第104話「錬金実験」
『錬金術の助手募集』
ふんわりとした依頼だな……何一つ具体的なことを書いていない。どんな依頼か分からないのだが、報酬欄の『期間一日、日給金貨十枚』と書かれているのが気になる。かなりの金額だけに怪しい依頼ではないのかと思えるし、何をさせられるかも分からないので気軽に受けることはできない。
「おや、クロノさんは錬金術に興味がおありですか?」
ジェニーさんがギルドに一人しかいなかった俺に声をかけてきた。
「錬金は結構やらされましたからね……エリクサーの錬金は嫌というほどやらされましたよ……」
その言葉にジェニーさんの目が光った。
「この依頼人のフィル博士なんですが、高品質エリクサーを効率的に作る方法を探している人なんですよ。クロノさんにぴったりの依頼だと思いますよ」
なんだかきな臭いような依頼だが、選択肢の中で報酬が一番よく、これ以外にはキノコを採ってこいとか、スライム討伐とか安い報酬のものしか貼られていない。やはり冒険者に依頼をすることが少ない町なのだろう。俺はジェニーさんに聞いた。
「危険は無いんですね?」
ジェニーさんは事もなげに答える。
「少なくとも爆発や毒ガスは出ませんよ、そういうのは許可が下りませんから」
ある程度の安全性はギルドの保証付か……おそらく受けても問題無い依頼なのだろう。どことなく怪しい実験のように感じるのは依頼票の隅に書かれた胡乱なイラストのせいだろう。実験自体が危険というならこの町で許可は下りないだろう。
「では、この依頼を受けさせてもらいますね」
「どうも! 受注手続きを済ませちゃいますね」
そう言って通信端末から依頼者の元へ連絡をする。ギルドに通信端末が置かれているのは豊かな証拠だ。場末のギルドにはそんな高価なものは置いていない。
数回やりとりをした後、俺の身体的特徴を話して錬金術でもしもの事態に耐えられることを確認しているようだ。それから少しして、無事俺は助手として認められ、郊外の屋敷へと向かうように指示された。
「ではいってきます」
「はい!」
無事受注ができたことをジェニーさんも安心したようで俺を送り出してくれた。
そしてやってきた郊外の屋敷はお屋敷と行って差し支えない立派なものだった。玄関に向かいドアをノックするとすぐにドアが開いた。
「ほう……新人か、歓迎するぞ!」
そう言いながら少女が出てきた。娘さんだろうか?
「お主、名前はなんじゃったかの」
「クロノです、旅人をやっています」
「ふむ……なるほど、しがらみは無いということじゃの」
なんだか不穏な会話をしているような気がする。というかフィル博士とやらはいつ出てくるんだ?
「お嬢さん、俺はフィル博士に用があってきたんだけど」
「なんじゃ、聞いておらんのか? 我がフィルじゃ」
「は?」
どこからどう見ても生まれてから十年も生きていないであろう幼女がそう言った。尊大に断言する様は威風堂々たるものがあった。
「我はこれでもお主の三倍は生きておるよ。若返りのエリクサーを実験で飲んだところ実際に若返ってしまったのじゃよ」
怒濤の展開に頭の理解が追いつかない。目の前の幼女が博士? 冗談も程々にして欲しいが、実際この屋敷で他の誰とも出会っていないので、留守番をしているのでなければこの幼女が屋敷の唯一の住人だということになる。
「あなたがフィル博士?」
「そうじゃ、まあ毎回驚かれるので我も慣れておるよ。実験の助手をしっかり務めてもらえれば文句は無いからの」
フィル博士が幼女だったのは驚きだが、会話の前に一つの革袋が置かれてその中身を見せられた。
「金貨十枚、今日一日手伝ってもらう報酬じゃ。受け取っておけ」
俺は怒濤の展開に反射的におかしいと答えてしまう。
「いや、先払いなんですか? 俺は全然構いませんけど……」
「まあ……実験をした後で受け取れる状態かの保証はできんからの……」
そう小さく言ったのだが、つまりは実験に危険が伴うと言外に言っているということだ。危険は無いと聞いたのだが……
