第108話「甘味処を巡った」

 今日は純然たる観光をしている。教会が報酬の適正化を宣言したと楽しそうにジェニーさんは言っていた。採算割れの依頼が無くなったことからクエストボードにはほとんど貼り紙が存在していなかった。


 雑魚の素材収集程度の依頼はあったが、そんなものはストレージにとっくにストックがたまっているものばかりだった。それを出して納品とするのは少し心が痛んだのでその日は依頼を受けず町の観光をすることにした。なんとなく今日は甘いものが食べたい日だ。


 町を歩いていると、団子屋の看板に茶色いタレをつけられ、焦げ目のついている団子の絵が描いてあった。これは甘いのだろうか? タレの色からするに辛いものである可能性もある。だが、何事も挑戦だ、団子の一つ食べられなくて旅人ができるはずはない。


「いらっしゃいませ!」


「団子を三本、看板に書いてあるやつ」


「はい、『焦げた星』ですね!」


 そういう名前の団子らしい。名前から味の想像はつかなかった。しかしすぐに団子を焼く匂いが漂ってきたのだが、タレに砂糖が多く入っているらしく甘い香りが漂ってきた。


 これは思わぬ出会いかもしれない。少し待つと団子を載せた皿が運ばれてきた。


「どうぞごゆっくり」


 店員はそれを置いて離れていったが俺は美味しそうな団子を串からかじり取った。砂糖たっぷりで僅かに塩味を感じるタレと、団子自体にも砂糖が入っているのだろう、全てが甘くて頭が溶けそうな味だった。噛みしめると中から甘みが出てくる団子は大変満足のいくものだった。


 甘辛いタレの材料を聞いてみたいほどの美味しさだったが、こういう物の製法は秘密だろうな、これがもっと広まって欲しいと思うくらいだ。


 三本を食べ終わり会計を済ませる。銀貨一枚で、団子三本としては妥当な金額だし、この町の物価からすれば安いとまで言っていいだろう。


 次の店は……いい香りのしてくるこの店にするか。店内に入ると皆がケーキを食べていた。フルーツをたくさん載せているところから高級なのだろうなとうかがえる。


「いらっしゃいませ、旅人さんですね? 当店では果実を豊富に使用したケーキを提供しています、ご希望の品がありますか?」


「そうですね……イチゴを使ったものを頂けますか?」


「かしこまりました、ご自由におかけになってください」


 俺は適当な席に着いた。陽光が差し込む温かで目立つ席もあったが、自分が見世物になるようでどこか恥ずかしいので奥まった席に着いた。


 席についてしばらく待つと店員がケーキを持ってきた……持ってきたのだが……


「どうやって食うんだこれ?」


 分厚いパンケーキを数枚重ねてそれにクリームを塗り大量のイチゴが貼り付けられている。


 とりあえず切ることにしてナイフを持って突き刺したところクリームがズプリと溢れ出た。どうやらこのケーキはとことん綺麗に食べられることを拒否したいらしい。


 断面を見ると内部にもたっぷりとクリームが入っており、イチゴも平たく切ったものがミッチリと詰まっていた。健康にはあまり良くなさそうだが味の方は期待できそうだ。


 切り取ったものを口に放り込んで顔についたクリームを紙で拭う。これは日常的に食べてはならないものだ。これに慣れると普段の野菜スープなど到底食べられなくなる。時々食べるからこそ飽きないもので、常食すると圧倒的に太りそうな味をしている。


 一口目は美味しかった。確かに美味しかったと思う。二口目で体に砂糖を流し込まれているような気分になった。三口目で体がクリームになったような感覚を覚えた。その後は頭にクリームを流し込まれているような感じを受け続けながらなんとか食べきった。食べきった自分を褒めてやりたい。中に入っている酸っぱいイチゴが無かったら甘みの塊を食べるのは無理だったかもしれない。


 完食をして会計を済ませる……済ませようと思ったのだが……


「すごいですね! 全部食べきった方は無料のサービスをしているんですよ! おめでとうございます!」


 どうやらやはりアレは一人で食べるようなものではなかったらしい。食べきったら無料と言うことは食べきれないことを前提に作られたものじゃないか……


「ちなみに食べきれなかったら……?」


「金貨三枚でしたね」


「本当に美味しい商売ですね!」


 ヤケクソ気味に完食の証明書をもらって店を出た。どうやらこの証明書はあまり多くは発行されていないらしい、旅人で事情を知らないからとカモられそうになったようだ。一寸先の闇には何が潜んでいるか分からない町だな……


 それから最後にカフェに寄った。コーヒー専門店だ、軽食すらも出していない純粋なカフェだ。俺はとにかく体の中にたまった砂糖を中和する苦味を求めていた。


「注文は?」


 マスターがぶっきらぼうに聞いてくる。


「一番苦いやつを、砂糖抜きで」


「……」


 なんだかマスターもあらぬ事を察してくれたのか無言でコーヒーを淹れ始めた。その流れの空気で『砂糖をたくさん取ったから』とはいいづらい雰囲気になってしまった。


「ゲルト諸島の豆で一番苦い種類を選んだ、詳しくは聞かんが飲め」


 なんだか話が尾ひれをつけているような気がするが、置かれたカップに口をつける。苦味が口の中を洗い流した。非常に苦い種類のようだが確かに美味しかった。


「サービスだ、これも飲んでおけ」


 俺が一杯飲み終わったところでマスターが一杯のコーヒーを置いてくれた。見たところミルクは入っておらず砂糖は添えられていない。香りを嗅いだところ僅かに酒特有の香りがした。


「飲まなきゃやっていられないときもある、遠慮せずに飲むといい」


 このマスター、がめつくないどころか、結構サービスがいいようだ。一口飲むと口の中にコーヒーの苦味と酒特有の刺激で口の中に残っていた甘さは吹き飛んだ。


「ごちそうさまです」


「ああ、悩みは解決したかい?」


「ええ、今日はためになることの多い日でした」


 適当に話を合わせて会計に銀貨五枚を支払ってカフェを出た。一日食事をしてすっかり空が赤くなってきた頃に宿に帰った。当然のことだが宿の食事は断っておいた。


 寝るまでは平気だったのだが、翌日、胸焼けの酷さと腹から上がってくる酸っぱいものに悩まされてしまった。

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