第94話「ウドォンvsパン」

 その日は朝から広場で議論が繰り広げられていた。


「お前ら! 小麦には限りがあるんだぞ! いきなり出てきたウドォンなんていう料理に使うんじゃねえよ!」


「うるせえ! パンばかり食べてたら飽きるんだよ!」


 そんな議論が繰り広げられている。俺はその議論を宿の窓から見ながら食堂で『ウドォン』を頼んだ。新しいものを食べてみたいという興味はある。


「うーん! 人々の醜い争いをみながら食べる食事は美味しいなあ!」

 朝からゲスっぽいことを言っているが、表で議論している連中の方がよほどゲスだと思う。材料が余っているというのにそれをどう加工するかで延々と議論をしているのだ。


 俺はウドォンを一本すすりながら味が薄いなと思った。この料理、シチューなどに比べると明らかに味が薄い。しかしそれはそういう料理なのだと思えばそれなりに美味しいものだった。


 よく料理一つであそこまで争えるものだ肉を食べないとイライラしやすいのではないだろうか?


「上等だ! 一日ここで露店を出して売り上げで勝負してやる!」


「望むところだ! 新しい世代の食事ってヤツを教えてやる」


 おー……面白そうなことになってきたな。露店が出るのか、これは売り上げに少し貢献してやらないとな!


 食器を置いて席を立ち、ギルドに向かった。今回の露店に一枚かんでいるのではないかと思ったからだ。しかし予想外にもオトギリさんは俺に泣きついてきた。


「クロノさん! なんとかしてくださいよぅ! 小麦をこっちに卸せって両陣営が言ってきて備蓄を含めても足りないんですよ!」


「すごい自信があるんですね……まあ今日の露店勝負で勝った方に卸せばいいんじゃないですか?」


「露店勝負?」


 あの場をみていなかったオトギリさんはよく分かっていなかったので俺がみたままを説明した。パンとウドォンの売り上げ勝負。勝った方が優先的に小麦を卸してもらえる。


「ギルドに相談なしでそういったことはやめて欲しいんですがね……」


「軽んじられてますよね」


「ハッキリ言わないでくださいよ! これでも気にしてるんですよ!」


 この町のギルドはワンオペでようやく基礎教育を卒業したばかりのようなオトギリさんが担っている。十年後にもなれば威厳も出るかもしれないが、現在では少女のごっこ遊びと言われても信じてしまいそうなほど迫力がない。


「どっちが勝ちそうか分かりますか? クロノさんの予想を聞きたいのですが」


「どっちが勝ってもおかしくないですね……新参にしてはウドォンはよく普及していると思いますよ」


 ここ最近で流行ってきたメニューらしいが、突然パン派に宣戦布告をした。パンの材料として小麦が不正に独占されているというのが彼らの主張だ。


 パンを支持する側化すれば、パンに需要があるから大量に小麦を使うのはしょうがない、ちゃんと食べているのだから責められるいわれは無い、ということらしい。


「ちなみにオトギリさんはどっち支持なんですか?」


 それとなく聞いてみると苦虫をかみつぶしたような顔で『ウドォンです』と答えが返ってきた。


「とはいえギルドとしてどちらかに肩入れするわけには行かないので今回は中立ですね」


「賢明な判断ですね。この論争はどっちについても禍根を残しますよ」


「だから困ってるんですよねえ……」


 諦めるしか無いだろう。この勝負は始まってしまえばどちらかが売り上げで勝つ。勝者が総取りとまではいかないにしても小麦を有利に仕入れることができるだろう。


「なんで小麦をギルドが扱ってるんですかねえ……農家が自分で管理すればいいのに」


「職務放棄は感心しませんよ」


 俺の一言にオトギリさんは頭を抱えて唸った。


「神様! どうか引き分けにしてください!」


 虚しい祈りをしているが、なんとなくこの人は神なんて信じていないだろうと直感が告げた。


 そして昼時になり二つの陣営の露店が道の両端に設置され営業が開始された。


「パンに飽きてないかい? あっさりとしていて体にいい! ウドォンを体験してみよう!」


「この町はいつだってパンを満足いくまで食べられることが誇りだったろう? それをぽっと出の新しい料理に乗り換えていいのかい? パンを食べていきな!」


 どちらも譲らない様子だった。やはり目新しさもあってかややウドォンの方に人が集まっている。眺めているだけでも明らかに客が偏っていたので勝負が決まったかなと思ったところで、パンの陣営が新しい調理道具を持ってきた。


 アツアツの油にパンを投入していく、あれは……


「揚げパンだよ! この町の名物! 知らないとは言わせない! これがあの有名な揚げパンだ!」


 あの揚げパンを引っ張り出してきたのか……


 しかしその作戦は成功だったようで客の幾らかが揚げパンの方に移った。しかも揚げパンの強みはそれだけではなく……


「揚げパン三個!」


「こっちは五個!」


 とにかく揚げパンは一人頭の単価が高い。売り上げ勝負となると客単価の高い揚げパンが有利になってくる。


 その後も熾烈な売り上げ争いは続いたのだが、日が傾きだした頃、ウドォン陣営が慌てだした。


「水が無いって? 井戸から汲んでこい!」


「無理です! 煮沸が間に合いません!」


 どうやら水を大量に消費する料理は数を出せないようでそこで供給が止まってしまった。結局それが致命的なミスとなってパン側が売り上げ勝負では勝利したのだった。ウドォン側も『揚げパンを持ち出すのは卑怯だろ!』などと反論していたようだが数字として出てしまったので諦めるしかなく、小麦の優先購入権はパン屋のものとなった。


 こうしてこの勝負は終わったのだが、翌日ギルドに行くと二人の男が揉めていた。何があったのかオトギリさんに聞いてみた。


「……実は……勝利したのは揚げパンのおかげだと言って揚げパン屋には小麦を安く卸せと言い出されまして……こちらとしては決めかねますので担当同士で話し合ってもらってるんです」


 どうやらこの勝負に完璧な勝者はいなかったとオチがつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る