第96話「薬草と酒」
『地酒の素材にする薬草の採取依頼』クエストボードにはそう書いてあった。割とよく見る依頼で珍しさこそ無いものの、この町の地酒というものには興味がある。ものは試しで一回受けてみるか。
「オトギリさん、この依頼を受けたいんですけど」
ギルマスのオトギリさんは「はいはい」と言って依頼票を見てくれる。
「ああ、この依頼ですか。安全なので受けても全く問題無いですよ……ただ……」
「ただ？」
「この薬草なんですけど結構査定が厳しいので気をつけてくださいね。地酒のクオリティに関わるからとかいう話で下手なものを提出すると本当にお金になりませんから」
「面倒な依頼なんですね……」
「だからギルドなんかに回ってきてるんですよ！ おいしい依頼だったらギルドに投げなくてもやる人はいますからね」
世知辛い話だ。しかしよくある話ではある、ギルドというよそ者の集まりに出される依頼というのはたいてい事情があったりするものだ。信用があるならギルドを通さなくても信頼できる人材が集まってくる。野良の人材よりは信用できるからこそギルドに回してくる、今回もそういう事情だろう。
「じゃあ説明をお願いします」
「はい……とは言ってもこの依頼は薬草を『いい感じに』集めてくれというだけのことなんですよね……」
「その薬草の具体的な種類を教えて欲しいのですが……」
「それが、分からないんですよ……酒蔵が選別するんですがその時々で必要な物が変わるとかで、具体的な指定は無いんです」
「種類の指定は無いけれど選別はするんですか？」
「そうなんです」
「理不尽では？」
「そうですね」
何を集めてくれとは言わないが、『分かるだろう？』と理解を求めるのはあまりにもズルくないだろうか？ 解釈によっては言い値で買い取られる可能性もあるということだ。
「うーん……」
「やめておきますか？」
「いや、受けます。まあ、なんとかなるでしょう」
「分かりました、私はちゃんと説明しましたからね？」
オトギリさんは説明責任を果たしたことを明確にして俺を送り出してくれた。俺はストレージにたっぷりと抱えておけば幾らかの収入にはなるだろうと判断した。物量で押していくスタイルにすれば、品質にケチが付いても問題無いだろう。
草原に行くと辺り一面に薬草が生えている。さすが植物ばかり食べる町だけのことはある。町を出て耕作地を越えれば次に待っているのは薬草の草原だ。
一応オトギリさんは高い値が付く薬草の特徴を書いたメモを渡してくれたのだが……
『緑です』
一面の緑だよ！
『噛んでみると意識が遠くなるくらい不味いです』
嫌な判別法だな……
その下には雑草と変わらないイラストが数種類描かれている。一応イラストだがお世辞にも上手とは言えないので、この抽象画のようなのたうつ薬草があったら怖いだろう。俺だって逃げ出しそうなおぞましい植物が描かれていた。
草原で適当に薬草を刈りながら『鑑定スキル』が無いことを恨めしく思う。しかし値段が相手の言い値となっていると鑑定スキルがあれば儲けられるかと言えば少々疑問だ。
ザクザクザクと薬草の緑の部分を刈っていく。根っこの部分は雑味になるので不要、そう依頼に明記されていた。この方が根ごと薬草を刈るより再生が速いので効率がいいという事もあるのだろう。
「まったく……このくらい自分でできないものかねえ……」
酒蔵も横着をせずに自分で回収すれば余計な金もかからないだろうに、回りくどい依頼まで出して解決したいほど面倒だったのか……
サクサクと移動を繰り返してふと気がついたのだが……
サクリと自分の手の届く範囲を刈り取って……
『オールド』
根っこを抜いていないので薬草はあっという間に時間経過で再生する。それを刈り取って再び『オールド』を使う。このコンボによって俺は歩くことなく手の届く範囲で薬草の無限回収をすることに成功した。根っこが残っていないと再生ができないのでいつもは使えない手だが今回に限ってはとても便利だ。
大量の薬草を回収して町に帰るとギルドではオトギリさんの他に気難しそうなじいさんが一人立っていた。
「あんたが薬草採取をする旅人さんかね？」
「ええまあ、そんなところです」
いきなり微妙に失礼な人なのでだいたいこの依頼が残っていた理由がよく分かった。
「クロノさん、薬草はどのくらい採れましたか？」
「とりあえずこれだけ査定お願いします」
大きめの鞄一つ分くらいの量をストレージから取り出して査定を頼む。全部出すことも可能だが、向こうからこちらを値踏みしている感じがぶわっとにじんでいるので俺も出し渋ることにした。
「なるほど、月下草に風水草が多めですね、いかがでしょうジーンさん？」
ジーンさんと呼ばれた隣の老人は俺が持ってきた薬草を見てから銀貨を五枚出した。
「そんなところじゃの、風水草がもっと多ければ出してやるがこれだけではこれ以上だせんわい」
ムッとしたのでその銀貨を受け取ってオトギリさんに話を持って行った。
「ギルマス、今も薬草の買い取りはやっていますよね？」
「へ！？ ええ、やっていますよ」
「じゃあこれを買い取って頂けますか？」
そう言って俺はさっきこの老人がもっとも評価した薬草を採れた分だけ全部出した。周囲の空気がひやりと下がった。
「え？ これは風水草では？ こんなに買い取るんですか！？」
「ギルドならできるでしょう？」
「え……？」
「おい！ それはワシの依頼で取ってきたものじゃろう！ こちらに渡すのが筋じゃろう！」
「別に今回は依頼の量が指定されていたわけではないですし、現にさっき納得して俺の報酬を払ったじゃないですか、俺はそれを受け取って依頼はそれで終わり、これは常設依頼の買い取りを『別のものとして』頼んでいるだけですよ？」
「ぐ……ぬぬ……」
「まあこれが欲しいなら買い取ればいいじゃないですか、ギルドからね」
ノシノシと怒りの感情もあらわにギルドを出ていったジーンさんを見送って俺はオトギリさんに買い取りを改めて頼んだ。
「これは結構な高値をつけなければなりませんね！」
そう言ってギルマスとしてオトギリさんは熱心に買い取りを勧めてくれた。俺は当分困ることの無い金額をもらい宿に帰った。翌日、昼を過ぎてギルドに行くとニコニコ顔のオトギリさんが薬草が高値で売れたと喜んでいた。
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