第91話「酒の材料を買い取った」

 ギルドに出ている広告を俺は眺めている。そこにはこう書いてある。


「美味しいお酒の原材料売ります! 他所では引く手あまたの材料がこの町では激安で買えます!」


 そう書いてあった。酒なんて自分で造ればいいじゃないかと思うのだがな……


「おや、クロノさんも興味がおありですか?」


「ええまあ、珍しいものを売ってるなと……」


 酒の材料を売っているのは珍しい。普通なら酒に加工してから売り払うだろう。そちらの方が販売額は圧倒的に高い。


「言いたいことは分かりますがね、この町では酒への加工は商人に任せてたんですよ。この前も言いましたが商人が遅れているので売れるところに売ってしまおうという考えなんですよ」


 そういえば醸造所らしきものは無かったな。なるほど、そうやって分業体制とでも言うべきか、酒にするのは商人の取引先に任せるというわけか。


「それで、このお酒の元は安いんですか?」


 オトギリさんは困り顔で俺に答える。


「安いですよ、そろそろ原材料の香りが飛ぶくらいには在庫にしていますからね」


 ふむ……買ってもいいな、金はあるんだし材料はストレージに時間停止をして放り込んでおけば劣化することはない。安全に稼げる商材ではある。


「買いましょうか……念のため出来上がったお酒の試飲とか出来ますか?」


「ちょっと待ってくださいね……」


 オトギリさんは奥に引っ込んでからガサゴソと音がして出てきた。手には飴色になった酒の入った酒瓶を持っている。


「時々は注文が入るので用意はしているんですけどね……あんまり人が来ないので余ってるんです」


 そう言って小さなカップに注いで俺に渡してくれた。酒独特のツンとした刺激を強く鼻に感じる。どうやらそこそこ強い酒のようだ。


 それを口の中に注ぐと焼けるような刺激が口の中にはしり、樽の香りが飲み込んだ後、口に残った。


「効きますね、これ」


「はい、火が付くんじゃないかと評判のお酒ですからね!」


 噂通りのすごい酒だ。これは酒飲み達に好評だろうな……


「良い酒ですね……材料を買い取りたいですから案内してもらえますか?」


「はい!」


 オトギリさんの案内で俺は農家へ向かった。広々とした畑に麦のようなものが植えてある。広大な農場なので大量に採れるのだろう、農業で町に成り上がったこの町らしい建物だ。


「おや、オトギリちゃんじゃないか! 何の用かな?」


「ごきげんよう、ミームさん。本日はこの方が広告を見て是非買い取りたいとおっしゃったのでお連れしました」


「おお! 買う人がいたのか! ギルドの広告もバカにできんのう……」


 ミームさんと呼ばれる壮年の男の人は俺に向かって握手の手をさしだしてきた。


「あなたが買い上げてくれるのかな? しかし、馬車も見当たらないようだが……」


「ああ、収納魔法に全部入りますから問題ありません」


 その言葉を聞いてミームさんは怪訝な顔になった。ある意味当然の態度なのかもしれない。


「収納魔法と言っても……結構な量があるのだが、この人はあの量を入れられるのかね?」


 オトギリさんはその疑問に答える。


「問題無いと思いますよ。クロノさんの収納魔法はかなりすごいですし」


「そうか……ではこちらにあるので引き取っていただきたい」


 そう言って倉庫らしき建物の方へ向かうので俺もついて行く。かんぬきを開けて開放された倉庫には麦の穂のようなものが山盛りにされていた。


「この量なのだが……入りきるのかね?」


「余裕ですね」


 ミームさんの顔が驚愕で歪む。まさかそんなことはできないだろうという顔をしているが、俺は無視してストレージを倉庫の床に開いてドサリとまとめてしまい込んだ。


「さて、代金はいくらですかね?」


「え!? あ、ああ……代金? そうだったな……金貨二十枚でどうだ?」


「俺は構いませんが結構な安値ですね?」


 ミームさんは俺に愚痴を吐くように言う。


「しょうがないさ、商隊が来ないならただの植物だからな。食用の小麦ならいくらでも消費できるがコイツは加工しないと売れないからな……」


「じゃあ交渉成立と言うことで。金貨はこれでいいですか?」


 ストレージから取り出すとミームさんは驚いていた。


「あれだけ入れたのだから荷物は全部出しているのかと思ったのだが……一体どれだけ君の収納魔法には入るのかね?」


「試したことはないですけど……山一つくらいは入ると思いますよ?」


「な……山!?」


 驚いているミームさんを他所に、オトギリさんが仲介手数料をもらって取り引きの処理を進めてくれた。お互い問題無いということで手続きは問題無く進んで俺の商材は一つ増えた。


 ギルドに帰るとオトギリさんが俺のストレージについて興味津々という感じだったが、俺は気にせず酒を飲んで宿に帰った。その日、夜にはあれが高値で売れることを期待して横になった。

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