第105話「闇酒の取り締まり」

 ギルドに入るなりジェニーさんが声をかけてきた。


「クロノさん、この依頼を受けて頂けますか?」


「どんな依頼ですか?」


 ジェニーさんの差し出した紙を見ると『闇酒を拒否しよう! 健康な飲酒を!』とでかでかと書かれていた。


「なんですかこれ?」


 説明するのも嫌そうにその闇酒とやらの説明をしてくれた。


「実は錬金術に必要な素材の一部がお酒として出回っていまして……錬金術で使うには問題の無い品なのですが飲用するとものすごく健康に悪いんですよね……その取り締まりに協力してもらえないかと思いまして」


「ああ、錬金用の試薬を飲んでるんですか。時々その手の人はいますね、怖くないんでしょうかね?」


「怖いけど飲んでしまうんですよ……労働力に関わるのでギルドにまで取り締まりのお願いが来てるんです。商業ギルドにも試薬の取り扱いの厳格化をするよう通達が届いたそうですよ」


「どこもかしこも酒飲みは見境がないですね」


 ジェニーさんは心底嫌そうに言う。


「本当にね、スラムに流している連中もいるそうで、いい迷惑ですよ」


 この町にも闇はある。そこそこ根深い闇のようだ。しかし俺には関係が無い、依頼されたからやるだけであってこの町の将来を背負うつもりはないのでそんなに深く考えない、何でもかんでも救おうとすると誰一人助からないことはよくあることだ。理想と現実のあいだで妥協できる点を探すのが長生きの秘訣だ、必要以上に厄介ごとには関わらない。


 しかし……この依頼には『ギルド登録者は必ず参加すること』と書かれている。やるしかないようだ、面倒くさいけど愚痴ってもしょうがないな。


「それで、具体的には何をすればいいんですか? 町の事情なんて詳しくないですし、闇雲に闇酒を探せと言われても困りますよ?」


「ああ、ギルドに来た内容は『闇酒の流通拠点を叩くこと』と通達が来てますね、目星はついているのでそこで後ろ暗い商売をしている連中を捕まえるのが目的ですね」


 ふむ、目的地があるのならそれほど難しい依頼ではないな。拠点を叩くなら俺のスキルが効果を上げる事もできるだろう。


「ちなみに相手には後ろ盾のような組織はあるんですか? 個人でやっている取り引きなら簡単に潰せますけど組織犯なら根絶は厳しいですよ?」


「大元は町の自警団が潰すのでギルドに回ってきたのは末端の処理ですね。後々大きなことになるような相手を旅人に任せるようなことはしませんのでご安心を」


 準備は完璧か……だったら取り引きを叩くのも自警団におまかせしたいところだが、ここの町にいる以上滞在地の治安維持もギルドの仕事だ、そのくらいは協力しよう。


「では目的地はどこですか?」


「町外れの倉庫ですね、錬金術師の使用する薬品が保管されている倉庫の隣の倉庫です。隣の倉庫に錬金術師を名乗って納品させているようです。隣の建物なので雑なチェック体制をすり抜けていたそうです」


 いい加減だなあ……そもそもそんなことを考えつく人間がいなかったのだろうか? どこの町でも多少はあることだが、自警団を動かすほどの事態になるとは随分と大事だ。


「では、行ってきます」


「ご武運を」


 そうして俺は郊外の倉庫街へとやってきた。錬金術用の倉庫は引火や爆発を避けるために町外れに集まっている。警備員もいるが、どれが正規の警備員で、どいつが闇酒を隠している倉庫を守っているのかは不明だ。ただし依頼の目的は闇酒の回収であって、警備員などの末端の捕縛は仕事になっていない。ならば話は簡単だ。


『ストップ』


 まとめて全員の動きを止める。区別する方法が無ければ全員止めてしまえばいい。捕まえたり処刑したりするのは俺の務めではないので、目的の物だけ回収するなら区別の必要は無い。


 全員止めたので易々と目的の倉庫に入ることが出来た。鍵も閉めていないとは不用心なものだ、まあ鍵を持ったやつから回収するだけなので警備員が落ちた時点でアウトと判断しているのだろう。


 ガチャリ


 ドアを開けて倉庫内を見渡す。そこには『錬金用エーテル』が大量に積み上げてあった。もちろん箱には『飲用不可』と書かれている。当然体に危険がおよぶ程度に害が出るのだが、とにかく安い酒を求める連中が飲むらしい。命知らずだとは思うが、酒は美味しいので少しだけ気持ちは分かる。しかしそれなら安酒を飲んだ方がいいとは思うところだ。


 ストレージを開いてっと……


 ドスン


 倉庫内の闇酒はまとめてストレージの中に入った。チョロい依頼で助かったな。あとはこれをギルドに届けて完了だ。


 ギルドにつくと数人が文句をつけているところだった。


「もう一人行ってるんだろう? 俺らが協力しなくてもいいだろ?」


「そうですよ、足りない戦力は自警団に任せるべきです」


「いえ、ギルドとして受注していますので参加は義務として……」


 ジェニーさんがギルドの所属者に文句を言われている。どうやらこの依頼を受けたいと考えている奴は少ないようだ。


「ジェニーさん、回収してきましたよ! これ以上の応援は不要です」


「クロノさん! もう終わったんですか?」


「ええ、全部回収したので検品をお願いします」


「は、はい! かなりの量だったと思うのですが……どこにあるんですか?」


「全部収納魔法でストレージに入っています」


「え! 収納魔法ってそんなに入りましたっけ?」


「大した量でもなかったので……」


「そ、そうですか……それでは査定部屋へご案内しますね」


 そうして二人でギルドの奥に行き、一番広い査定用の部屋へ入った。ここなら全部出しても問題無いな。


 ストレージから出してっと……


 ドスン、ドスドス……


 これで全部かな……ストレージは……うん、残ってないな。


「倉庫にあったのはこれだけです。横流しされたんでしょうね」


「確かに錬金術用の品ですね。問題ありませんが……よくこんなに入りましたね。内容も確かめないと……」


 そう言ってジェニーさんは箱を開けて中身に闇酒が入っていることを確認して俺に向き直った。


「はい! 確かに依頼で頼まれていたものですね。お疲れ様でした!」


 そうして俺は納品を終えた。はっきり言って報酬は大したことがなかった。ほぼ公務のようなものだから大金は出せないと言うことだろう。それでもギルド全体の依頼を一人でこなしたので数人分の報酬を一人でもらうことができた。


 その日、理由こそ明かさなかったものの、数件の格安料理店で酒を出せなくなったそうだ。

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