「危険な実験なんですか?」
フィル博士は微笑みながら答えた。
「別に危険ではないよ、ただ数日間の記憶が下手をすれば飛ぶので依頼料は先払いの方がトラブルが少ないというだけじゃよ」
それは全然安全とは言えないのではないか? リスクが高い実験をさせられる方の身にもなって欲しい。
「一応聞いておきますが命の危険は無いんですよね?」
「ああ、それは無い。飼っているネズミに投与したエリクサーの人体実験じゃがネズミは一体も死んでおらん。人間の方が生命力は強いので危険は無いよ」
どうやら高額報酬にはやはり裏があったらしい。しかし命の危険がないならおいしい依頼と言っていい。俺は覚悟を決めて申し出を受け入れた。
「分かりました、エリクサーの人体実験ですね? 受けますよ」
「ほう、いい返事じゃな! それでは早速持ってくるかの」
そう言ってパタパタと駆け出す少女らしき人を見て、頭の中まで幼女になっていないことを祈って止まなかった。それとこの依頼が町人に出されずギルドに回ってきた理由もなんとなく分かった、危険なことはしたくないもんな……
そしてフィル博士は少しして帰ってきた。手には緑色の試験官が握られている。
「ではこれを飲んで貰おうかの……危険は無いので一気にいってくれ」
「ちなみにこれはなんに効くエリクサーなんですか?」
「この町で流行っている憂鬱病じゃよ、心のマナ循環を整えて健康になる品じゃ」
心に効くやつか……リスクが結構ありそうだ。しかし金貨十枚はやはり惜しい。先払いになるはずだ、下手をすれば意識が飛ぶようなものを任せるとなるとそうもなるだろう。
「どうした? 飲むがよいぞ?」
「分かりましたよ」
俺は口の中に緑色の液体を流し込んだ。刺激の強い酸味と、口の中で弾ける泡に困惑しながらもなんとか飲みきった。
「どうかの?」
「変わらないですね、もっと心が上がると思ったのですが……」
フィル博士は頷いて答える。
「それはそうじゃよ、それは憂鬱病の患者を治すためのものであって普通の人が飲んでも効果は無い、これは飲んだときに害がないかどうかのテストじゃからの」
「そうなんですか、とりあえず飲んですぐに分かる害は無いようですね」
「ふむふむ」
「気分の方も変わらないですがそういう薬なんですよね?」
「うむ、無駄に多幸感などは出さない品じゃ」
フィル博士は俺の様子を見てメモを取り、しばらく待機させられて問題が無いかチェックされた。そして太陽がかなり傾いた頃に解放された。
「クロノ、協力感謝する。これで医療ギルドに申請できるぞ」
「それはおめでとうございます。ところで数日後に副作用とか無いですよね?」
不安の種だ。飲んでしばらくしてから聞き始める薬もあるので危険があるなら早めに言っておいて欲しい。
「ないの、それは皮膚から蒸発する設計にしておる。もうそろそろエリクサーも抜ける頃じゃろうし、安心して帰るがよい」
そうして俺は金貨十枚をもらってギルドへ報告に行った。
ジェニーさんは多少申し訳なさそうに依頼の詳細を伝えなかったことを謝られた。
「済みませんね……あまり危険は無いんですが、精神作用型だとは聞いていなかったので……」
「構いませんよ、いつもの魔物狩りと大して変わらないリスクしかなかったですし」
実際、最悪時間遡行で回復させればいいと軽く考えていた。このくらいの依頼は余裕だ。
「報酬は手渡しだそうですがきちんと頂けましたか?」
「ええ、先払いでしっかりと」
「では成功と記録しておきますね」
こうして俺は無事エリクサーを飲むことができた。毒薬に耐性は持っていないが、危険が無いことをネズミで実験済みなら案外気楽なものだ。
金貨を一枚懐に入れてその日の露店巡りをすることができ、気のせいなのかもしれないが、エリクサーの影響か、食事が美味しいと思った。
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