第93話「野菜で暮らすための知恵」
ミノリ町の食堂で一軒、流行っている食堂があった。俺は気になってその店に寄ってみることにしたのだがそろそろ昼かという頃にすでに行列になっていた。
その店の看板には『油! 脂! 野菜!』と書かれていた。興味がわいたので行列に並んでみることにした。この町の料理とは似つかわしくない油を強調する看板が気になった。
並んでいるのはほとんど男でやけに太った連中が多い。肉も食べてないのに太るときは太るんだなと思った。どうやら村ぐるみで野菜を推奨していても、それが健康に繋がるかどうかとはまた別の話らしい。
行列はきちんと整列され滞りなく進んでいく。興味深いのは行列の進み方が食堂としては一定の速度で進んでいくことだった。食の細い人や早食いが習慣の人などたいていこういう事にはムラがあって当たり前なのだが、この店の行列は全員が同じ速度で食べているかのように一定のスピードで前に進んでいく。五人入ったら五人出て行くというように入る人数と出て行く人数が同じなのだ。
俺はこの店に俄然興味がわいた。何を出しているのか知らないが、これだけの行列になる店だ、きっと美味しいのだろう。期待は膨らむばかりだ。
「次の五名様! どうぞ!」
ようやく俺の順番が来たので店に入ってみる。店内は揚げ物特有の油っぽい空気を纏って食べる前から胸焼けというものをしそうだった。
「店長! 揚げパン三つ、アブラと野菜入りで!」
そんな注文が飛び交っている。どうやらここは揚げパンの店のようで皆がそれを注文している。しかし、人によっては一人で食べきれるのかと信じられないような量を注文している人もいる。
「揚げパン一つお願いします」
俺はシンプルにそう注文すると質問が返ってきた。
「アブラと野菜は?」
「え? ええっと……普通で」
「はいよ! アブラ野菜普通で揚げパン一個!」
どうやら注文には成功したようだ。揚げパンにアブラと野菜の組み合わせというのは何なのだろう? 周囲を見てみると揚げパンに一直線に切り込みを入れ、そこにもやしを挟んで何かの油をかけたもののようだ。香りからして植物性の菜種油当たりだと思う。
「アブラ野菜揚げパンになります」
そう言って俺の前に大きめの揚げパンが置かれた。結構なサイズで、周囲をよく見るとどうやら食べている人のサイズが大きいせいで相対的に揚げパンが小さく見えたようで、実際に出てきた量は結構なものだった。
この大きさを食べきれるのか? そんな疑問も浮かんだがまわりが続々と食べ終わり、『まだ食べてないのか』という無言のプレッシャーを感じると食べざるを得ない。俺はこの揚げパンにかじりついた。口の中がアブラでギトギトになり、もやしのシャキシャキ感と、アブラのギットリ感が非常に口の中にたまるものになっている。
それを何とかかじりついて食堂を出ると手に付いたアブラを浄化魔法で洗い流して腹の中にたまった油を消化するために腹薬になる薬草をストレージから取り出してかじった。気休め程度にしかならないのだが、それでもあるだけ十分マシだ。こんなものを毎日食べたらあの体型になるのも無理はないと思った。
「あら、クロノさんも揚げパンを食べてたんですか?」
知り合いの声がした。
「オトギリさんですか……あれがどういうものなのか事前に説明して欲しかったですよ」
「ああ、あそこは知っている人だけでほとんど回っている店ですからね。私も週一で行ってますけど、他所の人向けの店とは言えませんから来るとは思ってなかったんですよ」
しれっとそう言われてしまい言葉が出なかった。
「週一で行ってるってサラッと言ってますけど結構週一でもキツくないですか?」
「慣れると美味しいものですよ? まあ慣れる人はごく僅かなんですけど」
「ダメじゃないですか……」
どうやらやはり初心者向けの店舗ではなかったらしい。
「あそこの油は何を使ってるんですか? 一口目はバターかと思いましたよ」
オトギリさんは笑いながら答える。
「ああ、菜種油なんですけどね、この辺で育ててる『ギットリ菜』という種類の油ですね、お肉から採れる油に似ていてとても好評なんですよ?」
サラッと言われたが事前情報が欲しかったところだ。つーか名前まんまの油が採れるんだな……あるいは採れる油から植物の名前が付いたのか……
「まあ慣れですよ慣れ、クロノさんも十日くらい毎日通ってみれば適性があるかどうか分かりますよ、無理な人は途中で脱落しますね」
「そんなものを出す食堂がよく繁盛してますね……」
呆れ混じりにそう言うとオトギリさんは困った顔をして言う。
「そうですねえ……本当ならお肉が食べたいけれどそのお金がないって人があれを代用品として食べてるんですよ。脂っ気が欲しい人が進んで通ってるんですね」
「もう肉を食べればいいじゃないですか!」
当然の結論、肉みたいなものが食べたいなら肉を食べればいいだろうと言うことに至る。
「この町じゃあ肉は高級品ですからね。クロノさんだって肉を卸したときに他の町よりずっと高い報酬をもらったでしょう? あれは肉が高いからなんですよ」
「そうなんですか、動物愛護でもやってるんですか?」
「いえ、ただ単に家畜用の食料は家畜を育てるのに使うより売った方が簡単にお金になるからですよ」
「身も蓋もないですね……」
「この町はそういう場所です」
そう言って歩き去って行くオトギリさんに、若さとは油をたくさん食べても平気なことでは無いだろうかと思う、答えは出ないが、きっとそんなところだろう。
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