第106話「アンデッドの浄化」
ギルドには今日も外れ依頼が貼り出されている。今回の依頼は『墓場に出たアンデッドの駆除』だった。
「珍しい依頼ですね」
俺は受付で退屈そうにしているジェニーさんに声をかけた。その返事は心底どうでもいいという気持ちのこもった言葉だった。
「身内のいない死体を雑に埋葬したので浄化が足りずアンデッドになったらしいです。聖職者でさえ遺族がいないと金にならないって投げてるんですよ。うちはゴミ依頼の集積所じゃないんですがねえ……」
なるほど、皆が投げ捨てた依頼が回ってきたのか。よく見ると報酬は金貨一枚で依頼者は教会だ。報酬は金貨一枚、自分たちのところの職員を動かすよりもギルドに投げた方が安いと判断したのだろう。司祭などを動員しても身寄りのないアンデッドを処理しても感謝をしてくれる人などいないのだ。
俺はその依頼を前に少し考えた。時間遡行を使えばアンデッドを生き返らせることも可能だ。だが、やめておいた方がいいだろうな。たとえ生き返っても行き場などどこにもないのだから混乱するだけだ。死んだヤツは平和に眠らせておくべきだ。
「これ、受けます」
ジェニーさんは驚いた顔をする。
「いいんですか? 絶対に割に合いませんよ?」
「たまには慈善事業もいいでしょう」
身寄りのない死体なんて旅をしていればころがっているものだが、それを助ける気は無い。自分の意志で旅人などという不安定な生き方をしているのだからそのくらいの覚悟はあるだろう。しかしたまにはそういった気の毒な連中を浄化するくらいのことはしてやろう。
「はい、じゃあ受付はしましたので町の外れにある墓地に行ってくださいね、教会にある墓地じゃないので気をつけてくださいね」
「墓地なのに教会が管理していないんですか?」
「建前上は教会の土地の飛び地なんですけどね……採算が取れないというわけで町外れに隔離されてるんですよ。そもそも教会の敷地内の墓地ではアンデッドは出ない程度に弔ってますから」
なんとも悲しい話だ死んでからも金がかかる、安住の地が欲しければあの世からでも送金しろというメッセージなのだろう、天涯孤独の俺もその辺で死ぬのは仕方ないかと思っているが、金に汚い教会に葬られるくらいならドラゴンと戦って死んだ方がマシだろう。
「では行ってきます」
「よろしくお願いしますね」
こうして町の外れに来ると『アンデッド発生中! 関係者以外立ち入り禁止!』と書かれた貼り紙があり人払いをしていた。関係者という言葉には教会の人間も入るだろうと思うのだが、当然のごとく教会所属のプリーストなどは誰一人いなかった。
俺はストレージの中を確かめる。聖水のストックは十分あるようだ。時々わいてくる低級アンデッドを駆除するのに使うものだが、アンデッドと戦う機会が少ないので十分たくさん残っている。
「ぐるお……ぐ……」
ゾンビが歩いて来たので慌てず聖水の入った瓶を放り投げる。当たったゾンビは溶けるようにして地面に消えていった。
「ごごご……ぐげ……」
ぽい
「う゛ぁう゛ぉえ」
ぽい
飛んできた聖水を避けたゾンビは誰一人いなかった。それで順調に数を減らしていったのだが……
ゾンビがあらから片付いたところで、この墓地に生えている木に向かって声をかけた。
「やる気はあるのかな? 『リッチーさん』」
木陰から出てきた少女の姿をしたアンデッドは俺に対して恐怖の心を抱いていた。アンデッドの駆除なので一応リッチーもその対象に入っている。しかしゾンビと違って会話のできる上位アンデッドを問答無用で倒すというのは心情的に気が進まない。
「あのー……もしかして見逃してくれたりします?」
新人リッチーは俺に問いかけてきた。
「俺はこの墓のアンデッド駆除を依頼されただけだから出て行ってくれるなら放置するよ。ゾンビは話が通じないから倒したけどね」
「じゃ……じゃあ逃げます! いなくなるので見逃してくださいね?」
「ああ、俺は何も見てないよ、ここにはゾンビしか居なかった君のような話が通じるアンデッドなんて見てないよ」
「あ、ありがとうございます! 私はシェーニャといいます! また会うことがあれば絶対にお礼をしますので……」
「シェーニャ、そんなに気にする必要は無いよ。ただ、アンデッドとして生きていくなら教会の影響が強い地域はやめておいた方がいいよ。魔族領とかおすすめかな」
「わかりました!」
「この町はやめておいた方がいいし、早めに出ることをオススメするよ」
「はい! では私はこれで逃げますので……嘘の報告ありがとうございます!」
「さよならシェーニャ、よき旅路を」
墓地から町の外壁に向けてジャンプをして軽々と壁を飛び越えていった。身体能力は生前よりかなり向上しているようだ。俺は何も見ていない、ただそれだけだ。
ギルドに帰ると「お疲れ様でした」と出迎えてくれた。教会が詳細なレポートを要求すると困るところだったが、とことん金にならないことはどうでもいいらしく、駆除が終わったと言えばろくに調査さえしなかった。
「物足りないでしょうが報酬です」
「金貨一枚、確かに頂きました」
「ごめんなさい、余り物の依頼を受けさせてしまって……」
「構いませんよ、ギルドなんてものはそういうものだと思ってますから」
「それはそれでギルドの信用が無くて辛いですね……」
「それでは今日の依頼は以上でおしまいですね、それではまた今度」
俺はギルドを出て酒を一瓶買った。それを墓に少しづつ撒いて死者の冥福を祈った。また迷い出てきて欲しくないものな……たぶん俺にしては珍しく甘い判断だったのだろうな。
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