第89話「農機具の修理」
ギルドに行くと数少ない依頼の中に『急募!』と書かれたものがあった。内容をよく見てみると『農機具の修理が出来る方を募集します! 鍛冶経験のある方優遇!』なんだこれ?
「クロノさん! その依頼に興味がおありですか!」
ギルマス兼受付のオトギリさんが俺に声をかけてくる。とはいっても現在ギルド内に俺しかいないので他にすることも無さそうだったから声をかけてきただけだろうが。
「これって鍛冶師の募集ですか? この町には鍛冶屋がないんですか?」
「無いんですよねえ……そういうものは時々くる行商人を頼っていますから」
計画性がないといってしまえばそれまでだが、そうそう悠長なことを言っていられない状態でもありそうなのでしょうがないのかもしれない。
「クロノさんは冶金をした経験は無いですか? 定期的に来てくれる商隊がまだ来ないんですよね……そろそろやばいって話なので旅人や冒険者が来ないかと懇願されて貼ってるんですよ」
鍛冶ねえ……鍛冶は出来ないがこれは俺のスキルで片付く話のような気がする。話が大きくなっても困るんだよな、どうしたものか……
「俺は鍛冶屋の経験は無いですけど農機具の修理はたぶん出来ますよ、原形はとどめている程度の破損なんですよね?」
買い換えでなく修理なのだからどうとでもなる。しかしそれをして問題が無いかはまた別の話だ。例えば商人達から買い取る農具が減れば文句もあがるだろう。
「でしたら受注していただけると非常に助かります!」
少し考えてみるが時間遡行をしたところで絶対に壊れないものになるわけではない。ならば問題は無いだろう。いずれ壊れるものだからそれほど影響はない、俺がスキルをフル活用すれば壊れないものを作れることについては黙っておこう。
「分かりました、この依頼を受けます」
「やった! 助かります! ではギルド奥へ来ていただけますか」
「え? ギルドにあるんですか?」
「その依頼の依頼者をちゃんと見てくださいよ」
そう言われ依頼票の依頼者欄を見ると『オトギリ』と書かれていた。
「いやー、ギルドに回されて困ってた案件だったんですよ! ダメ元で出してたんですけど出してみるものですね!」
どうやらギルドで受けた案件らしい。これはギルド内で片付ける話だったのだろうが、片付けようがない依頼だったからクエストボードに貼っていたらしい。しっかりしているな……
そうしてこの大きくないギルドの奥に入っていく。ボロボロの壁が財政状況を伝えてくれる。この町、あまりギルドに関心が無いな。だったらギルドに面倒なことを押しつけるんじゃないと思うが、人間は安易な方向に向かう習性があるというし当然なのだろう。
「大変ですね、ギルマス兼受付って」
「本当にそうですよ、普段は見向きもしないのにこういうときに限って押しつけるんですから……」
心底うんざりしている様子でオトギリさんは愚痴っている。しょうがないとは言えるがギルマスという地位との引き換えとしては納得できないのかもしれないな。
「ところで農機具が壊れたって事は今は農業が出来ないんですか?」
オトギリさんは首を振った。
「いえ、予備ももちろん持っているので皆さんそれほど焦ってはいないんですけどね……あの人達は予備は絶対に壊れないとでも思っているんでしょう」
ああ、予備があるから大丈夫というやつか。たいていそういうときは予備まで壊れると相場が決まっている。しかも予備は一度買うと買い換えがあまり無いので余計に危険性が増える。そんなことをしているといつか困るぞ。
「着きました。これが壊れた農機具です」
そこには鎌や鍬、鋤、鎚のようなものまで様々なものが放り出されていた。雑な扱いを受けていたことは素人の俺でも分かる。こんなやり方をしていたら予備が壊れる日もそう遠くはないだろう。
「随分荒っぽい住人さんみたいですね?」
「ええ、皆さん買い替えればいいとお考えですからね」
「刹那的な生き方ですね」
「ええ、皆さん注意しても改めてくれませんから」
「俺はそういった生き方もありだと思っていますよ? なにしろ俺が旅人なんて先の見えない生き方をしていますしね」
自分の生き方を考えるなら同じ生き方をしている人を否定は出来ない。俺は自分自身くらいは肯定してやることにしている。
「とりあえず直しちゃってくれますか?」
「はいはいっと……他言無用ですよ?」
「もちろんです!」
それを聞いてからスキルの発動をする。
『リバース』
錆が落ち欠けていた部分が再生し、木製の部分は老い木の状態から作りたての状態に戻っていった。
「すごい……」
すっかり新品になった農機具に感動しているオトギリさんに『問題無いですね?』と聞いた。
「完璧な仕事ですね! おかげで厄介なクエストが一つ減りました!」
褒めてくれているようだが、自分の仕事が一つ片付いたことに喜んでいるようにしか見えない。
「これで当分は持つでしょう。報酬をいただけますか?」
「はい! これです」
小袋を渡されたので中身を確認すると金貨だった。
「多くないですか?」
「農家の皆さんが買い換えと同額の修理費を出してくださったんですよ」
「ではありがたく頂きます」
「はい! 今後ともよろしくお願いしますね!」
そして宿に帰り眠ることになったのだが、俺がこんなにもらってよかったのだろうかという疑問は浮かんでいた、しかし翌日、畑を耕す音で目が覚めたとき、よいことをしたと思えた。
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