第95話「まるでお肉! 肉のような野菜発売!」

 その日、町中で注目を集めている露店があった。そこには行列ができており、看板には『肉かと思った! 肉のような野菜発売!」と書かれてあった。


 露店を覗いてみると豆と芋をすりおろして混ぜ、揚げパン用の油で揚げていた。たぶんもう本物の肉を食べればいいのでは? と誰もが思っているだろうがきっとそれが難しいのだろう事を伺わせていた。


「一つください」


「はいよ!」


 とりあえず買っておく。珍しいものには食いついておくのが一期一会というものだろう。さらにこの町の文化は独自なので他所でこういったものが食べられることはあまり無さそうだ。


 一串買ってそれをかじってみる。なるほど確かに肉に近いような味はする、何の肉かと聞かれると困るのだが肉っぽい味がするということだ。


 美味しいことは美味しいのだが……


「肉じゃないよなあ……」


 そうこぼしてしまった。どこまでいっても野菜は野菜、肉にはなれないということだろう、味としては心が肉ではないと主張しているのでどこか模造品じみた味になってしまう。


 この露店で偽肉を買っている人たちは心底美味しそうに食べているのでこれを低評価する俺の心が歪んでいるのかもしれない。


 なんだか中途半端に肉のようなものを食べたので腹が減ってしまった。近くの食堂に入ってみることにする。


 やはりというかなんというか、全て野菜や穀物ばかりで構成された健康的な料理ばかりだった。メニューを見てもオーソドックスなサラダやスープ、パンを中心としたこの町では当然の品ばかりだ。この町で徹底している野菜至上主義は卵ですらメニューに見当たらないほどだ。


「おや、旅人さんかい?」


「ええ、そうですよ」


 店主が注文を取りに来たが、俺が町で見ない顔だったのでそう声をかけてきたのだろう。


「丁度いい、新商品を始めようと思ってるんだが一つどうかね?」


「じゃあそれをお願いします」


「あいよ!」


 そう言って奥に入っていった店主はザクザクと野菜を切る音を立てながら調理をしている。一体なんのメニューが出てくるのだろうか? しばし考えているとジュウジュウと何かを揚げる音が響いてきた。例の菜種油の匂いがしてくる。


 しばし待つとキャベツの上に例の模造肉の載った料理が出てきた。明らかに野菜よりこの肉もどきの方がメインのメニューだ。


「最近仕入れた最新の食材だ! 美味いぞ!」


「そうなんですか、すごいなあ」


 ここはその辺で食べられることを知らない振りをしてあげるのが優しさだ。俺は目新しいものを見たように食べていった。やはりそれは肉にはおよばないというのが正直な結論であることは変わらなかった。


「はむ……美味しいですね」


「そうだろうそうだろう!」


 優秀な旅人はお世辞も上手いのだ、処世術に長けていないと苦労するからな。こういったことにも慣れてくるものだ、勇者どもにお世辞を言った回数など数知れない、時には貴族相手にも美辞麗句で飾り立てることもある、連中がろくでもない奴らであれ関係を無駄に悪くする必要は無い。


 しかしこの肉のようなものは食べれば食べるほど肉が恋しくなる味をしている。肉の代用品としては失格ではないかと思う。あるいは肉を一切知らない人からすれば美味しいのかもしれない、あいにく俺は肉が好きだしよく食べているので物足りないことこの上ない。


「ごちそうさま」


「はいよ! 銀貨一枚、たしかに!」


 肉ならともかく模造品でその値段は高いのではと思うのだが、開発費やらなんやかんやがあるのだろう、しかし俺はもうこれはいいかなと思える程度の食事だった。


 俺はそこそこの金額を払って食堂を出てからやはり肉が食いたいと思った。そこで宿に帰り厨房を借りようと思った。宿で厨房を貸してくれというと快く貸し出しをしてくれた。食材は自分で用意してくれとのことだがもとよりそのつもりだった。


 そこで何かを察した宿の主人が俺に一言かけてきた。


「クロノさん、『余った食材』は放置しておいてくれて構わないよ」


 俺はニヤリと笑う。


「ええ、多少の余分が出るでしょうからね」


 そして厨房に入るとこの前狩った牛の肉を取り出す。尻尾の部分をとりだして切り分けていく。余った部分は食材の保存庫に入れておいた。保存庫の中はひんやりしていたので冷却系の魔法を使っているのだろう、しばらくは生ものでももちそうだ。


 豪快に切り分けて焼き始める。味付けは塩のみ、余計な味は必要無い。美味しい肉はただそれだけでも美味しいのだ。そこに必要以上の調味料を使うのは無礼だろう。


 少しして肉が焼けたので皿に載せてテーブルに置いた。葡萄酒をストレージから取り出し一杯注いで肉を食べ酒を飲んだ。やはりまがい物とは違う本物の肉の味は大変美味だった。肉のうまみを味わいながら飲む酒というこの町ではほぼ無いような贅沢をしてから食堂を出ると、その入り口に『例のものあります!』と宣伝用紙が貼られているのをみて、やはり皆、本音じゃあ肉を欲しがっているのだと、そこから本音を感じたのだった。

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