第90話「美味しいお肉」

「いやー美味しいですね!」


「なんでこんなところに呼び出したんですか? ギルマス……」


「オトギリでいいですよ、どうせ私は大した身分じゃないですしね」


 そう言いながらパンを食べているオトギリさん。俺もパンを食べているのだが、農業の町だけあって上質な小麦粉を使っているのだろう、確かに美味しかった。


 モグモグと俺の奢りで食べているギルマスに呆れながら今回の依頼内容を聞く。


「いや、依頼というほど大したものでもないんですがね……お肉を持っていれば納品していただきたいなと思いまして」


 納品か……難しいわけではないしストレージにしっかりと肉のストックはある。


「納品は出来ますけど、何の肉でもいいんですか?」


「ええ、まったく構いませんよ。とにかくお肉であれば問題無いです」


「しかし、肉自体は出せますが、村の中に畜産業をやっている人はいないんですか?」


「ん……」


 オトギリさんは俺たちの昼食の入った器を指さす。そこにあるのはサラダとパンと豆を煮たものだった。


「ないんですね……分かりました、納品はしますが調理まではしませんよ?」


「問題無いです、肉を欲しがっている人たちが共同で依頼しているだけですし、あの人達は調理法も知り尽くしてますから」


「物好きがいることで……」


 肉というのは人が求めるべき食べ物なのだろう。どこに行っても種族や宗教的に食べられない人間以外はたいてい全員が食べている。しかしここのパンは美味い、カリカリに焼かれた中にふっくらもちもちの中身が入っている。これだけ上等なパンがあっても人は肉を求めるのだろう。


「しかし……始めからギルドで説明していればすんだ話ではないですか?」


「美味しい食事をしながらの方が受注の成功率が高いんですよ、何よりも……」


 オトギリさんは会計を呼んで支払い、領収書をもらっていた。


「経費で落ちるでしょう?」


 意外としたたかな人だな、確かにこれならしっかり経費になるのか。


 そうして俺たちはギルドに戻った。本当に昼飯を食べるためだけに出かけていたらしい。


「さて、クロノさん、お肉と言っても新鮮なものでないといけませんよ? ずっと収納魔法でしまい込んで傷んでいるようなものだとギルドにクレームが付きますからね」


「ああ、その辺は心配ないです。味の方は保証できませんが傷んでいるものは無いです」


 その言葉に多少の疑いを持ったのかオトギリさんの視線が鋭くなる。


「本当ですか? 収納魔法を使える人もそこはごまかせないと思うのですが……信じるとしましょうかね」


 一応信じてくれたらしい。俺はストレージから道中で襲いかかってきたブラッドウルフの死体を見せる。


「おお! 確かにさっき狩ったかのような新鮮さを感じますね! 大きさも申し分ないですし……では解体しましょうか! クロノさん、手伝ってくれますよね?」


「納品だけが依頼なんじゃ……」


「それはそうなんですけどね……このサイズだと依頼者達だけでは食べきれないでしょうし、分割だけでもしておいて依頼の分の残りを売らないといけませんから」


 別にストレージにストックしておけば保存期限は無期限なのだが、それをここで言う必要は無いだろう。わざわざ解体を手伝ってくれるというのだから助けてもらうとしよう。


 こうしてギルドの奥のなんにでも使える大部屋で解体作業が始まった。実は問題無いのだが、傷みやすいという理由で内臓は全部オトギリさんが廃棄した。残りの部分の皮を剥いで肉を切り取ったら完成だ。それをバラして納品分と保管分で分別する。保管分は燻製等に加工できる店に回したり、冷却魔法でしばらく保存しておいたりと様々だ。


 血まみれの格好でしれっとしているオトギリさんに少しビビっているとそれに気がついたのかこちらに笑みを返した。


「こんなものは楽な方ですよ? クロノさんが綺麗に狩ってくれていたおかげですね。考え無しに任せるとぐちゃぐちゃのものを納品してくる連中もいるんです、困ったものですね」


 こうして納品依頼は終了した。後に俺は服に時間遡行を使って汚れる前のものに戻しておいた。時空魔法のくだらない使い方としてはトップクラスではないかと思う。


 その後、引き取りに来たグループに肉塊を渡したらしいが結構評判がよかったらしい。

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