第92話「食事(野菜)」

 俺は食事をしていたのだが……ミノリ町での食事はとにかく肉が無い! 贅沢品というか、そもそも町の人たちに肉を食べるという習慣が無い様子だった。これは俺自身が肉を調達する方法を用意する必要があるな……


 ちなみに肉を食べないという選択肢は無い。肉を食べていれば精神的に安定するのだから当然だろう。


 俺は壁の無い町の外、南部森林に行くことにした。この町、いちいち警備がガバガバなので出るのも入るのも自由という町にあるまじきいい加減さだ。村だったら許されたレベルなのでこの町の人も未だにここを村だと思っているのではないかと思っている疑惑が出る。


 受付も何も無く町を出ると森林まで一本道が通っている。記憶ではあの辺りにグレートバッファローが出たはずだ。牛狩りをすることになるとは思っていなかったが旅をしている以上そういった事態を想定していなかったは通じない。気になるのはここに獣道らしきものがあるということだ。穀物や野菜は畑で取れるので森に入るリスクを考えると人がそれほど通っているとは思えないのだが、とにかく道になるほど周囲の草が踏みしめられていた。


 驚いたのだが獣道は森の中まで続いていた。なんとなく気になってその道をたどっていくと開けた水場に出た。そこでは様々な動物が水を飲んでおり、ワニが時折水辺に寄った小動物に襲いかかったりもしていたのだが、こんな所に用があった人がいるのだろうか?


 ブルォォ!!


 鼻息も荒く大きな牛が現れ水辺にいた動物たちは散り散りになって消えていく。そこで我が物顔でグレートバッファローが悠然と水を飲む。とりあえず準備をしておこうか。


 ストレージからナイフとガントレットを取り出し戦闘の準備をする。戦闘などという高度なものにならないことは知っているが念のために装備をしておくことは無駄ではない。ゴクゴクと水を飲んだ巨大牛は立ち去ろうとしたので、俺はそろそろだなとスキルを使う。生きているあいだの最後の水はさぞかし美味かったのだろうと思う。それも含めて俺の食料になってもらおう。


『ストップ』


 この程度の動物なら余裕で止められるので微塵も動かなくなった牛に近寄り首元にナイフをあて、ずぷっと掻き切る。血しぶきが飛び散るので、それを避けてあとは血抜きが終わるまで血を流しきるように横倒ししておいて、尻尾の方を少し持ち上げ石を挟んで重力で血が抜けるようにしておいた。


 しばし待つと血がピタリと止まりあとはギルドの処理場を借りて食肉に加工できるところまでは準備が終わった。ストレージにドシッと牛を沈めると俺は帰途についた。帰り道もありがたい獣道を使わせてもらい迷うことなく帰ることができた。牛一匹で何日分の食料になるだろうか? 当面はこれを宿のキッチンを使って焼くだけで肉には不自由しないだろう。


 ギルドについて処理場を使わせてくださいとオトギリさんに頼むと『なんに使うんですか?』と訊かれた。正直に『肉の解体に使わせてください』というとオトギリさんとしての顔からギルマスとしての顔へと顔つきを変えた。


「どこでとってきたお肉ですか?」


「この町の南の森ですよ」


「あの森、一応危険なので立ち入り禁止にしているんですがね……看板とか見えませんでしたか?」


「いえ、まったく。むしろこの町から定期的に人がいってるんじゃないですか? 轍になってましたよ?」


 ギルマスは非常に渋い顔をして俺に説明をしてくれた。


「あの森は危険なんですよ、クロノさんだって魔物達に出会ったでしょう? あなたほど強ければ問題無いのかもしれませんがね……一般の方が襲われたら命の危険もあるので立ち入り禁止の立て看板をしているのですが……また取り払われたようですね……世話の焼ける人たちです」


「でも、そんなに危険な魔物はいませんでしたよ? せいぜいがワニくらいで……」


「クロノさん、普通の人はワニを大したことないとかいいませんからね?」


 なるほど、確かに一般の人が戦うと少し苦戦するかもしれない獣もいたな。それでも大したことはないと思うがその辺は感覚の違いなのだろう。


「クロノさん、今回は知らなかったようですし処理場の使用許可を出しますが次はやめてくださいね?」


「ええ、その方がよさそうですね」


 郷に入っては郷に従え、たとえ食生活が貧しかろうとルール違反が許されるわけではない。


「ところでクロノさん、一つ提案が」


「なんでしょう?」


 いつものオトギリさんの顔に戻って俺にイタズラっぽく提案をしてきた。


「肉の解体は手伝うので私にも分け前をいただけませんかね?」


「オトギリさんも肉が欲しいんじゃないですか!」


「ルールはルール、それはそれとして欲しいものは欲しいんですよ!」


 そんなわけでグレートバッファロー一体を解体してモモ肉の一部分をお礼としてオトギリさんにさしだした。オトギリさんはさすがギルマスというだけのことはあり解体がするすると進んでいってあっという間に終わってしまった。手際の良さが素人ではない、結構よくあることなのだろう。


 俺の食生活はこうして豊かになった。宿でキッチンを借りると肉を焼いてからそれをパンで挟んでかじりついた。その料理と呼ぶには原始的なメニューは人の原罪を詰め込んだような味がするものだった。

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