見せたくはない。
「では、町の南東の酒蔵に向かって頂けますか。そこが依頼者の自宅兼貯蔵庫です。お屋敷がかなり大きいのですぐ分かると思いますよ」
「そうですか、ちなみに依頼者の名前を聞いていませんでしたね?」
「そうでした、『ゴールドマン』と言うかたです。もっとも、名前の割にケチなので有名ですがね……」
ゴールドマンか……金持ちになるために生まれたような名前だな。金持ちは金をばらまくタイプと、徹底的に出し渋るタイプがいるが、ジェニーさんの口ぶりからするにどうやら後者なのだろう。
町の南東地区には大量の大きな建物があった。どうやら自宅ではなく酒蔵らしい。あたりを見ると、飾り気のない酒蔵と違って、贅を尽くした装飾をした立派な建物があった。
その家のドアをノックする。太った男がどうやらドアの前で待っていたらしく即座にドアが開いた。
「君がギルドの新人かね? あまり魔道士らしくはないようだが……」
「信じる信じないは自由ですがね、断るなら依頼者都合とギルドにきちんと報告しますよ」
いきなり人を値踏みするようなやつにロクな奴がいない。経験側だが結構あたってしまう。
「分かった、案内しよう」
酒を寝かせている樽が大量に並んだ工場みたいなところに俺は案内された。百ではくだらない数の樽が置いてある。これが何年寝かせた酒なのかは知らないが、ゴールドマンが欲深いことだけははっきりと分かった。
「で、どの樽をエイジングすればいいんですか?」
「全部だ」
「は……?」
「出来るんだろう? ギルドでは評判だぞ」
くそ……どこかから情報が漏れている。いい迷惑だ。
「報酬はおいくらですか? これだけの量だと一樽金貨一枚としても百枚以上はくださいね」
「君ねえ、それはとりすぎだとは思わんのかね? 簡単に魔法でできるんだろう?」
「出来ますよ、それをやってあなたはこの酒を一体何割増しで売るつもりですか? 元は十分取れるのだから問題無いでしょう?」
「……」
ゴールドマンは黙りこくってしまった。この手合いとは遂行前に報酬の交渉をしておかなければ踏み倒す奴が普通にいる。
しばらく沈黙が続き、損得の計算が出来たのだろう。ゴールドマンは口を開いた。
「分かった。樽一個金貨一枚で構わない。ここには一二〇個寝かせてあるので一二〇枚になるな」
「オーケー、いいでしょう。ではちょっとここから離れてもらえますか?」
「なんだ、私が見ていてはいかんのか?」
ゴールドマンは訝しいものを見る目を向ける。正直魔法を使うところをあまり見られたくはないし、そもそものところ……
「一個一個エイジングしていったら切りがないのでここ全体に魔法を使います。別にそこにいることは構いませんが、魔法を使ったところで老けたいのなら構いませんがね」
「分かった、ここからは出る」
「いいでしょう、ではさっさと終わらせてしまいましょう」
ゴールドマンを建物から追い出し、俺は強めの魔力を練って範囲をこの建物全体に広げる。
『オールド』
時間が加速し、樽の中身は徐々に揮発して減っていく。どのくらいエイジングをして欲しいのか聞いていなかったので、樽の中の酒が半分くらいに減ったところでストップした。
入り口を開けゴールドマンに検品を頼む。一つの樽から少しすくってそれを飲んでいる。いい顔をしているので失敗したというわけではないのだろう。
「確かに、良いエイジングが出来ている。金貨一枚でここまでエイジングが出来るなら安いものだ」
「言っておきますがね、ギルドに圧力をかけるのはやめてくださいよ。俺は何度も手伝う気はありませんからね」
二度目はないと釘を刺しておいた。こんな事をやたらとやったら酒の価値が乱高下して安定供給が出来なくなる。エールのような酒にはあまり関係ないかもしれないが、長く寝かせる蒸留酒の相場は崩れるだろう。
「表に出ていたあいだに用意した報酬だ。受け取ってくれ」
そう言ってずしりと重い革袋を渡された。中身を軽くチェックして本物のようなのでストレージに放り込んでおいた。
「君は収納魔法も使えるのかね? 是非我々の商売に協力して欲しいものだね」
「悪いけど旅人にそういう生き方は向いてないんでね。気持ちだけは受け取っておきますよ」
こうして俺の依頼は終わった。そして翌日、蒸留酒がそこそこ出回っていて、価格が崩れるのではないかと思ったのだが、ゴールドマンは商売人だけあって一気に放出せず少しずつ高級品として売っていた。
俺はそんなことをやるためにスキルを使ったのかと思うと複雑だった。
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